其の陸
結局ミキは、鍛冶仕事をしてからクックマンの話相手をすることになった。
商人が来た時点でガイルも『話し相手をしに行くこと』を把握していただろうが、団長から特に急ぎの指示が飛んで来る訳でも無かったのでミキを鍛冶場へと送り出したのだ。
『少しでも働いておけ』と言う有り難い言葉と一緒に。
ガイルは元々、ジュバルの一団が結成する前から名の売れた戦士であった。
試合中の怪我と老いを理由に現役を退いたが、その難しい気性や今も下手な戦士より強すぎ腕力などで関わろうとする者は少ない。
唯一の飲み仲間であり親友なのが、鍛冶場長のハッサンぐらいなものだ。
故に彼の仕事がはかどる様にミキを行かせることは容易に想像できる。
仕事を終えたミキは、ハッサンに別れを告げクックマンが待つ天幕へと向かう。
腹を空かして歩く奴隷たちとは行き先が違う為に、チラチラとこちらを見る者も居た。
気にせず歩き、商隊の護衛に挨拶を済ませ……ひと際大きい天幕の中へと入って行った。
「待っていたぞミキ」
「済まない。仕事で」
「構わんさ。……お前が承諾さえすればいつでもシュバルから貰い受けるんだがな」
「済まない。それは俺の流儀に反する」
「真面目だな本当に」
笑いながら机へと誘う商人の目は、『諦めないぞ?』と物語っていた。
そんな相手に少々呆れながらミキは椅子に腰かける。
クックマンの傍使いをしている給仕役の女から盃を受け取り、葡萄酒を注いでもらう。
本来なら酒を口にしないミキであるが、クックマンと話をする時だけは飲むことにしていた。
彼は酒に目が無くいつも良い物を持っているので、どうしても我慢出来ないのだ。
酒で口を潤すと……クックマンはこの一年ちょっとの間、見聞きして来た話などを古い順に話し出した。
広大な三角型の大地を誇るルオンタ大陸にはいくつもの国が存在している。
その国々は争うこともあるし、協力して戦うこともある。
国同士が手を取り合い戦う相手は、"化け物"と呼ばれるモノたちだ。
魑魅魍魎の類では無く、千年近く生きている大型の蜥蜴であったり、人を虫けらのように踏み潰す巨人であったり……この世界には、前の世界には存在しなかったモノたちが数多く居る。
クックマンの話では、最近はその手の化け物との戦いも無く、国境を定める付近で小競り合いが生じている程度のことだった。
しかし話の内容がここ最近の物になると、一気に血なまぐさくなった。
ガギン峠の賊の話だ。
クックマンが集めた情報では、どこかの国の兵士たちが逃げ出して、近隣の賊を吸収して規模を大きくしたのだろうと言うことだった。
良くある話なだけにたぶんそれで間違っていないだろう。ただ一つ計算違いだったのは、戦いに慣れていたことだ。
その賊は間違いなく兵法を嗜んでいると、ミキは話を聞いた限りそう結論を出した。
「負けたコーグゼントは、首都に援軍を求めたって訳だ」
「……賊の規模は?」
「3~4百って話だ」
「援軍を求めた数は?」
「正規兵5百だな」
「……たぶんその兵も負ける」
「本当か?」
「ああ。俺だったら倍……念を入れるなら3倍の数を動員する」
「そりゃ……大規模な化け物退治並みの兵力だな。そんなに要るのか?」
「それでも怪しいくらいだ。援軍がどこから送られるか調べて手を打てば、先回りして買い取りが出来るはずだ。将軍辺りがやられれば御令嬢が売りに出たりするんだろ?」
「ああ。今回は二人ほど買えたが出遅れた。そうか……負けるか」
腕を組み頭の中で計算を始める相手の邪魔をするのも悪いと、ミキは酒を飲みつまみを口に入れる。
それは一年と少し振りの贅沢だ。何の肉かは知らないが、脂身が口の中で溶けて本当に美味い。
話し相手……ちょっとした相談や今回の様な助言に対する報酬がこれだ。
一度として金銭を貰い受けたことは無い。それ程の仕事をしたと思っていないからだ。
小規模の駆け出し商人だったクックマンが、中規模の上ぐらいになったのは全てミキの助言が大きな寄与になっていたとしてもだ。
頭の中で算盤を弾き終えたクックマンは、天幕の外へと声を掛ける。部下らしき男が入って来て二三言葉を交わすとまた出て行った。
援軍が何処からになるか大至急調べさせるのだろう。
「もし今回もお前の予想が当たったら……そうだな。何か欲しい物は無いか?」
「今の所、欲しい物は無いな」
「相変わらず欲の無い。だったら女はどうだ? 令嬢は無理だが"初物"でちょっとした問題を抱えているので良ければ融通するぞ? たぶんあれは買い手が付かない。娼婦にするから最初に抱かせてやる」
「そんな
「そうしてくれ。金にも女にもなびかないお前を調略するのは難しい」
「諦めてくれ。俺にはムジュアに受けた恩がある」
「恩……恩ね」
納得しない様子で酒を煽りつまみを口に放り込むクックマンは、給士役の女に酒のお代わりを要求する。
陶器製の瓶を手に持ち、やって来た女の尻を撫でて彼は言う。
「ムジュアはお前を拾って間もなく死んだ。
それからお前はシュバルの一団について行った。後の二つ……シュバルの兄たちの一団では無くて、一番小さくて偏屈共の寄せ集めみたいなこの一団にだ。
何故だ? お前は幼い頃から先を見る目が合った。だからあっちの二つが破たんして潰れると読んだのか?」
「買いかぶりだよクックマン」
「ならどうして?」
「……ムジュアは死ぬ前に、ガイルに俺の面倒を押し付けたんだ」
「ほう。あの"皆殺し"にな」
「だから付いて行った。いや……引っ張られて行っただけだ」
「お前がそう言うならそうなんだろうな」
何処か、何もかもお見通しの様子で笑う相手にミキは肩を竦めた。
今言った言葉に嘘は無い。
ただ唯一違う所は……嫌がるガイルに付いて行ったのが、自分だっただけだ。
シュバルの兄たちは一団を率いるのに不向きな性格をしていた。
見ていて解ったから付いて行く気など微塵も起きなかった。
ただそれだけのことだ。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます