3.4.9 王都到着

――王国歴 301年 中夏 エクセバルト公国 出立


王都へ向けた出立の当日、ソニア公女と俺は小声で会話をする。


「あの話、まことであろうな?」

「……間違いございません。ただし、準備の程お忘れなきよう」

 彼女は魔人に戻る方法に偽りがないか俺に念押しする。疑うのは無理もない……自分ですら確証はないのだから。


 ようやく解放され、王女の元へ合流する。

「ふふ、見ていたわよ。うまく取り込めたようね。彼女と何を話していたの?」

 

 王女は頬を緩ませて意地悪そうに問いかける。ソニア公女に宿る魔人の話をする訳にもいかず、俺は余裕の表情を無理に作り答える。


「ええ、彼女は私に夢中のようです。王女様には刺激が強いので控えますが」

「なによ! 少し年上だからといって生意気なこというわね。私みたいな子供のお世話係に戻るとはさぞ残念でしょうね」


 王女の命令で彼女に貸し出されていたのだが。公国の極秘情報が入手出来て褒められると思いきやご立腹のようだ。おそらく、月のものだろう……ここは穏便に。


「とんでもございません。王女様とようやく再開でき、嬉しくて胸が熱くなります」

「本当にもうっ、私を馬鹿にして。すぐに出立するわよ」


 彼女は振り向き、茜のいる広場へと走り出した。呆気に取られてその後ろ姿を見つめていると、手綱を握り待機するベロニカと目が合う。彼女は微笑んで会釈する。


《ご機嫌斜めのようだが王女様をよろしく頼む》

《畏まりました》


 王女が茜をいたく気に入り、竜を調教できるベロニカは重宝されている。公務に同行できるよう、我が騎士団に正式に加入させた。念話の魔道具ブレスレッドを渡したとき、普段、無表情の彼女たちが嬉しそうに見えた。


 もう一人のベロニカは吹雪に乗り、カロルとエミリアをアニュゴンの街へと運んでいる。騎士団員の論功行賞とドワルゴに寄生していた魔虫を届けるためだ。魔虫の感染も気になるので、カロルに街の診療所に寄るように話してある。王都到着後に合流する予定だ。


「兄やん、すみません。所要ができまして一時離脱します」

 ドワルゴが頭を掻きながら申し訳なさそうに俺に話しかけてきた。


「そうか、なんならここで別れてもいいぜ」

「そんなこと言わねえでください。御恩の一つでも返さないと気がすみません。王都で再びお会いしやしょう」

 そう言い残すと馬に乗り駆け出した。魔虫の発生源について調査が終われば、始末しようと考えていたが……どうも憎めない奴だ。


 さて、カロルが不在の間は俺とラクシャとフィーナ隊で王女を護衛しなければ。公国から出れば暗殺者の襲撃が再開されるはずだ。俺は気持ちを引き締め、ラピスに騎乗した。


――王都 白蘭離宮


 公国を出発して、約二週間後、王都へと到着した。途中、随伴者と合流するためシュバイツ伯爵家に立ち寄り、ひたすら南下を続けた。


 夏の日差しは強く、暑さに慣れない白エルフは一様に辛そうな表情をしていた。しかし、暗殺者の襲撃は王都に近づくにつれ、激しさを増す。疲労した白エルフの護衛部隊をラクシャに援護させ、俺とフィーナ隊で担当区域の襲撃に対処した。


 王都の巨大な城門を通り王宮へと向かう。そして、王宮に入場し、王女の住居である白蘭離宮へ到着した。王女と取り巻きが建物に入ると護衛部隊の白エルフがばたばたと倒れていく。おそらく極限まで疲労が溜まり、気力で耐えていたのだろう。


 俺とラクシャとフィーナ隊で彼らを木陰へと寝かせる。ラクシャが水竜刀を空に向け、冷水を辺りに振りまく。無言で無粋な雰囲気なだけに時折見せる優しさが際立つ……レナータ公女が離したがらないわけだ。


 回復魔法で彼らを看護していると、王女から呼び出された。宮殿に入り、白壁を基調とした赤と金細工で美しく装飾された通路を歩き、大広間へと入る。


◇ ◇ ◇ ◇


 大広間の円卓には前面に王女が座り、両脇にシュバイツ伯爵家の随伴者が連なる。次期国王との面会など事務的な手続きが話されている。多くは文官だが、武官もいるようだ……そういえば、新任のシュバイツ騎士団長が合流したと聞いたな。


 俺は末席に静かに座り、出された紅茶を飲み干す。上品な味がする……高級な茶葉なのだろう。すかさず、侍女がお代わりを注ぐ。


 王女は俺が席に着いたのを確認し、話題を変える。

「それでは次に……わらわは次期国王の戴冠式後に開かれる晩餐会に招待されておる。わららの他に一名を連れていくことができる。その者を決めたい」


「自国および他国の要人が出席されると聞いております。その場に参加できるとは当伯爵家として大変名誉なことです。この場にいる者はいずれもシュバイツ伯爵様の代理にふさわしい家柄でございます。どなたでもご指名ください」

 王女の近くに座る伯爵家の随伴者が胸を張り声を掛ける。彼が代表者なのだろう。


 彼女は熱い視線を一心に浴びながら言葉を続けた。

「アルビオン大佐を連れて行く」


「うっ」、俺は思わず紅茶を吹き出しそうになるのを堪える。


 紅茶を置き、顔を上げると円卓に座る全員が驚いた様子で俺に視線を遣る。


「畏まりました。王女様配下の代表として誠心誠意お勤め致します」

 俺は涼し気な表情を作り、胸に手を当てて誓いを述べる。


「王女様、何故に伯爵家の者では駄目なのですか?武官がお好みであれば、こちらの騎士団長様で良いではありませんか。我々のこれまでの援助を……」


「そこまでだ。これ以上、卑しいことを申すな。王女様が決められたことだ。我々が口を出すことではない」


 代表者の隣に座る武官が彼の言葉を強く遮る。おそらく新任の騎士団長だろう……軍服に身を包み、凛々しく美しい青年だ。しかし、戦場の匂いはしない。偉そうなお飾りの坊ちゃんだな、俺は心の中で呟く。


「しかし、王女様へ恥をかかせては絶対にならぬ。礼儀作法だけでなく、ダンスも大切だ。田舎出身の平民と聞いているが大丈夫であろうな?」

 坊ちゃんは俺を品定めするように見つめながら問い詰める。


「問題ございません。幼少期より貴族の家庭教師から手ほどきを受けています」

 俺は即答する。しかし、師匠から教えられたのは礼儀作法までだ。ダンスは全く経験がない。内心どうしようかと悩みながら、俺は自信に満ちた眼差しを彼に向けた。

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