其の肆

『本当にお前たちは人間か?』と聞きたくなる様な筋骨隆々の男たちが、見せつけるかのように……各々武器を振り回して興行の開始を待っていた。


 はっきり言って見た目が化け物だ。

 この闘技場の敷地を出て、外の化け物共と出会った方が生き残れそうな可能性を感じる。


「なあミキ……」

「何だ?」

「いつから巨人族は人の大きさになったんだ?」

「俺がここに来た時から居るから……その前からだろうな」


 ガクッと力を無くし、しょげる相手の肩を叩いて慰めとする。

 気休めにもならないと理解しているが、こればかりは本当にどうしてやることも出来ない。


「止めろよイルド!」

「うるせぇ! 俺様の鎧を汚した罰だ!」


 興奮状態の戦士たちの間からその声が響いた。

 まだ日の浅いマデイは何事か理解していない様子だが、長く居るミキは直ぐに分かった。

 稼ぎ頭の一人である"イルド"がまた暴れ出したのだろう。


 取り巻きたちが騒ぐ中、片腕で相手の首を掴んだ大男が……奴隷らしき者の腹を殴っている。

 周りに居る戦士たちも止める気が無いのか、顔を背けて勝手にやらせることを選んだ様子だ。


「あの大男って確か?」

「イルドだ。ここで一番手の付けられない戦士だよ」


 血の気を失っている奴隷を殴る男をミキは良く知っていた。

 彼とは同期と言っても良いほど近しい時期にこの一団に加わったからだ。


 ここに来た時から血の気が多く暴れん坊だった彼は、初舞台でベテラン戦士を倒す偉業を成し遂げた。ただその方法が余りにも生々しく……開始早々相手に向かい武器を投げ、怯んだ隙にタックルを食らわせて地面へ倒し、後は馬乗りになって相手が死ぬまで顔面を殴り続けたのだ。


 それを見ていた観客の反応は完全に二分した。


 凄惨過ぎる殺しの場面に眉をしかめて顔を背ける者。

 硬く拳を握り狂喜しながら『殺せ殺せ』と声の限り沸き立つ者。


 それ以来……イルドの野蛮染みた戦い方を好む観客が、彼に対して多額の賭け金を落とすようになった。

 手の付けられない暴れん坊が人気者となってしまったので、団長以下主だった者たちも注意はすれども強く言えないのが現状だ。


 彼の鎧を汚したらしい奴隷は、最後に思いっきり顔面を殴られ地面を転がり……動かなくなった。

 その気性も厄介ではあるが、大柄で筋肉の塊のような彼が繰り出す攻撃は凄まじい物がある。


 普通に正面から立ち向かい戦うには骨の折れる相手だとミキは判断していた。

 ただ負ける気はしない。微塵ほどもだ。


 イルドの取り巻きな男たちが、動かなくなった奴隷の手足を持って運んで行く。

 気絶しているとは思えないほどの状況だから、たぶん事切れているのだろう彼が、運ばれて行くのを何の抵抗も無くいつもの一場面として皆が見ている。

 人の命が驚くほど安いこの世界において、これは普通の光景だ。


「なあミキ?」

「ん」

「あの運ばれた奴隷……俺と一緒に地ならししていた奴だ」

「そうか。強い奴に取り入ろうとしたのか、それとも本当にへましたのかは知らんが……あんな風にされるのが舞台って場所だ。上がる前に知れて良かったな」

「……」


 顔色を青くし微かに震えている相手の背を押して、ミキはこの場から離れることを促す。


 酒にでも酔っているのか、イルドの勝ち誇った様子の笑い声が耳の中に響いて不快に感じる。

 彼とて命を張って舞台に上がっているのだから、少なくとも死を覚悟しているはずだ。

 だからと言って、あんな簡単に他人の命を左右する行為が許されて良いとは思わないが。


「もしアイツが死んでたら……殺した奴はどうなるんだ?」

「相手がイルドだからな。団長に対価として買った奴隷の金額を払って終いだ」

「罰も何も無いのか? 舞台に上がっても居ないのに?」

「それがここの決まりだ。だから気軽に戦士たちの元へ行くな。舞台に上がる様になったら嫌でも近くに行くことになるが……それまでは離れている方が良い。生きてなければ舞台にも上がれないぞ」


 厳しい奴隷と言う現実を知った彼は、大きく肩を落として歩き続ける。

 それは仕方のないことだ。誰も奴隷の経験なんて積んでから奴隷になる訳でもない。


 しばらく肩を落としていたマデイが不意に顔を上げた。


「決めた。俺、博打で儲ける」

「止めておけって」

「でも奴隷仲間が言ってたぜ? 興行の賭けで儲けて奴隷から解放された男の話を」

「ラージの話だろ?」

「そうそれ」

「あれは本当に幸運だっただけだ。あれに憧れて何人もの奴隷が無一文になるのを見たよ。で、舞台に上がって死んで行くのもな」

「でも無理じゃないんだろ?」

「無理ではない。……銭はあるのか?」


 その言葉でマデイはまた肩を落とした。


 奴隷にも給金は払われる。雀の涙ほどだが。


 新入りに給金が払われるのはまだ先のはずだ。

 奴隷が元々銭を持っているとは考えられない。


「貰った給金で女を買って、一晩楽しむのがここの流儀だ。残った金で賭けをして、勝ったら女か酒か……どっちにしろ手元に残るなんてことの方が少ない」

「お先真っ暗だな」

「そう肩を落とすなよ」


 ポンポンとミキは相手の肩を叩く。


 どうも考え無しな男であるが、人を引き付ける何かがある。

 こんなにも奴隷と話すのは久しぶりな気がした。


「ほら見ろよマデイ」

「ん?」

「次回の給金で買える女たちの到着だ」


 閉じられていた門が開き、五頭立ての馬車が入って来る。

 引いているのは木製の檻を乗せた車だ。


 そして荷物は……女たちだ。




(C) 甲斐八雲

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