其の拾捌

「遅くなったな」

「待ってたよ」


 立ち上がり出迎えるミキに、ハッサンは右手に持つ物を突き出して来た。

 ミキは自然と向けられた刀の握りに手を伸ばす。


「今も叩かせているが、お前の注文だったもう一振りの小さい方は間に合わなかった。だからこっちを優先して間に合わせた」

「……ありがとうございます」


 打たれた物はちゃんと刀の形をしていた。鞘まで作られている。

 長さ的には打刀(2尺3寸、約70cm)に相当する物だ。希望としては大脇差(2尺、約60cm)を頼んだのだが。


 鞘を掴んでいる相手に視線を向け、ミキはゆっくりと刀を引く。

 抵抗を感じさせず流れるように抜けた物を見て目を瞠った。

 白く輝く刀身が神秘的な色合いを見せている。良く良く見れば白銀の刀だと理解出来た。


「ハッサンお前……これは"ミスリル"か?」

「おう。俺の最後の作品だぞ? 贅の限りを尽くすのが礼儀だろう」

「礼儀ってお前……これはもう手に入らないと言って無かったか?」

「その通り。だから最後に使うのに相応しいだろうが」


 目の下にはっきりと見える隈と、その表情に浮かぶ疲労の色は常人ならざるほどに濃い。

 睡眠不足で頭の中がおかしくなっているのか、危ない人に見えるほどハッサンの機嫌は良さそうだ。


「ミスリルをこれほど使った物だと、これ一つで貴族の屋敷が買えるぞ」

「これ一本でっ!」

「触れるな餓鬼がっ!」


 齧り付くように触ろうとしていたマデイが、ハッサンの拳で吹っ飛び地面の上にのびた。

 やはり寝不足のあまりおかしくなっているのだろう。だがおかしくなっているのはミキも同様だった。


 刀の具合を確かめる様に何度も左手の親指で鍔を弾いている。

 恐ろしいほどに抵抗が無い。これほどの物は日ノ本でも手に入れられたかどうか……。


「少々長くなっちまったが問題はあるか?」

「問題は無い。長くなれば重くなるからあの長さで頼んだだけだ。でも仕上がったこれは」

「驚くほどに軽いだろう? それが希少金属ミスリルの特徴だ」

「ミスリル?」

「そうだ。軽いが硬いのが特徴の金属。加工出来る者はもうこの大陸でも数は少ない。まあその金属自体、星が落ちた場所で採られる貴重な物だけどな」

「……高いと聞こえたが?」

「気にするな。俺が叩かなければただのゴミ屑だ」


 ガハハと笑って、なぜかガイルの肩を叩いている。

 もうあれだ。少々傍迷惑に感じる程度に迷惑だ。ガイルも同じことを思ったのだろう……古くからの友人を力づくで椅子に座らせた。


「硬すぎると言ってたな?」

「ああ。別名"鍛冶屋要らず"の武器だ」

「理由は?」

「一度打てば余程の馬鹿をしない限り刃こぼれすら起きない。そんな武器が広まると俺たちは飯のタネを失っちまう。だから仮にそれを打つ時は、実用性に向かない飾りの剣にしたりするんだ」

「これは?」

「そんな片刃で短くて反っている武器を使う者がお前以外に居るのか?」

「……これを使えるのは俺ぐらいだろうな」

「俺としたらお前が無事に使えるのかすら怪しんでいるけどな」


 上機嫌にガハハと笑う声が止まらない。

 ガイルはのびているマデイを蹴り起こして、急いで酒を持って来るように命じた。酔い潰して黙らせる方法を選択した様だ。


 ミキは腰に刀を差して具合を確かめる。偶然にも賭けの札を結んでいる袋の紐に挟めた。今後の為に刀を挟めるように何か作る必要を感じる。

 刃を上に向けるようにして差した刀の位置を確かめる。

 丁度良い。これなら自分本来の剣を振るえる。


「ハッサン」

「ん? 何だ」

「本当にありがとう。これはきっと世界一の武器かもしれない」

「……あはは。世界一か! そりゃ良い!」


 ガハハ、ガハハと笑う老いた鍛冶師にガイルが渋面を見せる。

 だがどこか楽しそうな感じを発しているのだから、彼もまた内心喜んでいるのだろう。

 古くからの友の最後の仕事が終わったことを。


「ガイル! 酒だ!」

「マデイ。そこで止まれ!」


 両手を前方に突き出すように陶器製の酒瓶を持って走って来た彼は、その声に反応して止まった。

 ミキは自分の距離感を信じて足を動かす。


 左手で鞘を半周回し刃の向きを下へと向ける。流れるように滑らかに刀の刃が鞘の中を走り、恐ろしいほど抵抗なく放たれた一撃は、マデイの右手が持つ瓶を真っ二つにした。

 斬られた瓶が一瞬遅れて地面へと落ちる。斬られてから間があったのは、それほど切り口が鋭かったからだ。


 バリンと地面にぶつかり音を発する時には、ミキは刀身の具合を確認していた。

 斬ると言うより撫でるぐらいの感覚で振った方が良さそうだ。それほどの切れ味だった。


 刀身に触れた酒を拭い鞘へと戻す。

 その動きを終えて……ミキは唖然とした様子で自分を見ている三人の様子に気づいた。


「今斬ったのはミキだよな?」

「そうだが?」

「どう斬ったんだ? なぜ今の動きで酒瓶だけを斬れる?」


『俺だったら腕ごと斬り落としているのに』と、危ない発言をするガイルにマデイが顔を青くした。


「ガイル。斬るんじゃない。これは振って刃で舐めるんだ」

「舐める?」

「そう。ただこれが出来るのは、打って貰ったこれが本当に良い物だからだ。その辺の武器じゃ到底出来ない」


 お世辞抜きで感謝しているミキの気持ちを察したのだろう……ハッサンはこれでもかと相貌を崩して気持ちの悪い笑みを見せる。

 全てが揃ったミキは謳う。


「まだ間に合う。急いで俺の賭け札を買って来ると良い」




(C) 甲斐八雲

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