3.4.25 両刃の湾刀(レーヴェ)
物語はシャーロット一行がシュバイツ伯爵領の主都へ向けて南下する時に戻る。
――王国歴 301年 初夏 イストマル王国 第一王女一行
「なぁ、中佐殿。この戦役で初めて俺の部隊は活躍できた。感謝してるぞお」
レーヴェがザエラの背を叩き、声をかける。
彼は
「今度の論功行賞が楽しみだな。ところで上半身の筋肉が見違えたな。二刀流の修行の効果が出ているようで羨ましい」
ザエラはレーヴェの胸板を小突く。
「中佐殿も逞しく見えるぞお。それに俺は……白エルフだけでなくドワーフの血を引く一族の者だ。だから、骨が太く筋肉が付きやすいんだぁ。明らかに他の白エルフと違うだろお?」
レーヴェは周りにいる華奢な白エルフに目を遣る。
「俺の部下の多くは魔人だぜ。だから外見の違いなんて気にしたことはない……女は除くけどな。ただ、その湾刀は見事な一品だと感じていた。お前の話で納得したよ」
「うちの一族にはドワーフの血を濃く受け継ぐ者がいるぞお。彼らが鍛えた武器は一級品だあ。何しろ先祖は……いや、何でもねええ。それより、俺の部隊は王都には行かずに、一族の集落へ戻る。ここでお別れだあ」
「そうか、残念だな。また、戦場で会えるのを楽しみにしている」
レーヴェはザエラと固く握手を交わすと、手綱を曳き、ザエラから離れていく。
――レーヴェの集落
「炭が焼ける匂いと鍛冶場の音を聞くと落ち着くぜえ」
湯船に浸かり小窓から流れ込む音と匂いを嗅ぎながら呟く。
丸太の柵で覆われた集落に戻るとみんなが喜んで出迎えてくれた。これから、戦役を終えたレーヴェたちを労うため、集落総出の宴会が行われる。その前に、風呂に浸かり、長旅の汚れを落とす。
レーヴェは目を閉じて熱めのお湯に身を委ねる。鍛冶場から聞こえる金槌の
――彼の頭が静かに湯船の中へと沈んでいく。
「げほ、がはぁ。やべえ、いま何時だ……急いで支度しないと」
レーヴェは咳き込みながら湯船から上がり、支度を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「見違えるほど筋肉が付いたな、レーヴェ。どうじゃ、お勤めは無事果たせたか?」
長老はレーヴェの杯に酒を注ぎながら問いかける。
「アルビオン中佐のお蔭で、俺は活躍したぜえ。姫様は王位選定に敗れはしたものの、敵軍の中将を捕らえ、西軍を降伏させた。戦功に期待してくれ」
「お前の活躍は同族として嬉しいが……あまり目立つなよ。混血種である我が一族はシュバイツ伯爵様の覚えは良くない。ところで、その中佐は何者だ?」
レーヴェは杯を飲み干すとザエラについて話を始めた。いつの間にか長老だけではなく、村人たちが彼を囲んでいた。気分を良くしたレーヴェはさらに声高に、話を盛りながら、戦役におけるザエラの武勇と知略について熱く語る。
「その中佐が優秀なのは理解したが……白エルフでないのは残念だ。この地は良質の木炭が取れるため、鍛冶場には適しているが、我らは移動が許されておらぬ。彼が白エルフであれば、この呪縛から逃れる術となるであろうに」
長老はため息をつきながら肩を落とした。シュバイツ伯爵家は、純血種を尊び、彼らのような混血種が領内で広まらないよう、移動制限をかけているのだ。
「ところで、お前はアルケノイドの部隊がいたと話していたな。行商人に聞いた話では絶世の美女ばかりらしいではないか。実際はどうなんだ?」
「それよりも、王女様について教えておくれ。王族だからさぞ美しいお召し物を身に付けられているのでしょう?」
村人は、長老の毎度の愚痴に聞き飽き、レーヴェに外の様子を教えて欲しいとせがむ。この集落では外部の様子を聞くことが何よりの娯楽なのだ。
こうして宴は明け方まで続いた。
――王国歴 301年 晩夏 レーヴェの集落
「おい、レーヴェ、長老から緊急集会の招集だ。すぐに支度をしなさい」
父親の声がレーヴェの部屋の入口から聞こえる。
「えぇー、今日はもうおしまいなの?」
レーヴェの隣にいる女がつまらなそうに文句をいう。
戦役に赴く村の男性は早々に結婚し、子供を作る。しかし、レーヴェは未だに結婚もせず、欲求を満たしたいときだけ、集落に住む村の女と逢引きをしていた。未婚であれば、誰でも良く、隣にいる女の名前すら憶えていない。
「今日はこれで終わりだぜえ。これを受け取って帰んなあ」
女はレーヴェが差し出す金貨を叩き落とすと服を着て早々に裏口から外に出る。
「俺の論功行賞の通知だろうが……親父は妙に張り詰めた声をしていたな」
レーヴェは欠伸をしながら服を着替えた。
◇ ◇ ◇ ◇
村の集会所に到着すると村人が全員集められていた。突然の招集に落ち着かない様子で周りと話している。
長老が現れると集会所は静まり、異様な緊張に包まれた。
「シュバイツ伯爵様からの伝令だ。一族の部隊をアルビオン騎士団へ提供することが氏族会議にて決定された。ついては、同規模の兵士をシュバイツ騎士団へ提供するようにとのことだ」
長老の話を聞いた村人が口々に声を荒げる。
「これ以上の兵士の提供などできるはずがない。集落が年寄りと子供だけになり、立ち行かなくなることは目に見ている。伯爵様は何をお考えなのか」
「氏族会議の決定だから、伯爵様の責任ではないというのか。そんな道理を我々が納得する訳ないだろう。ふざけた話だ」
長老は杖を床に叩いて話を続ける。
「なお、それを拒否した場合は、シュバイツ伯爵領からの立ち去り、もしくは、一族秘伝の鍛冶技術の開示を求めておる。我々に交渉の余地などない」
集会場が静まる中、レーヴェの声が響く。
「おい、じいさん、俺の論功行賞の通知は来ているか?」
「……通知? ああ、この茶色い葉書だな。少佐へ昇進と書かれておる。そうだ、お前の意見を聞きたい。我々はどうすべきだ」
「少佐か、ようやく佐官だぜ。俺は軍人だから政治は分からないが、伯爵家の騎士団は弱すぎる。アルビオン騎士団への転属が嬉しくてたまらねえ。……ということで、渡りに船というのが俺の意見だぜえ。そういや、アルビオン中佐の地元が移民を受け入れていると聞いたな……まあ、後はあんたらで考えてくれやぁ」
レーヴェは長老から葉書を受け取ると鼻歌交じりに集会場を後にした。
「面白くなってきやがったぜえ」
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