3.3.59 受肉(シャーロット)
――王国歴 301年 晩春 貴族連合討伐軍 ヒュードル大尉宿舎
――シャーロット王女が解呪されてから数日後
ヒュードル大尉はミハエラに左腕を切断された後もザエラの代理として第一王女軍の指揮を続けていた。ザエラが前線から帰還すると同時に気を失い、西方軍の診療所に搬送された。
ヒュードル大尉の指揮により現場は混乱することなく損失は最低限に抑えられた。しかし、診療所に到着した時、彼の左腕は茶色く変色し、腐敗臭がしていた。ザエラは手術による接着は不可能と判断した。
左腕を喪失して以降、ヒュードル大尉は戦場から離脱し、治療に専念していた。そのような状況の中、第一王女とザエラが彼の宿舎を訪問する。
「もしや、シャーロット王女様でございますか?」
ザエラは第一王女が訪れることを伏せていたが、ヒュードル大尉は彼女を見るなり声を震わせながら問いかける。
「十数年におよぶ呪いから解き放たれたわ。あなたたちの献身に感謝します」
第一王女は満面の笑みでヒュードル大尉に感謝を述べる。
呪いが解けた翌日に、第一王女は髪を切り落とすと全力で走り出したそうだ。そして、地面に仰向けに倒れこみ、髪を汗で濡らして全身で呼吸する様は、まるで固い蕾が一晩で開花したようだとカロルが話していたことを思い出した。
「最後に元気になられたお姿を拝見できて幸せです。これで心置きなく定年を迎えることができます」
ヒュードル大尉は目に涙を浮かべながら安堵の声を漏らした。
「大きな試練を乗り越けれど、まだ序の口よ。この度の王位選定で私はアデルを貶めたわ。私に対する憎悪は相当なものよ。このままでは、暗殺されるか、出家して軟禁されるか……容易に想像がつくわ。そんな私を残したまま、貴方は去るというの?」
第一王女の告白を聞いて、ヒュードル大尉の嬉しそうな表情は瞬時に消え去る。
「私は王女様に命を捧げることを誓いました。しかし、左腕をなくした私に何かお役に立てることがあるのでしょうか?」
「ザエラが側近になるの。貴方は彼の騎士団の一員として私を支えて欲しい」
「王女様がアルビオン騎士団の
ヒュードル大尉は第一王女の前に跪くと胸に片手を当てて忠誠を誓う。
「期待しているわ。それでは、早速はじめましょう。ザエラ準備をお願い」
「何を始められるのですか?」
「貴方の腕を再生するのよ」
ザエラはヒュードル大尉をベットに寝かせると防音、防視の魔法陣を周囲に発動させた。そして、彼は左肩の切断面に義手のような器具を取り付ける。
「これは何でございますか?」
ヒュードル大尉はザエラに問いかける。
「お前の腕の骨格を粘度のある魔石で接着し、シャーロット様の髪の毛とアルケノイドの糸を寄り合わせた細い紐を筋繊維のように繋げた依り代だ。これから秘術を行い依り代に受肉を行う」
第一王女の血族魔法を使えば、切断面から腕を再生できるしれない。しかし、他人の魂に試すのは初めてだ。そのため、ヒュードル大尉の魂が受肉しやすいように受け皿を用意した。
「今から開始するわ。ザエラ、いつものように魔力供給をお願い」
と言うと、第一王女は血族魔法を唱え始めた。ザエラは彼女の魔力回路に魔力を流し込む。魔力回路が激しく発光すると、ヒュードル大尉は左肩を抑えて苦悶の表情を浮かべる。
「左腕の受肉が始まるわ。自分の左腕を強く想像するのよ」
切断面から肉片が触角のように広がり依り代を包み込む。しばらくすると依り代と同化して左腕が復元された。新たな左腕は白い籠手のような生体防具に覆われていた。
「ふう、初めての試みだけど成功したわ。復元するというよりも、魂が記憶する理想の姿に再生されるのかもしれないわね」
第一王女は満足げにヒュードル大尉の新しい腕を見つめる。彼は目を閉じたまま微動だにしない。おそらく、痛みのあまり失神したのだろう。
「なんだか疲れたから部屋に戻るわ。彼が目を覚ましたら腕の具合を確認してね」
そう言い残すと、外で待機していたカロル達、護衛部隊と共に宿舎を後にした。
――同日、深夜の第一王女私室
「私の魔力量では復元は難しいみたいです。
第一王女は唱えていた魔法を止め、椅子に深く腰掛ける。魔力を使い過ぎたせいだろうか、彼女の顔色は冴えない。
「彼と会うのはまだ早い。……実は私が
「そうなのですか?兄様の鑑定が通じず、
「もう、兄様はよしてくれ。君の兄は死亡したのだから」
第一王女から兄様と呼ばれた男性は顔に包帯を巻きながら苦笑する。第一王女は、彼の顔に広がる火傷を見ながら昔を思い出す。
物心ついた時から母親のいない第一王女とオズワルト王子は、王子、王女の立場は名ばかりでリューネブルク家で邪険に扱われていた。特にアデル王子とその取り巻きの嫌がらせは熾烈を極めた。
ある時、第一王女は木に体を縛り付けられて、炎の血族魔法の的にされた。近くを通り過ぎる炎球におびえ、泣きじゃくる彼女を見てアデル王子とその取り巻きは笑い転げた。今思うとわざと外しながら脅かして遊んでいただけなのだろう。しかし、その中の一球が彼女の目前に迫る。
第一王女は恐怖のあまり気を失う……そして、目を覚ますとオズワルト王子が彼女を庇い火球を受け止めていた。頭部が蒸気を出して燃え上がる様を彼女は今でも覚えている。
「必ず
第一王女は涙を流しながら語気を強める。
「
と言いながら、その男性は第一王女の目から溢れる涙をぬぐう。
「ザエラの部下が警備してくれているので大丈夫です。復讐を成し遂げるまで死ぬ訳にはいきません」
第一王女は男性の手を握り頬で撫でる。
「……君には復讐ではなく君自身の幸せを追求してほしいけれど……ね」
彼はそう言い残すと、姿を消した。
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