3.3.53 仮面の笑み
――王国歴 301年 晩春 講和締結
イストマル王国とガルミット王国の講和協定が両国の国王により締結された。昨年の春から約一年三ケ月続いた戦役はこれで終了となる。
イストマル王国はアデル王子の返還を条件に、捕虜の解放と軍の速やかな国境線外への撤退を約束した。本戦役では北部遠征軍および貴族連合討伐軍共に戦況を有利に進めたが、アデル王子の捕縛により、全てが帳消にされた格好だ。
そして、講和協定締結後の翌日、国王は御前会議を開催した。
――王国歴 301年 晩春 貴族連合討伐軍 元帥本陣
――第一王女陣営の控室
「シャーロット様、ご気分が優れないなら、本日は欠席してもよろしいのでは?」
第一王女は青ざめた顔つきで目をつぶり車椅子に深くもたれる。右側の額には大粒の脂汗が浮かび上がる。見るからに辛そうな彼女を心配してザエラは声をかけた。
「大丈夫……ではないけど、欠席はできないわ。本日の御前会議で王位選定の戦功が締め切られ、選挙に進む上位二名が発表されるはずよ。これまでの私の苦労が報われる日なの」
「畏まりました。それでは開始直前まで私の施術を行います」
彼女の背中に手を回すと、円を描くように丁寧に魔力を流しながらさすり始めた。
(しかし、戦功はアデル王子が一位なのは間違いないだろう。エルゴ中将が戦死する前に敵兵五千を倒したと聞く。また、彼の捕縛は戦功に影響しない。捕虜にされたことを恥じて、王位選定を辞退することも考えにくい……)
ザエラは第一王女の言葉を計りかねていた。
――会議室
控室で数時間待たされた後に御前会議は開催された。アデル王子は誰とも目を合わせることなく、俯き加減に椅子に座る。拘留中の疲れだろうか、目には隈が目立ち、肌はかさついている。
「元老院の手続きが長引いたため遅れたが、これより御前会議を始める。まずは、現時刻で王位選定の戦功を締め切る。この戦役に参加した王位候補者の奮闘を改めて称える。この経験を糧にして国の発展に尽力してもらいたい」
国王は会議開催を宣言し、隣に控える眼鏡を掛けた中年の男性に目くばせする。ザエラは、副大将に任命された際に第一王女に連れられて、その男性に挨拶に伺ったことを思い出した。名前は忘れたが、元老院の駐在官のはずだ。
元老院の駐在官は立ち上がると戦功の発表を始めた。
「それでは、元老院で厳密に集計した戦功を発表いたします。アデル第二王子様、二万二千八百、ハイドレンジ公爵家シュナイト公様、二万五千、ローズ公爵家レナータ公様、二万四千、オズワルト第一王子様、五千でございます。シャーロット第一王女様は……」
「ドシン」、国王が体を震わせながら拳を円卓へ叩きつけ、怒鳴りつける。
「昨日聞いた際はアデルが一位であった。一晩にしてこれほどまで大きく変わるとはどういうことだ!?」
「本日、早朝にシャーロット第一王女様より王位選定を辞退する旨、通知を受けました。王位選定を辞退する際には自身の戦功を他の候補者へ移譲することができます。王女様のご要望に従い、シュナイト公様、レナータ公様へ半分づつ戦功を割り振りました。手続きが長引いたのはそれが原因でございます」
「シャーロット、貴様……元老院にそそのかされたのか?それとも純粋に俺への復讐のためか?どちらにしろ、今ここでその身を炭にしてくれるわ」
アデル王子は喚きながら円卓の上に立ち、第一王女へ‟
エルゴ中将の後任の副大将であるリューゼ少将が、二発目を打とうとするアデル王子の腕を抑えて制止する。警備兵が彼を取り囲み、会議室は騒然となる。
「それでは説明を続けます。王位選定の最終選挙へ進まれるのは、ハイドレンジ公爵家シュナイト公様とローズ公爵家レナータ公様となります。三ケ月後の夏の終わりに選挙が行われますが、具体的な日程は決まり次第ご連絡いたします」
唸り声を上げて暴れるアデル王子を横目に、元老院の駐在官は眉毛一つ動かすことなく説明を続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
アデル王子は警備兵に連れられて退出した。髪を振り乱して暴れる様は、無残を通り越して滑稽さを醸し出していた。
彼が退出した後、国王は立ち上がり天を仰ぐ。そして、出口に向けて歩き出した瞬間、「バタリ」と倒れた。側近が駆け寄り、両脇を支えながら部屋を出て、医師と共に医務室へと向かう。すでに通路に医師が待機していたことを考えると、彼は普段から体調が悪いようだ。
シュナイト公とレナータ公女は元老院の駐在官に案内されて部屋を出る。おそらく、今後の選挙について詳細な説明が行われるのだろう。駐在官は部屋を出ると振り向き、第一王女に会釈して扉を閉めた。
「壮絶な会議でございましたね。シャーロット様の苦労は報われましたか?」
ザエラが第一王女に目を向けると、「ニタリ」と笑みを浮かべ、「あははは」と腹の奥底から湧き出るような笑い声をあげる。半面の白い仮面が笑い声に合わせて揺れる様を見ながら、彼は背筋が凍り付くのを感じた。
「私の印象が崩れたかしたら……ごめんなさいね。彼らとは貴方には明かすことのできない因縁があるのよ。私たちの復讐はこれからだわ」
そう言うと目を閉じて力なく椅子へもたれ掛かる。ザエラは、第一王女が気を失ったことを確認すると、慌てて車椅子へと移し、本陣を後にした。
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