異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~

甲斐八雲

序章

事の始まり

「馬車を止めろ」

「ミキ?」


 荷馬車の手綱を握り締め慌てた様子の男の脇を過ぎて、"ミキ"と呼ばれた彼は荷台から地面へと舞い降りた。立場上は"護衛"と名乗っているが、実質商隊を率いている商人の話し相手を努めているだけの存在だ。


 ただ何かあれば一番に駆けて行く。

 それは喧嘩っ早いと言う理由などでは無く、彼は自分の腕を振るいたいのだ。


 ザザッと、靴底で砂利を噛みながら彼は立ち止まる。


 腰に差しているのは、日本刀だ。

 材質は全く違う物ではあるが、その形状は間違いなく刀であった。


 この世界ではたぶん一対しかないであろう、打刀うちがたな脇差わきざし

 彼は長い方……打刀に手を乗せて、敵と向かい合った。


 一度名前を聞いたが、良く覚えていない猿の様な化け物と対峙する。


 丸っこい達磨の様な胴体と異様に長い両手。

 先行して街道の安全を確認していた護衛の一人が捕まり、その首を曲げられようとされていた。


 右腕一閃。


 迷うことなく振り抜かれた刀は、猿の長い腕の肘を綺麗に断った。


「連れて行け」

「助かった」


 護衛仲間たちが、捕まっていた男の足を掴み一気に逃げ出していく。

 その撤退する姿に迷いはない。


 ただ一人……化け物5匹を相手に残る格好となった彼は、逃げ出した護衛に文句など言わない。

 むしろ手を出されて邪魔される格好になる方が困るからだ。


「きぃぃぃいいい!」

「鳴き声は猿なんだな」


 腕を斬られた猿が、残っている腕を伸ばし彼を捕まえようとする。

 だがその場から一歩も動くことなく、彼はまた右腕を振るった。


 ゴトッと音を立てて、猿の腕が地面を転がる。


 両腕を失った猿は激しく吠えると……一目散に逃げだした。

 この場で命を拾っても、両腕を失った生き物の末路など誰もが解ることだ。


「悪いことは言わない。出来たら逃げてくれないか?」

「きぃぃぃいいい!」


 相手を案じて呟いた言葉に対しての返事は、とても簡単な物だった。

 その目に怒りを宿して、残った猿たちは一斉に襲いかかって来た。


 言葉が通じないから、説得することなんて最初から無理な話だ。

 それにアレは荷台でぐっすり寝ているから間に合わない。


 彼は半歩片足を引いて身構えた。


「悪い。ならば斬る」




「相変わらず良い腕してるな」

「これぐらいのことは自慢にもならないよ」


 血のりを拭った刀を鞘へと戻し、ミキは他に襲って来るモノが居ないか確認していた。

 地面に転がる死体は二つ。残りは両腕を失って逃げて行った。


 化け物に襲われたこともあり、商隊は動きを止めて状況の確認を始める。

 報告は直ぐに上がって来た。

 助けられた護衛の一人が、首を痛めただけで済んだ。


「ミキのお蔭だな」

「一応護衛だからな」


 そう言って頭を掻いた。

 ただ旅の途中……行き先が同じ方向だから便乗しているに過ぎない。

 相方と共に。


「ん~。……ご飯の時間ですか?」

「あれだけの騒ぎがあっても、ぐっすり寝ていられるお前が凄いと思うぞ」

「えへへ。ミキに褒められました」


 相手の言葉に訂正など入れない。

 でも嬉しそうな表情で起き出した少女は、荷馬車の荷台から降りてようやく惨劇を目にした。


「うわ~」

「……レシア。頼めるか?」

「は~い」


 街道の上に転がっている猿の死体は通行の邪魔となる。

 ミキ以外の護衛たちが、木の棒などを使い街道の端へと移動していた。


 レシアと呼ばれた少女は、軽く飛び跳ねるように遺体へと近づくと、ピタッと動きを止める。

 軽く顔を上げて、その胸に空気を流し込むと……緩やかに両腕が動きだした。


 静かで優雅な踊りだ。


 その踊りは、鎮魂の為の物だとミキは知っている。

 彼が殺した"モノ"に対して踊って欲しいと頼んだからだ。


 彼女は一心不乱に踊る。音楽などは無い。

 だがそれを見る者は、清らかな音色が流れているように感じた。


 踊りを見せる彼女は、"シャーマン"


 自然を愛し、自然に愛される特別な存在。

 それも力が強い者しか持つことを許されない、白い飾り布を身に付ける稀有な存在だ。


 彼女は踊りを終わらせると、一番近くに居るミキの元へと駆け寄って来る。

 少し汗ばんでいる頭を彼が軽く撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を弓にした。


「ありがとうな」

「でもまだまだです」

「そうか。なら二人でもっと精進しよう」

「はいです」


 嬉しそうに微笑み彼女はそっと爪先立ちになると、ミキの唇にキスをしてその場から逃げ出した。

 人前でやるなと言っているのだが……気分の乗った彼女の頭から、ごそっと抜け落ちたのだろう。


 ミキは軽く息を吐いて頭を軽く掻いた。


 愛くるしい表情と整った容姿から、彼女を嫌う者はこの商隊の中には居ない。

『シャーマンは不幸を招く』と言われていても、その不幸を全て肩代わりしている者が居るからだろう。

 そう。ミキは彼女が呼び寄せる不幸を、全て受け入れる覚悟で共に旅をしている。


 理由など簡単なものだ。彼女を気に入った。

 そしてその覚悟は、自分の命をはれるくらいのことなだけだ。


 思えば……彼女との出会いも最初から命を懸けることになった。

 ミキがずっと過ごしていた、旅の一団が見世物にしている"剣闘"の舞台に上がると言うことで。


 そして彼女は思い出させてくれた。自分の未練を。

 前の人生の記憶を持つ自分が、死ぬ間際まで渇望した未練を。


 クスッと笑い、ミキは歩き出した。

 また勝手に食料を漁っていそうな少女を制する為に。



~あとがき~


 ファンタジー時代劇を目指して執筆して行こうと思っています。

 長い作品になると思いますが、よろしくお願いします。




(C) 甲斐八雲

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