3.3.54 呪いの代償

――王国歴 301年 晩春 貴族連合討伐軍 オズワルト王子本陣


「オズワルト王子はおられますか!?」

ザエラはオズワルト王子の本陣へと返答を待たずに入室する。


「ザエラ中佐か?待ち侘びたぞ」

角灯ランタンがほのかに灯る中、声がした方向に進む。「うん?」、彼の目の前に木の板が現れる。よく見ると木造の小部屋のようだ。取手を回す音と共に光の筋が現れ、そこから黒い影が覗く。


「さあ、早く入りたまえ」、黒い影に促されて小部屋へと入る。

「話すのは二回だね。顔を合わせるのは初めてかな」

小部屋の中は明るく、頬は痩せこけて無精ひげの生えた青白い顔と対面する。何カ月も部屋の中に籠り、日の光を浴びていないように見える。


「シャーロット様がお薬を飲まれて意識を失われた。貴方から受け取られたと話していたが、どのような薬効があるか聞かせていただきたい」

ザエラは厳しいの形相でオズワルト王子に迫る。


御前会議終了後に意識を無くした第一王女を彼女の私室へ運んだ。ベットに寝かせると彼女の魔力回路へと魔力を流し循環を促し続けた。しばらくして、目を覚ました彼女は力のない手で懐から薬を取り出す。


「そろそろ限界だわ。これはオズワルト兄様から渡された薬なの。私がこれを飲み込んだら兄様に伝えて……終わりの始まりよ」

そう話すと彼女は薬を口に運び飲み込んだ。すぐに意識を失い、呼吸と心拍が止る。魔力はわずかに循環しているため、仮死状態のようだが安心はできない。カロルに後は託し、ザエラはオズワルト王子に会うため急いで天幕へ訪れたのだ。


「そうか……、それでは始めよう。こちらも準備はできている。君も見るといい」

オズワルト王子は白装束を脱いで、魔方陣へと横になる。


◇ ◇ ◇ ◇


人型に魔法陣は大小の魔方陣が幾重に複雑に重なり、魔石が要所に置かれている。


「そこに水瓶の液体を魔方陣に注ぎこんでくれ」

ザエラは言われるがままに、水瓶から流れ出る赤い液体を魔法陣へと流し込む。


「妹に呪いは、埋め込まれたくさびを媒体に発動している。楔が周囲の魔力を分析し、彼女の魔力であることを判別すると、術者の呪いの出口となる魔方陣を起動する。そして、術者が遠隔で唱える呪いが供給される仕組みだ」


オズワルト王子は独り言のように淡々と説明を続ける。

「この魔方陣は、妹の魔力が込められた魔石から彼女の魔力を増幅させて僕の体内を循環させることができる。つまり、僕の体は彼女と同じ、いや、仮死状態の彼女以上の存在となる。僕の体に楔を打ち込めばどうなると思う?」


「術者の呪いを受け入れる魔法陣が起動して、呪いの対象が王女様から貴方へ移るということでしょうか。しかし、貴方が死ねば、また彼女へと呪いは戻るので解決にはならないのではありませんか?」


「やはり君を選んで正解だな。その通りだ。だからもう一工夫必要だ。これからそれをお見せしよう」

オズワルト王子は地面に置かれた楔を左半身に自ら打ち込む。血を流がしながら呻き声上げる様はまるで狂気の沙汰だ。


「この楔はナイトレイド将爵家の特注品だ。最初に血に触れると対象者の魔力を覚える。楔から細い根が生えて対象者の肉体と一体化して除去できなくなる優れものだ」

暫くすると楔から魔法陣が浮かび上がる。オズワルト王子の体は呪いで浸食され、楔の周りから黒ずみが広がる。


呪術反射カーズ・リフレクション”とオズワルト王子が唱えると全身の皮膚に刻まれた魔法陣が発動する。黒ずみの広がりは止まり、呪いは楔へと逆流を始めた。


オズワルト王子は痩せこけた体を波立たせながら呻くように説明を続ける。

「この魔方陣は皮膚だけでなく体内にも刻まれている。逆流した呪いが、楔から術者へと逆流し、最後には依頼者へと戻るだろう。自らの恨みに身を焦がすのだ」


「呪術者と依頼者との間に魔力の経路パスがあるということですか?」


「術者は依頼者の恨みを増幅し、呪いを生み出す。依頼者の恨みが強いほど、呪いも強くなる。そのため、常に両者に経路パスが繋がれているのだ」


しばらくすると、呪いの逆流は止まり、オズワルト王子は穏やかな顔に戻る。


「呪いの流れに視覚を潜りこませた。やはり、黒幕は奴か……最後に苦しむ様を見ることができた。もう、思い残すことはない」

全てをやり遂げた充実感でオズワルト王子の心は満たされているようだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「最後の願いを聞いてもらえないか」

オズワルト王子はザエラへ話しかける。


ザエラが頷くとオズワルト王子は話し始めた。

「この身体は呪いに蝕まれて長くは持たない。僕は遺書を残して焼身自殺を偽装するから、証拠隠滅をお願いしたい。魔法陣の消去し、この部屋にある魔石や書物類を妹へと渡して欲しい」


「畏まりました。必ずや王女様へとお渡しいたします」

オズワルト王子が第一王女の呪縛を解くために自らを犠牲にして研究してきた日々に想いを馳せながら、ザエラは彼の願いを快諾した。


「すまないね。禁忌の呪術書があるからそれは君にあげるよ。あとは、妹のことをよろしく頼む。シュバイツ伯爵だけでは心許なくてね。軍人としてだけではなく、一人の友人として彼女を支えて欲しい」

ザエラはオズワルト王子の瞳を見つめながら静かに頷く。


「ありがとう。もう思い残すことはない。遺書は机の上だ。この身を焼き尽くせばすべてが終わる。では、後をよろしく頼む」

オズワルト王子は涙で潤んだ瞳を閉じようとしたとき、ザエラが話しかける。


「最後に一つ質問よろしいでしょうか?」

「なんでも聞いてくれ。ただし、手短に頼む」

「王子様のはどこにありますか?」

オズワルト王子は目を見開き、ザエラを改めて見つめる。両者の間に沈黙が流れた。


「ふふふ、貴様は面白いことを言う奴だ。本物を見つけたら聞いてみたらどうだ」

そう言い放つとオズワルト王子は青い炎に包まれた。

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