3.3.40 西方軍ノ決戦(2)

――同日 西方軍 シュナイト・第一王女連合軍 vs ミハエラ中将

――右翼 オルガ大尉・エキドナ大佐 vs ロイ少将


エキドナ大佐とオルガ大尉の部隊は右翼敵将、ロイ少将の部隊と交戦を始めた。ロイ少将の部隊は、槍歩兵五千と軽装騎兵五千から成る。


ロイ少尉の軽装騎兵は五百規模の大隊で構成され、戦場を不規則に駆け巡りながら四方から攻撃を加え、すぐさま離脱する。


「なんだ、こいつら?すばしっこい奴らだな」

オルガ大尉は突然現れては消える敵騎兵に苛つきながらエキドナ大佐に叫ぶ。


「まるで蜂の群れのようだな。一撃は軽いので被害は軽微だが、我が部隊が混乱して分断され始めた。敵を深追いした者は伏兵の槍歩兵に襲撃されたそうだ」


「このままだと身動きとれず徐々に戦力を削られてしまうな。どう対処する?」


「こちらも大隊単位に騎兵を編成して乱戦に持ち込む。不規則に見えるが各大隊に指示を出す指揮官の部隊が存在するはずだ。私がそいつを見つけて倒す」

そう言うと、エキドナ大佐は大隊の指揮官(大尉)に伝令を送る。すぐに彼女の部隊も大隊単位に別れ、個別に行動を始める。そして、蜂の群れ同士が争うような乱戦へと戦場は様変わりした。


「オルガ、俺達は素早くないから乱戦は不利だ。戦場から離れよう」

オルガはジレンの助言に頷くと百名の部下を連れてその場から姿を消した。


――ロイ少将本陣(騎兵隊)


「ロイ少将、敵が我々騎兵隊の攻撃に喰いついてきました。敵は同程度の大隊に別れて対処していますが、指揮系統が乱れています」

ロイ少将は伝令兵の報告を受けると満足そうな表情を浮かべる。


「急ごしらえの対策で、我らの素早さに追いつけるはずがない。もうしばらく、敵軍をかき乱し時間を稼げ。無理に戦う必要はない」

伝令兵はロイ少将の命令を各大隊に伝えるべく、再び乱戦の中へと消えていく。


ロイ少将の本陣は時々移動しながら、伝令兵から報告を受け、各大隊に指示を与える。まるで、牧羊犬を扱う羊飼いのようだ。エキドナの部隊は牧羊犬に追い立てられる羊のように翻弄されていた。


しかし、とある羊の一集団が進路を変えて、ロイ少将へと接近を始めた。その集団の先頭の騎士は、馬上に立ち上がり、彼を指さす。


「銀髪の女性騎士……噂に聞く敵将のエキドナ大佐か」

ロイ少将は迫り来る敵騎兵を見つめて呟く。


「いかがいたしますか?迎撃の準備ならできております」

「もちろん、逃げるさ」

ロイ少将の本陣はエキドナ大佐の突撃を振り切るため移動を始めた。


――エキドナ大佐本陣(騎兵隊)


「もう少しで敵将に届くぞ。速度を上げろ」

エキドナ大佐は珍しく声を上げて敵本陣の部隊を追跡する。次第に距離は縮まり並走を始めた。彼女は馬上に立った姿勢で、ロイ少将へと迫る。


「やれやれ、面倒だな」

ロイ少将も馬上に立ち上がり、両手に‟幻影武器”で小刀を生成する。そして、エキドナ大佐から繰り出される二刀流の剣筋を悉く受け流し、片足で彼女の足を払おうとした。


その瞬間、エキドナ大佐は飛び上がると

「ロイ少将、その首、頂戴する」

と叫び、身体を回転させながら二本の剣をロイ少将へ斬り付ける。


ロイ少将は咄嗟に幻影魔法‟風竜の鱗盾シールド・オブ・ウィンドドラゴン”を唱える。すると、二人の間に藍色の鱗で出来た盾が現れ、エキドナ大佐の攻撃を防ぐ。そして、その鱗一枚一枚が小刀のように彼女に向けて発射される。


咄嗟にエキドナ大佐は空間を蹴り、鱗を剣で防ぎながら後方へと飛ぶと彼女の馬を引いていた副官へ受け止められる。


「空間を蹴るとは不思議な技だな。しかし、お前たちとはこれでお別れだ。生きていたらまた会おう」

と言い残すと、ロイ少尉は彼の騎兵隊と共に戦場から離れる。それに呼応するかのように他の騎兵隊も四方へと離脱を始めた。そして、残されたエキドナ大佐の部隊を取り囲むように槍歩兵が現れた。


「やられました……我々は槍歩兵に囲まれたようです」

副官は周囲を見渡し、エキドナ大佐へ報告する。槍歩兵たちは円陣を保ちながら、叫び声を上げて彼女の騎兵部隊へと突撃を始めた。


――ロイ少将本陣(騎兵隊)


「うまく槍の柵へと誘い込めました。いつもながら見事な采配です」

副官は興奮気味にロイ少将へ話しかける。


「ああ、自分の技量に自信がある敵ほど良くかかる。あとは、敵の増援に注意だな。槍歩兵が後背を攻められないように、念のため騎兵隊を南側前方に待機させておくように。私は一人で出かけて来る。何か状況が変われば知らせてくれ」


「畏まりました。いつもの場所ですね」

ロイ少将は副官の言葉に頷くとその場を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇


「例年は葡萄の樹から芽吹いた新芽で新緑の葡萄畑が続くが、今年は寂しいものだな……空の青さは変わらないのに、馬鹿な反乱軍どもだ」

見晴らしの良い広陵にロイ少将は移動し、青い空と軍馬により踏みつけられた茶色い地面が広がる風景をぼんやりと見つめながら呟いた。


「ここは見晴らしがいいな。お前のお気に入りか?」

「ああ、夕焼けも綺麗だし、日の出も最高だぞ……何者だ?」

ロイ少将は景色を見つめたまま、声がした方向に意識を向ける。


「あたしはイストマル王国、オルガ・アルビオン。階級は大尉だ」

オルガが名乗りを上げる。その隣にはジレンがいる。


「俺はガルミット王国、ロイ・フォン・ロレーヌ。階級は少将だ。二騎で敵陣の奥深くに現れるとは……道に迷うとは不運だな。このまま去るなら、見逃してやろう」


「おい、ジレン、あいつは少将だとよ。お前の言うように、見晴らしのよい場所で待ち伏せして正解だったな」

オルガは嬉しそうにジレンに話しかける。


「そ、そうだな……突撃するだけが戦いではない。待つことも大切だ」

(単騎で突撃を主張するオルガを止めるための狂言がまさか当たるとは)

ジレンは複雑な気持ちを抱きながら答えた。なお、キリルとイゴール、巨碧人オルムス部隊は別の任務のため分かれて行動している。


「この景色を見ながら戦うのも悪くない。二人同時に相手をしても構わないぞ」

「あたしと決闘して欲しい。ジレンは見届け人だ」

「そうか、お前の国は男も女も戦闘狂いばかりだな」

ロイ少将は呆れたようにオルガに言い放つ。


(いや、こいつだけだから)

と言いたいのをジレンは必死に我慢した。

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