3.3.6 密会(シャーロット)

――王国歴 301年 晩冬 貴族連合討伐軍 第一王女陣営


面会の夜、ザエラは第一王女から招待を受け、第一王女の私室に訪れた。部屋には第一王女の他にヤヌーク中尉と数名の侍女しかいない。


「昼間の飛竜は興奮したわ、あんな巨大な生き物が空を飛ぶなんて不思議ね」

「シャーロット様が椅子から落ちてしまわないか内心はらはらしていました」

ヤヌーク中尉と第一王女は興奮気味に昼間の出来事を話している。


面会の後、第一王女の強い希望で森に潜ませている一体の飛竜を天幕の近くに呼び寄せた。全身が白色で大人しく、“擬態カモフラージュ”が使える個体だ。ベロニカは吹雪フブキと呼んでいる。彼女は突然目の前に現れた飛竜に興奮し、椅子から身を乗り出して白い鱗と撫でていた。


お喋りが一段落すると第一王女はあらためてまじまじとザエラを見つめる。

「燃えるような赤い髪と瞳か……キュトラが惚れたのも頷ける良い男ね。突然病気が回復して私の元に戻るやいなや、貴方に会うように何度も言われて困ったわ」


「私はシャーロット様もアルビオン様に診ていただくことを提案しただけです。もちろん、それだけではありませんが……」

彼女は顔を真赤にして俯く。


ザエラは二人の仲睦まじい様子を見ながら、

「王女様とヤヌーク中尉はどのようなご関係なのですか?」

と質問した。


「シャーロットとキュトラで良いわよ。貴方もザエラと呼ばしてもらうわ。病気の症状がひどくなる前は、キュトラは私の側仕えをしていたのよ。キュトラから貴方の話を聞いて、私も診てもらいたくて呼んだのだけどいいかしら?」


「それは構いませんが、その前に我が騎士団のヒュードル大尉がシャーロット様にお目通りしたいと要望が受けております。お断りいただいても構いませんが、いかがいたしましょうか?」

ザエラの話を受けて、第一王女は少し思案する。


「それならば、先に契約を済ませておきましょう。隊員の融通については、私の親衛隊から二百名を提供するわ。でも、軽から中程度の魔力循環不全に苦しんでいる兵士ばかりなの。叔父上から全権を移譲されているとヨセフ少将が譲らなくて、私は所詮お飾りだから……私の面子を最低限立てた結果ね。提供期間はこの戦役が終わるまで。その間に隊員を退役させたり、他の騎士団へ異動させることは禁じるわ。それでも良いかしら?」


「ご配慮いただきありがとうございます。今から施術すれば春の開戦までに間に合いますので問題ありません。提供期間が短いのは残念ではございますが、仕方ありませんね」


「みんな優秀な子たちだから回復すれば戦力になるわ。戦役後の提供については、叔父上と直接相談してみるわね。では、守秘義務も含めて契約を行いましょう」

第一王女が目くばせするとキュトラ中尉が契約書を机の上に置く。


ザエラは契約書の記載を確認すると署名を行う。契約書には魔法陣が刻まれており、最後にお互いの血をその魔法陣に注いで契約を完了させる。


キュトラ中尉はもう一枚の契約書を取り出すとザエラに手渡す。


「シャーロット様、こちらの契約書はなんでございますか?守秘義務は先ほどの契約書に含まれておりましたが」

ザエラは手渡された契約書を見ながら第一王女に問いかける。


「それは、この部屋で起きた出来事すべてを私とキュトラと貴方の三名以外に話してはならないという特殊な契約だわ。自室だとつい愚痴や弱音がでるし、私の病気の症状を貴方に知られるので、三人の秘密にしたいのよ」


ザエラは第一王女の意図を理解して即座に了解する。追加の契約書は三名で署名し同様の手続きで完了した。


「では、ヒュードル大尉を呼んでいいわよ」

第一王女の了承を得ると、ザエラは外に控えていたヒュードル大尉を呼びに行く。


◇ ◇ ◇ ◇


「私は今から十数年前に王女様のお屋敷警護を担当していました。お屋敷が何者かに襲撃され、王女様が呪いを受けた日の当直でございました」

第一王女から発言を許されたヒュードル大尉は唐突に昔話を始めた。


「私は中尉に昇進したばかりでしたが、固有魔法に目覚め、部隊内では名が知られた存在でした。王室関係者の警護担当は禁軍から選らばれておりましたが、不思議なことに王女様については平民の士官から選抜されました。一名の大尉と四名の中尉が選ばれ、その中に私も含まれていました。私は飛び上がるほど喜んだのを覚えています。王女様の警護に選ばれただけでなく、平民兵士が尊敬し憧れていた大尉と仕事ができるからです。彼は将来を嘱望され、少将への昇進を確実視されていました」


「ふむ、当時の警備担当と出会うとは縁を感じるな。話を続けよ」

第一王女は興味深そうにヒュードル大尉の話に聞き入る。


「屋敷の警備は暇なものでした。前線から王都への異動で気が緩み、次第に緊張感がなくなり、夜警の前に酒を嗜むようになりました。その日も夜警の前に夕食と共に酒を飲みました。騒がしい声が聞こえ、目を覚ますと既に辺りは明るく、日が昇り始めていました。寝過ごしたことに気づき、慌てて屋敷に行くと、大尉が縄に繋がれ現場検証の最中でした。彼は私を見つけると諦めたように苦笑して手を振りなが連行されていきました。その後、襲撃者は私の守備地点から侵入したことを聞かされました。私は職務怠慢の罪に問われるのが怖く、自首できないでいました。いつ連行されるのかと怯える日々を過ごしていると、大尉が職務怠慢の全責任を認め、牢獄で自死したことを知りました。私は大きな安堵と同時に罪の意識に苛まれました」


(私を援護に駆け付けてくれた時、『過去の贖罪』と話していたがこのことか。しかし、平民の士官から警備担当を選んだり、酒を飲んで意識を失わせるなど、王族内部による謀略の疑いが高いな)

ザエラはヒュードル大尉の話から華やかな王族の裏に潜む闇を感じていた。


「王女様の十数年に渡る苦しみは私の過ちによるものです。どうぞ罰をお与えください」

ヒュードル大尉は涙を流しながら頭を下げる。


「ふう、わらわの近くまで参れ」

第一王女は大きく息を付き、ヒュードル大尉に命じる。


「なぜ、勤務前に酒など飲んだこの愚か者め」、「大尉にすべての罪を被せるとは不届き者め」、「わらわのこれまでの苦しみを想い知れ」、第一王女は声を出して叱りながら辛うじて動く右手でヒュードル大尉の頬を叩き続ける。ペチッ、ペチ、彼女の力では、ヒュードル大尉の両頬に流れる涙を撫でることしかできない。


「其方の罪はすべて私が罰した。今後は前だけを見て職務に励め」

第一王女は息を切らせながら喋る。


「畏まりました。ありがとうございます」

ヒュードル大尉は頭を下げて退室した。


「彼も被害者の一人ね。これで立ち直れるといいけど」、第一王女は溜息をついた。


◇ ◇ ◇ ◇


「ザエラ様、シャーロット様の用意が整いました」

キュトラ中尉から声を掛けられると、ベットにうつ伏せにされた第一王女に近づく。


第一王女の背中には発光した魔術紋様が浮かび上がる。血族魔法が常時発動しているようだ。頭から首筋へと次第に両手を下に移動させながら、魔力を流し、体の内部の状態を探る。診察が終わると、第一王女を仰向けにする。


「宮廷医師や上級魔導士がお手上げの私の身体、ザエラの見立てはどう?」


「左頬から左足へと打ち込まれた楔から流れ込む呪いにより体が腐食されています。これは私では解呪することはできません。高級もしくは帝級の呪術のようです。しかし、呪いは常に流れ込んでいますが、全身に回らない理由が分かりました。シャーロット様の血族魔法が常時発動し、呪いを押し戻しているようです」


「なるほど、宮廷医師が生きていることが奇跡と申していたが、それが理由ね」


「はい、血族魔法を強化すれば症状が改善できるはずです。お許しいただけるなら、外部からの魔力供給による魔術回路の活性化を試してみます」


「もちろん、今からお願いしたいわ」


再び彼女をうつ伏せにする。両手から魔力を流し込むことで魔力回路を刺激しながら魔力臓器から背中へと両手を移動させ、背中に広がる魔力回路に魔力が巡るように弧を描きながら手を動かす。魔力回路は背中の奥まで幾層にも広がり、魔力を調整しながら最下層まで魔力を巡らせる。


(これだけ魔力回路の層が深ければ、血族魔法の能力は高いはずだが。それなのに、体半分しか保てないということは、呪いが強力なんだろうな)

最下層へと魔力を流し込みながらザエラは考えていた。


「ありがとうございました。シャーロット様はお眠りになられたようです」

キュトラ中尉の声でザエラは我に返ると、第一王女は寝息を立てていた。


侍女達が第一王女をゆっくりと仰向けにし退出する。


キュトラ中尉は王女の寝顔を見ながら、

「こんなにぐっすりと眠られるシャーロット様を見たのは久しぶりです。呪いで腐食された箇所がうずくそうで、普段は眉間に皺を寄せて辛そうにされています」

と言い、シーツを丁寧に整える。


ザエラは挨拶をして部屋から出ようとすると、

「ザエラ様、同じ施術を私にもお願いできないでしょうか?」

とキュトラ中尉がザエラの腕を引き留めて懇願する。


ザエラの施術は夜遅くまで続いた。

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