3.3.57 慰霊祭/帰任

――王国歴 301年 晩春 慰霊祭の祭壇(戦場跡地)


両国における少将以上の将官が参列する中、慰霊祭は厳かに開催された。ザエラは中佐であるが、第一王女の副大将として特別に参加が許されている。


先日死去したイストマル王国の国王(元帥)の代理として、王位継承権一位のアデル王子が元帥代行として参加している。ただし、死去は隠蔽され、内外には国内の事情で既に王都の帰還されたと伝えられている。


《国王の代理として、王位候補者から脱落したアデルが元帥代行とは皮肉なものね。あの偉そうな態度を見ていると哀れに感じてしまうわ》

第一王女は念話でザエラに話しかける。彼女を支援すると決めた後、念話に使用する腕輪ブレスレットを渡した。これは、第一王女を単なる顧客から団員と同様の仲間として扱うというザエラの覚悟の表れだ。


《ところで、本日の慰霊祭の司祭はどなたが務めるのでしょうか?》

《エクセバルト公国の公女と聞いたわ。エクセバルト家は、古くから王家の墓守をしている一族よ。王国が分裂した後も王家の墓守ができるよう、公国として独立させたと歴史書に書かれていたわ。あ、そろそろ始まるわね》


黒を基調とした修道服を身に纏う女性が現れた。頭部は黒い薄布で覆われ顔は見えない。しかし、細い指を絡ませながら、祭壇に向かい祈りを捧げるその姿は、成人を迎えたばかりの少女を思わせる。


修道女は両手を空に拡げ、‟魂の鎮魂歌”を唱える。背中の魔力回路が白光すると地面に魔法陣が現れる。それは、参列者の足元を通り越し、拡がり続ける。まるで、旧戦場を覆いつくすかのようだ。


そして、旧戦場に彷徨う魂が一斉に天へと向かい上昇する。参列者はその様子に見惚れ、そして、戦場で命を落とした仲間達を想い涙した。


(み、見つけた。俺と同じ血族魔法の持ち主だ)

ザエラは興奮のあまり手を震わせる。修道女の魔方陣から彼の足元に流れ込む彼女の魔力に同質な波長を感じだ。父親の血縁に近い者かもしれない。


《幻想的な光景ね。そして、この魔力の波長……懐かしい感じがするのはなぜかしら。先ほどから涙が止まらないわ》

と念話で話しながら、第一王女はハンカチで涙をぬぐう。


(第一王女も魔力の波長に親近感を抱いているようだ。もしかしたら、修道女の混魂魔法が生者の魂に影響を与えているかもしれない。血縁者と考えるには早計だな)

ザエラは考え改めた。


《それにしても、旧戦場一帯に魔法を発動させるとは驚きです。あれだけの魔力量を持つ人物を目にしたのは初めてです》


ザエラは、この戦場で幾度となく‟魂の鎮魂歌”を唱え、魂を昇華させた。しかし、適用範囲は狭く、他人に魂を見せることはできない。同じ血族魔法だが、質と量共に修道女が遥か上をいくようだ。


《貴方の魔力量にも驚いたけど、彼女もすごいわね。詳しくは知らないけれど、エクセバルト家の秘術で魔力量を増やせると聞いたことがあるわ》


修道女は魂がすべて天へ昇華するのを見定めると両手を下し、両陣営にお辞儀をして退出する。ザエラはお辞儀の際に黒い薄布の奥にある瞳に見つめられた気がした。彼女の魔力に誘発されて、彼の魔力回路が一瞬発動したのに気付いたのかもしれない。


《彼女が気になるの?お父様の葬儀でまた出会う機会があるわよ。私の側近としてあなたも出席してもらうから、彼女と面談できないかお願いしてみるわ》

第一王女の配慮にザエラは頭を下げて感謝の意を示した。


修道女が退席すると、参列者は早々に席を立ち帰路に就いた。ザエラも第一王女を馬に乗せて帰り支度を始める。その様子を敵将のフランソワ中将は静かに見つめていた。


――アルビオン騎士団


最後の荷物を纏めて出立の準備をしている最中、ザエラとティアラに二人の人物が面会に訪れた。シュナイト陣営のドウェイン少将とガイウス大佐だ。ミハエラから瀕死の重傷を負い、ティアラとザエラの懸命の施術で奇跡的に回復していた。


「この度は我々の命をお救いいただき大変感謝する。特にティアラ殿には差別的な発言を繰り返し、不快に思わせたことを心よりお詫びする」

と言いながら、二人は頭を下げる。


(六大騎士団の少将が小規模騎士団の中佐や魔人に自ら出向き、感謝と謝罪を述べるとは前代未聞だ。おそらくシュナイト公の指示だろう)

ザエラは冷静に二人が謝罪に訪れた背景を分析していた。


「我々は当然のことをしたまでです。貴方の上司からの命令でございますか?」

嬉しそうな表情を見せるティアラを横目に、ザエラは冷たく言い放つ。


「そうだ。次期国王が確実しされている我が君のご命令でなければ、お前たちのような下賤な者に出向く訳がないだろう」

ドウェイン少将の言葉にティアラの表情が一瞬にして曇る。


その様子を見て、ガイウス大佐が慌てて言葉を繋ぐ。

「おい、違うだろう。お前がお嬢さんにお礼と謝罪がしたいと言い出したのだろう。命の恩人に対して失礼だ。その言葉を撤回しろ」


「すまない、こいつの言う通りだ。しかし、幼い頃から魔人は下賤な者だと刷り込まれて成長した。どんなにお前たちに感謝しようとこの考えが消えないのだ。私は愚かな人間だ。しかし、我が子孫には、魔人に命を救われたことを話し、彼らを見下さないように伝えていく。お前たちへの恩義に報いる方法がこれしか見つからないのだ」

ドウェイン少将のその言葉にティアラは委縮してしまい、ザエラの背中に隠れる。


「素直にお礼を言えば終わる話なのに……こいつは昔から不器用でな。我々はお二方に大変感謝している。何か困りごとがあれば相談してくれ」

と言うと、ガイウス大佐は頭を再び下げて、ドウェイン少将と共に立ち去る。後から聞いた話だが、二人は幼馴染で境遇も似ており仲が良いらしい。


(ということは、シュナイト公の命令ではなく自発的に謝罪に来たということか。本心は分からないが、他の貴族より話せる奴らだといいな)

ザエラはドウェイン少将とガイウス大佐の後ろ姿を見ながら考えていた。


「ティアラには苦労を掛けたな。さあ、街に帰ろう。母さんが待ちわびているよ」

ザエラはティアラを抱きしめ頭を撫でながら気持ちを切り替えるように声をかける。彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめながら頷いた。


◇ ◇ ◇ ◇


「そろそろ出発するが、シュナイト公、レナータ公に挨拶はすませたか?わらわの側近になるとはいえ、付き合いは遠慮することはないぞ」

「個別にすませてまいりました。いつでも出発できます」

ザエラは元気よく第一王女へ返事をする。


シュナイト公は、ザエラが王女の側近になることを聞くと残念そうな表情を見せた。しかし、すぐに気を取り直すと、アニュゴン自治区の自治領への昇格について既に内務省で審議を始めていることを教えてくれた。彼が王位に就きしだい、内政強化の重点施策として発表を考えているそうだ。


レナータ公女はエイムス少将と共に姿を現した。鬼人との契約が切れても体調は万全とのことだ。心なしかエイムス少将から以前にはない逞しさが感じられた。


元盗賊団の潜伏者から恩赦申告が届いており、早々に身元確認をして欲しいと依頼を受けた。また、神巨人タイタン巨碧人オルムスの中立魔人への登録は、事前に提出していた生態調査書が承認され、知能検査と身体測定を残すのみとのことだ。今後の段取りについて意識を合わせた。


なお、ラクシャは、当初の約束通り、戦役の終了に伴い守護騎士から解任された。レナータ公女から彼の貢献について感謝を受けたが、未練はなさそうに感じた。


「それでは、アルビオン騎士団、シュバイツ騎士団、わらわの合図で出発するぞ」

お気に入りの飛竜の茜に騎乗し、第一王女はご機嫌だ。青く晴れ渡る空に向かい剣を掲げて合図すると全軍がゆっくりと前進を始めた。

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