4.1.6 水路/調査団の伝文
――王国歴 302年 初春 主都アニュゴン
――水門
「水門を開け」
シルバが指示すると、鬼人が水門の扉の上部にある円盤を回転させる。円盤の回転に会わせて厚い鉄扉が上昇を始め、川の水が轟音を立てて水路へと流れ込む。
「あははは、水が攻めて来た」
何がおかしいのか娘が無邪気に笑う。彼女は俺におんぶされ、肩から顔をのぞかせて水門の様子を見ていた。
また、同時に見学に来ていた都市の住民からも歓声があがり、子供たちが水路に流れる水に追いかけるように側道を走りだした。
「一週間で水門を築くとは正直驚いた。さすが、‟都市設計家”というところか」
「私は水門の設計書を作り、説明しただけです。調整役のカロルさん、水門工事を指揮したシルバさん、そして、鉄扉を作成した鍛冶屋さんと土台の石塁を削り出した建築屋さん、皆さんの努力の賜物です」
隣にいる秘書は謙遜というよりも分析に近い口調で反論する。
「当初予定から二倍の面積に水路を張り巡らした。今年の収穫まで耐えれば食料問題は解決する。人口増加にも耐えれるはずだ」
「しかし、食料の調達が気になります。カロルさんに
心配そうな彼女を見て、懇意にしている商会から破格に値段で優先的に卸してもらえることを話して聞かせる。
「……それならよいのですが。でも、念のために他の手段も検討します」
真剣な表情の彼女を見て、俺の中からこみ上げる感情に気づいた。
「人口増加と食糧問題の解決を期待しているよ。正直、俺も不安で一人で悩んでいたんだ。こうして話せる人がいると安心するな」
領主代行として張り詰めていた緊張が和らぐのを感じる。大量の書類に向き合い、事務仕事に追われた日々。戦争のことなら騎士団に聞けるが、自治のことは誰にも聞けない。気づかないうちに心労を貯めていたようだ。
「一人で抱え込むのは良くありません。都市計画であれば私に相談ください」
秘書は眉間の上を指で押し上げながら俺を見つめた。
「兄貴、早速、俺たちの畑に向かうぜ。じゃあな」
シルバは大声で叫ぶと、
「大佐、畑を分けてくれてありがとうなぁぁ。嬉しいぜぇ」
レーヴェも負けじと叫び、一族を引き連れて畑へと向かう。
見学していた住民も畑へと一斉に移動を始めた。拡張した畑の大半を移住者に分け与えた。鬼人とレーヴェの一族も含まれる。彼らは土地を所有することが嬉しくて堪らないのだろう。誰もが目を輝かせている。
「アルビオン大佐、私共は生育の祈りを唱えに向かいます」
ロマーニは俺に挨拶すると魔術士部隊を率いて畑に向かう。白エルフが得意とする生命魔法を唱えるためだ。作物の育ちが良くなるらしい。
「俺たちも戻るか」
畑へと向かう群衆を眺めながら秘書に声を掛ける。ちなみに、娘はいつの間にか背中にもたれ、眠りについていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「領主代行様、この外套は重たくてかび臭いです。外出する際に着るように命じられましたが、目的を教えていただけませんか?」
秘書は紺色の外套の匂いを嗅ぎながら、俺に懇願する。
この外套は‟認識阻害”を付与されている。彼女に着るように命じたのは、異世界人と悟られたり、‟鑑定”により特殊なスキルを暴かれ、誘拐されることを防ぐためだ。
「君の身を案じた処置だ。外套が嫌なら……顔を隠す魔道具はどうだ?」
「そちらを試してみたいです。素材をいただるなら私が作成します」
彼女は錬金術に長けている。異世界の都市模型の精密な
「君が作成する方が性能が良いだろう。素材を渡すよ」
「性能というか……見た目を気にしています」
彼女は下を向き不満そうに呟いた。
今後の都市計画の話をしながら歩いていると遠くから手を上げて駆け寄る人が見える――カロルだ。
「オルガ姉さんから連絡が来た。魔人の集落を発見したらしい」
カロルは息を弾ませながら伝文を俺に手渡した。
――アニュゴン自治領 南東部
「見えてきました。あちらになります」
オルガの伝令兵が指をさす方向に岩山を背に丸太の柵に囲まれた砦が見える。
砦の門に近づくとオルガとジレンが出迎えていた。
「ザエ兄悪いな、急なお願いをして」
「可愛い義妹のためなら構わないさ」
俺は飛竜‟吹雪”から降りると二人と腕を叩き合う。
「食料は荷台に乗せているがお前らが食べるのか?」
「そうじゃないんだ、とりあえず、砦の中に運び込んでくれ」
俺と後続に続くララファ率いる輸送隊が、二人に案内されて砦へと入場した。
◇ ◇ ◇ ◇
目の前には岩肌に掘られた住居が広がり、岩の通路を歩いている人々が見える。まるで古代の遺跡のようだ。人々は俺たちに気づくと砦の中央へ降りてきた。
「
「そうだよ。まずは街の代表者の説明を聞いてくれ」
土人の代表者が現れ、説明を始めた。背は低いが凛々しく知性的な若者だ。
「俺たちはこの岩山を根城に暮らして来た。主な産業は鉱石の採掘。山を越えた魔人連邦と交易をしてきた。だから、君の部下から君たちの王国に属していると聞いて甚だ心外に感じた。交流のない王国に税金を納める義理などない」
「であれば、なぜ、オルガたちを砦に入れる? 追い返せば済む話だ」
彼の言動と行動に違和感を感じ、彼に問い掛けた。
砦の柵には破壊と修復の後はなく、岩肌に掘られた住居も崩れていない――オルガ隊が暴れた形跡は見られない。つまり、彼らは、見るからに凶暴なよそ者を進んで迎え入れたということだ。
「昨年から魔人連邦の交易者の来訪がぱったりと途絶えた。理由は分からないが、交易で食糧が手に入らず、俺たちは困り果てていた。しかも、冬眠から目覚めた
と言うと、土人の代表者は悔しそうに唇を嚙みしめる。
「彼らは追い詰められ、死を覚悟して鉱石を魔人領へ持ち込むことを決めた。しかし、輸送中に巨大魔熊に襲われ、全滅しかけていたところを、あたしたちが助けたというわけさ」
オルガは彼の肩に手を乗せて話を繋いだ。
「巨大魔熊? 俺が来るときは見かけなかったぞ」
「それは……あ、あいつらが戻ってきた」
ジレンが言うやいなや、周りの土人が歓声を上げて門へと駆け寄る。
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