3.3.14 開戦前 模擬戦

――王国歴 301年 晩冬 貴族連合討伐軍 シュナイト陣営


エキドナ大佐はオルガからの模擬戦の申し出をあっさりと承諾した。オルガは拍子抜けした。なぜなら、初対面で素気ない様子を見て、断られる覚悟をしていたのだ。


二人の模擬戦を見ようと野次馬たちが会場に集まる。誰が漏らしたのか、とオルガは辺りを見渡す。すると、ジレンが胴元として賭博を仕切り、慌ただしくお金を集金している姿が目に入る。


《ジレン、ほどほどにしておけよ》

とオルガは念話で釘をさした。


オルガは気持ちを切り替えて、目の前にいるエキドナ大尉に話しかける。


「模擬戦を承諾してくれて感謝する。遠慮なし、恨みっこなしの真剣勝負だ」


エキドナ大佐は口を開くことなく無表情のままだが、殺気に満ちている。オルガは深く深呼吸して構える。二人の殺気で会場に緊張感が漂い始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


ジレンはお金の徴収が終わるやいなや、模擬戦開始の合図を送る。


「ガキンッ、ガキンッ」、一瞬の内に間合いを詰めたエキドナ大佐は二刀を居合で抜刀し、オルガに斬りつける。オルガは幻影魔法で作成した“浮遊盾フローティング・シールド”で防ぎながら、拳を相手の顎に叩き込む。エキドナ大佐は体を反らし頭を地面すれすれに近づけて拳を避けながら、オルガの背後に周り、二刀を振り下ろす。その瞬間、オルガは相手のみぞおち目掛けて足を後ろに蹴り上げた。エキドナ大佐は両腕を交差させて足蹴りを受け止めると、その衝撃で数メルク後方へと飛ばされた。


「うおおおぉ」、観客は一瞬の攻防に息を呑み、そして叫ぶ。


エキドナ大佐は再び距離を詰め、二刀による絶え間ない連撃をオルガに加える。“浮遊盾”は再生するやいなや砕かれ、オルガの拳はことごとかわされる。


《おい、観客がいるから‟神威シンイ”はやめておけよ……って聞いてないか》

とシルバは戦闘に夢中になるオルガに念話を送る。


オルガの動きが一瞬止ると、エキドナ大佐が体を回転させながら二刀を切りつける。


「バキン」、漆黒の鎧に覆われた黒騎士が剣のように鋭利な両腕で二刀を弾き飛ばすと、エキドナ大佐の喉元に向かい両腕の剣先を突き出す。


「そこまで!」、シルバが黒騎士に体当たりし動きを止める。


「大丈夫だ、まだ、正気だ」、黒騎士の鎧が崩れ、オルガが姿を現した。


◇ ◇ ◇ ◇


観客はオルガが黒騎士に突然変身したことに驚き、ざわつき始める。


シルバは会場のざわめきを心配そうに眺めながら、

《敵将と同じ血族魔法だと感づかれると面倒だな》

とオルガに念話する。


オルガはシルバを睨みつけながら、

《そもそも、お前が観客なんて呼ぶからいけないんだよ》

と念話で𠮟りつけた。


「私の負けだ」、エキドナ大佐は両手を上げ溜息をつく。両手は微かに震えている。おそらく、剣を弾き飛ばされた衝撃で痺れているのだろう。


「勝者、アルビオン騎士団所属、オルガ大尉。掛け金の清算を始めます」

とシルバが大声で観客に向かい叫ぶ。


シルバの大声で観客の意識が模擬戦の結果、つまり掛け金に向けられた。オルガに賭けていた数名の兵士が喜びの叫びをあげる。一方で大多数の兵士はため息を付きながら訓練場を後にする。掛け金の換金が終わる頃には観客たちは姿を消していた。


エキドナ大佐がオルガに歩み寄ると、

「自意識過剰な奴と思い込んでいたが、大した腕だな」

と言いながら握手を求める。


「そんなことはない。大佐に追い詰められて観客の面前で奥の手を見せてしまった」

オルガはばつが悪そうな表情をして、エキドナ大佐の手を握る。


エキドナ大佐は訓練用の剣を使い、戦技アーツの使用を控えていたことを、オルガは気づいていた。


「そういえば、なぜ、あたしの模擬戦の申し出を受けてくれたんだ?」

オルガは疑問に感じていたことを彼女に問いかけた。


「おたくの騎士団長に興味が湧いて、紹介してもらうと考えていたのさ。面会の席で人族と魔人の本質は同じと発言した彼の考えを聞きたくてね」


オルガはエキドナ大佐の話を聞いて、ザエラから頼まれていたことを思い出した。

「そういえば、ザエ兄は二刀流を習得したくて、あんたから教わることができないか相談してほしいと頼まれていたところだ。早速、予定を聞いてみるよ」


エキドナ大佐は少し考えた後、

「ああ、騎士団長のザエラ中佐はお前の兄だったな。よろしく頼む」

とオルガに依頼し、その場を後にした。

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