4.1.7 黒い鉱石/診療所
――王国歴 302年 初春 アニュゴン領 南東部
――土人の砦
「この辺りにいる巨大魔熊はこれで最後だ」
キリルとイゴールは肩に担いだ巨大魔熊を広場に積み上げる。
土人たちは十数人がかりで一体づつ石台へと乗せ、解体を始める。濃い血の匂いが辺りに充満する。彼らはその匂いに酔いしれたように歌い踊る。まるで宴のようだ。
その様子を眺めていた俺に土人の族長が話しかけてきた。
「あんたの部下が倒してくれた魔獣の肉で俺たちは救われた。さらに、森への食料採取も可能になる……が、それだけでは心許ない。そこで、魔人連邦の連中の代わりに俺たちと交易をしないか? 俺たちは鉱石、あんたらは食料と日用品だ」
「こちらも食料は貴重でね。鉱石を見せてもらえないか?」
「あんたが気に入る自信はあるぜ。こちらに来な」
◇ ◇ ◇ ◇
土人の代表者に案内された倉庫には様々な種類の鉱石が積まれていた。
「ミスリル、金、銀、白金、製錬が難しいがアダマンタイトもある」
「それだけの鉱脈がここに集中しているとは信じ難いな」
俺は積み上げられた鉱石の間を歩きながら呟く。
「俺たちの坑道が山脈に張り巡らされているのさ。そいつは食べれる鉱石だ」
「食べれる鉱石……岩塩まで取れるのか」
手に掴んだ白い鉱石を砕き、欠片を口に含む――塩辛い。
「この黒い鉱石なんだ? 他と比べて量が少ないな」
倉庫に端に置かれた黒い鉱石を指さし尋ねる。
「わからない。たまに見つかるんだ――発見者は何故か持ち帰りたくなるそうだ」
「幾つかもらうぞ」
俺は彼の了承を得る前に掴み取り懐に入れる。
「それで、取り引きはどうする?」
「いいだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
交渉は成立した。ララファ隊が荷台の食料を下ろし、鉱石を積み込む。巨大魔熊の魔石と毛皮および骨も積み込む。購入したのは魔獣の肉のみだと土人が主張したためだ。借りを作りたくないのだろう。
「行政官が到着し、戸籍登録が完了するまで、ここで待機してくれ。独立心の強い種族のようだ――気を抜くなよ」
俺の強い口調にシルバは頷いて答える。
土人の代表者は、自治領の軍隊——俺の騎士団を駐留させることと引き換えに、自治領への編入を認めた。税金と傭兵を雇う費用を秤にかけているようだ。他に良い条件が現れたら、直ぐに乗り換えるだろう。
「積み込みが完了次第、出発する。後をよろしく頼む」
「急な話だな。オルガが戻るまで待てないか?」
「あいつはいつ戻るか分からないし、寄りたい場所があるんだ」
オルガはキリルとイゴールを連れて周辺の偵察に出かけている――というのは建前で、二人が仕留めた獲物より大物を倒そうと森に出たに違いない。
「アルビオン大佐、荷物の積み込み完了しました」
ララファが近づき、俺に報告する。
「今から出立する。出発の合図だ」
俺の指示に彼女は荷台へと走り出した。
――アニュゴン領 東部 診療所
「兄やん、お久しぶりでやんす」
ドワルゴが俺に近づいて来る。相変わらずわざとらしい笑顔だ。
ソニア公女に宿る魔人が属する魔人連邦国の将国は、アニュゴン自治領と山脈を隔て接する。距離が近いということもあり、ドワルゴが建てた診療所の周囲には天幕が張られ、治療を待つ魔人で溢れていた。
「治療はどうだ?」
「順調に進んでいやす。兄やんが作成したこいつのおかげです」
ドワルゴは手にした魔道具を大事そうに撫でながら笑顔で答える。
魔虫の魔力波長は、寄生する宿主の減衰波長に変化する。しかし、微量ながら魔虫の固有波長も残存することが研究所の調査により判明した。さらに、固有波長の減衰波長を魔虫に照射すると、活動が停止し、死に至ることまで突き止めた。彼に渡した魔道具を使うことで、その減衰波長を高密度に照射し、魔虫を殺すことができる。
「しかし、すいやせん。何個か動かなくなりました。修理をお願いできやすか?」
「故障装置はこちらで預かる。改良装置を用意したから代わりに渡しておく」
ドワルゴが故障装置を取りに戻る間、俺は辺りを見渡す。緑髪、額に魔石、褐色の肌をした魔人、赤い髪と瞳、額に六つの触眼がある魔人、そして、白髪、白い鱗に覆われた、蛇の尾を持つ魔人が目に入る。前者は古代エルフとアルケノイドの近種だと予想が付くが、後者は不明だ。
「あちらの白鱗の魔人は何という種族だ?」
故障装置を抱えて現れたドワルゴに、俺は質問する。
「‟
大将の直系か……強そうには見えないが、書物で調べておこう。
「ところでこの人数を賄う食料に当てはあるのか?」
「我が将国から運び込みます。警備兵と共にまもなく到着しやす」
俺は肩を撫でおろした。土人の件で予想外の食料の提供が発生した。これ以上は頼まれても出せない。
「魔人連邦国の魔虫の感染状況はわかるか?」
「北部から南部へと拡散しておりやす。北部は死者多数で内乱どころではなく、将国は和平を結び、事態の収拾に努めていやす」
感染の始まりは北部からか……魔虫の魔石を使用したとみられる魔道具を開発し、魔虫により魔人を使役していたヨーク伯爵家の領地は北部の魔人連邦国に接していたはずだ。何か関連があるのかもしれない。
「そろそろ帰る。何か必要な物資があれば連絡してくれ……食料以外でな」
「アイラさんに会わないんでやんすか?」
ドワルゴは口元を緩めて俺を見つめる。
俺は虚を突かれて言葉を失う。アイラに襲われた件はジレンたちに相談しないと決めた。仮に話したところで、皆を苦しめるだけだ。しかし、原因は突き止めたい。そこで、この診療所に彼女を派遣し、ドワルゴに監視させているのだ。
「余計なことは言うな。お前は監視を続けてさえいればいい」
「あの子が時々寂しそうな表情をするもんで……差しでがましくてすみやせん」
ドワルゴは後ろ頭に手を回し、髪を掻きながら、消え入りそうな声で謝る。
「……俺は帰る。さらばだ」
俺はアイラが働いている診療所を一瞥し、その場を後にした。
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