3.3.39 西方軍ノ決戦(1)

――同日 西方軍 シュナイト・第一王女連合軍 vs ミハエラ中将


東方軍における決戦と同日早朝、シュナイト・第一王女連合軍、合計約二万八千が戦場へと進軍する。右翼と左翼が同時に進軍する様は、これまでにない圧倒感を放つ。


左翼の前には、広陵に柵を巡らした簡易的な敵軍の砦が連なる。砦の物見兵が合図を送ると、兵士達が慌ただしく配置につく。


――左翼 第一王女陣営本陣


「シャーロット様、副大将でありながら先鋒を賜り誠にありがとうございます」

「お主の強いの希望を断ることなどできぬ。存分に暴れるが良い」

ザエラはシャーロット王女へ跪き、頭を下げる。


「ザエラ様、お気を付けてください」

シャーロット王女の隣に控えるキュトラが声を掛ける。彼女には第一王女の側仕えとして本陣に待機を命じた。副官として彼と共に出陣することを望んだが、ミハエラと戦うときに命を狙われかねない。


ザエラは、ララファ・フィーナ中尉率いるアルケノイドと白エルフの混成軽装騎兵(槍兵・弓兵・魔導士)一千、レーヴェ大尉率いる白エルフの軽装騎兵(両手剣兵・弓兵)二千の合計三千を率いて、ミハエラがいる敵本陣を強襲する。また、敵陣を即座に発見するため、ベロニカが操縦する飛竜にカロルを騎乗させる。


第一王女本陣がある本隊五千の指揮は、ヒュードル大尉に委任した。本隊は点在する敵の砦を攻め落としながら進行を進める手はずだ。


シャーロット王女への謁見を済ませると、ヒュードル大尉の元へと向かう。

「本隊の指揮をよろしく頼む。急がず慎重に進軍してくれ」

「畏まりました。しかし、五千もの兵士を指揮するとは腕が鳴りますな」

大尉(五百人将)のヒュードル大尉はいつもより十倍の兵力を指揮することになる。しかし、彼からは不安どころか、喜びさえ感じられる。


《ザエラ兄さん、こちらは擬態カモフラージュで姿を消して上空に待機しています》

カロルから念話で配置完了の合図が来る。


準備は完了した。出陣の合図と共にザエラは強襲部隊を率いて突撃を開始する。


――右翼 シュナイト陣営本陣


「オルガ大尉とエキドナ大佐は本日の前衛を頼む」

アルティナ少将は二人に本日の陣容を説明した。シュナイト公が出陣するため、アルティナ少将は副大将として本陣を固めなければならない。


「ああ、任せてくれ。敵将の首を上げてやるよ」

オルガは、敵将の名前もしらないが、余裕の表情で答える。隣のエキドナ大佐は表情を変えることなく少し頷く。


「シュナイト様がご出陣されている戦いだ。オルガ大尉が率いる魔人部隊の強さを見せてほしい。さあ、まもなく出陣の合図だ。二人ともよろしく頼む」

アルティナ少将は二人の肩を叩いてその場を後にした。


――ミハエラ中将本陣


大規模な敵軍の侵攻に動揺する部下たちを前に、

「ついに敵大将が出陣したか、私には都合が良い」

と言いながらミハエラ中将は不敵な笑みを浮かべる。


何か策があるのかと尋ねる部下にミハエラ中将は答える。

「私が正面の敵本陣に忍び込み、敵軍大将を単騎で仕留めて来る」


部下たちの間にざわめきが起き、一人の部下が叫び声をあげる。

「しかし、敵の強襲部隊がこの本陣目掛けて突撃してきています。あたかも場所を正確に特定しているかのように、最短経路を選択しています。その数、約三千です」


「本陣の兵力四千よりも少ないではないか。何を心配している」


その部下は声を震わせながらミハエラ中将の問いに答える。

「巨大蜘蛛に騎乗したアルケノイドの兵士が先頭にいます。セリシア少将を倒した赤髪、赤眼の男性が指揮しているそうです。中将が不在では我々は勝てません」


「なおさら良いな。本陣の守りは薄いはずだ。私が戻るまで何としてでも耐えろ」

と部下を冷たく引き離すと、ミハエラ中将は神威‟水鏡騎士”を発動し、姿を消した。


――第一王女本陣


周囲の砦を攻略しながら第一王女本隊は着実に進軍を続ける。部隊の分散を避けるため前面に位置する砦だけ攻略し、その代わりに本陣の四方を囲むように部隊を配置し、側面と背面からの突撃に備えている。


「ザエラ中佐は敵本陣に到着された頃だろうか」

一息ついたところでヒュードル大尉は敵本陣へと突撃したザエラのことを想う。


退役を目前にしてザエラと出会い、ヒュードル大尉の人生は転機を迎えた。まずは、第一王女様へ過去の過ちを謝罪する機会を得ることができた。彼はようやく長年の重荷から解放されたのだ。


そして、固有魔法‟信義の盾シールド・オブ・フェイス”の十数年ぶりの解禁。ヒュードル大尉とその部下達の盾は純白の大盾に変化し、全方位の防御結界が展開された。純白など似合う年齢ではないが、その変わらぬ白さに彼は心奪われた。


また、大軍を率いる士官になりたいと入隊した頃に夢見た願いも、この年齢で叶うことができた。自らの指揮により五千の兵士が動く様に彼は興奮していた。


(これで心置きなく定年を迎えることができる。ザエラ中佐の活躍を間近で見れないのが心残りだが、私のような階級の低い年寄りが現場にいても迷惑なだけだろう)

ヒュードル大尉が物思いに拭けながら、前方を見ていると景色にわずかに歪みが見える。目を凝らしてみると、その歪みは兵士の間をすり抜けながら近づいている。


「重装歩兵、盾を構えて本陣を急いで囲めろ!なにか接近している」

そう叫びながら、ヒュードル大尉は‟信義の盾”を唱え、自らの横を走り抜けようとする歪みに体当たりを試みるが、素早く避けられてしまう。全身を覆う防御結界を解除し、彼は全力で後を追う。


そのすぐ先にある本陣は、密集隊形の重装歩兵による白い大盾を二段重ねた壁に囲まれている。その歪みが壁を跳躍しよう速度を落とした瞬間、ヒュードル大尉がそれを捕まえて地面に抑えた。


「王女様、今すぐ空へ避難されてください。ベロニカ、飛竜を飛ばせ」

ヒュードル大尉は大声で本陣に声を掛けると、第一王女を乗せた飛竜‟茜”がベロニカの操縦で空へと上昇を始める。


「くそ、魔力が持たない」

と声がすると歪みが消え去り、水色の鎧を全身に纏う騎士、ミハエラが現れた。


「その腕を離せ」

ミハエラは手刀でヒュードル大尉の左腕を切り飛ばし、立ち上がる。そして、‟幻影武器”により生成した槍を握りしめ、空へと舞い上がる飛竜へと投げ飛ばした。


飛竜へ突き刺さる瞬間、手綱を握りしめたままベロニカが空中に現れ、彼女の剣で槍を叩き方向を反らした。そして、飛竜は上昇を続け、姿を消した。


「残念だな、水色の鎧の騎士よ」

腕の切り口から血を流しながら、ヒュードル大尉は立ち上がる。そして本陣を守備していた重装歩兵がヒュードル大尉を取り囲む。


「全身を覆う防御結界か……手強そうだな。部下の献身に感謝するといい」

そう言い残すとミハエラは自軍へと引き返した。

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