3.3.7 面会 (シュナイト)

――王国歴 301年 晩冬 貴族連合討伐軍 ハイドレンジ公爵家陣営


翌日、第一王女と同じ西方軍に配属されたハイドレンジ公爵家の陣営を訪れた。


ハイドレンジ公爵家シュナイト公はザエラたちを歓迎してくれた。

「君が噂のアルビオン中佐か。僕がシュナイト・フォン・ハイドレンジだ。君とはぜひ話がしたくてね。シュバイツ騎士団に先を越されて悔しいが、こうして会うことが出来てとても嬉しいよ」


「そのようなお言葉をいただき、大変ありがたく存じます。ハイドレンジ様の内政に関する造形の深さは我々のような平民に広く知られております。このような拝見の機会をお与えいただき、我ら一同、感謝の念に堪えません」


シュナイト公は男性候補者の中では最年少の二十歳だが、王立の高等学院で内政を専攻し、博士号を取得している。誰とでも分け隔てなく議論をする姿勢は、学院内から好意的に受け取られていたと報告書に書かれていた。気さくな喋り方からもそれが伺える。


シュナイト公はザエラの後ろに目を遣ると、

「騎士団の大半が魔人と聞いたが、君の後ろに控えている士官で魔人はいるのか?」

とザエラに質問する。


「私の義兄妹以外はすべて魔人でございます。ブルーバーグ大佐はアルシュビラ、ララファ中尉とフィーナ中尉がアルケノイド、ジレン中尉は鬼人でございます。中尉三名は苗字がないため、名前での紹介でございます。なお、この外に、黒エルフ、神巨人タイタン巨碧人オルムスが所属しております」


ザエラに紹介された者は深々とお辞儀をする。なお、第一王女陣営に付くカロルとヒュードル大尉、ローズ家陣営と取引するシルバ中尉は同席していない。


「これは美しい」、サーシャを見ながらシュナイト公は思わずつぶやく。右隣に座る大柄な女性の将官がシュナイト公の言葉を聞くと眉をひそめた。


シュナイト公はごまかす様に咳ばらいをすると、

「珍しい種族ばかりだね。王国の人口のおよそ三割は魔人や亜人だ。戸籍を持たない者を含めるとさらに増えるだろう。しかし、納税額は一割に満たない。彼らによる犯罪も多発している。内政の安定と拡大には彼らへの対処が鍵だと考えている。しかし、有効な対策が取られていないのが実情だ。特に魔人は未知な部分が多く苦慮している。彼らの扱いになれている君から意見が聞きたいな」

と魔人に対する政治的な意見をザエラに求めていた。


(彼の論文主題テーマは『魔人自治区の行政区画プロヴィンス移行による王国統治の強化』だ。魔人に興味があるという予測は正しいようだな。ここまでは想定通りだ)

ザエラはしばらく間を開けてから話を始める。


「私は北西の外れにある自治区の出身で母親はアルケノイドです。私は魔人の母から生まれた人族でございます」

ザエラの出自を聞くと、周りに鎮座する将官達がざわつき始める。一般的には母親が魔人など忌み嫌われることでしかないのだ。


「うるさい、彼は僕と話をしているんだ。さあ、話を続けて」

シュナイト公が一括すると再び静まり返る。


「ここに控えている二人は近くの森で保護された孤児で母が引き取りました。そのため血の繋がりはございません。しかし、母と街の住人は私たちに優しく接してくれました。また、人族であるギルド長に勉学と魔法を学びました。そのような環境で成長した私には、種族による外見や能力の違いはありますが、本質は同じと感じております」


左隣に座る目が細く細身な男性の将官が突然立ち上がると、

「我々が魔人と本質が同じなどと馬鹿者なことを申すな。支配者である人族と従属する魔人には大きな隔たりがあるのだ。魔人への無知な共感シンパシーは不幸を招くぞ」

と怒鳴り上げる。細身の体が小刻みに震え、今にも暴れ出しそうだ。


「ふう、ここでは会話ができないな。また、場所を改めて話をさせて欲しい。私は魔人に興味があるが、実際に接するのは始めてだ。魔人部隊を僕の陣営に提供してもらないだろうか?」

シュナイト公はこの話を続けるのは難しいと判断し話題を変える。


「畏まりました。私の義妹のオルガ大尉とジレン中尉率いる突撃騎兵か、ララファ中尉とフィーナ中尉が率いる軽装騎兵のどちらかであればご提供できます。突撃騎兵は神巨人タイタン巨碧人オルムス、軽装騎兵はアルケノイドです」


「女性の魔人はだめよ」

右隣の将官が彼に釘を刺す。シュナイト公は聞こえていない振りをして平静を保つ。


(彼女が婚約者のロックフェラー将爵家の長女だな。結婚前から変な虫が付かないように警戒しているのだろう。彼は平静を保っているが心中穏やかではないはずだ)

ザエラは周りから口出しされ自由に振る舞えないシュナイト公を哀れに感じた。


ちなみにハイドレンジ公爵家は、炎の血族魔法を宿す王族と土の血族魔法を宿す将爵家の婚姻により土と炎を宿す血族魔法に目覚めた王族の分家だ。そのため、土の血族魔法に優れたロックフェラー将爵家と懇意にし、頻繁に婚姻が行われている。なお、今回の王位選定においてもロックフェラー騎士団が筆頭騎士団として選ばれている。


「突撃騎兵の提供を頼む。神巨人タイタン巨碧人オルムスの活躍を期待している。陣の配置についてはアルティナ少将の指示に従ってくれ」

シュナイト公は疲れたように言い放ち面会は終了した。


◇ ◇ ◇ ◇


面会終了後にオルガとジレンはアルティナ少将から陣営の説明を受ける。

「アルティナ・フォン・ロックフェラーだ。本陣営の副大将を務めている。以後、よろしく頼む。隣はノベルト騎士団のエキドナ大佐だ。エンブリオ騎士団のドウェイン少将とライトメル騎士団のガイウス大佐は欠席している。なお、本戦場では同姓が多いため、名前で呼ぶことが特例で認められている。私のことも気にせずに名前で呼んでくれ」


二人も名乗り握手を交わす。若そうに見えるが、大柄で体格が良く、落ち着いた雰囲気から威厳さえ感じさせる女性だ。エキドナ大佐は銀髪で褐色の肌をした女性で、幾度となく修羅場を経験したことを感じさせる、鋭い目つきをしている。


「まず、本陣営を代表して、先ほどのドウェイン少将の発言について謝罪させて欲しい。平等を掲げる我が軍部の理念に逸脱する恥ずべき態度だ。貴方たちの部隊は私と彼女の右翼部隊に所属してもらう。彼が率いる左翼部隊とは接触を避けた方がよいだろう」


「あたしは全然気にしていない。久しぶりの戦場なので、敵と斬り合うのが待ち遠しくてたまらないだけだ。早速、強そうな奴と模擬戦がしたいな」

オルガは階級を気にせずにいつもと同じ言葉遣いで喋る。


「ふふ、面白い奴だな。二刀流・剣極の職業を持つ彼女に相手をしてもらうといい。剣の達人から稽古を受けるまたとない機会だ」

とアルティナ少将は隣のエキドナ大佐を見ながら話す。エキドナ大佐はふっと頬を緩めたが、口を開くことなくすぐに無表情に戻る。


「会話に割り込んですまないが、陣容と戦況を教えてもらえないだろうか?」

シルバの問いかけにアルティナ少将は応じてくれた。


左翼はドウェイン少将(五千)とガイウス大佐(五千)、右翼は彼女(一万)とエキドナ大佐(五千)で組織された合計二万五千の陣容であること。左翼と右翼の連携は悪いが、王位戦功のために選抜された精鋭兵であり、ハフトブルク辺境伯家との戦いは常に優勢に進んだこと。しかし、停戦時の戦功では、先頭を行くアデル王子の半分程度しかないこと。アルティナ少将は淡々と説明する。


「ということは、第二王子の圧勝で決まりということか?」


「その可能性は高い。しかし、先日、敵の王国直轄軍 約八万が到着した。詳細は不明だが、おそらく王族を大将とする敵国屈指の精鋭部隊のはずだ。彼らがどの候補者の陣営に相対するかで波乱が起きることは十分に考えられる」

敵の増援部隊は中央に配置されるとアルティナ少将は想定しているようだ。


その後、野営地の設置場所と今後の予定を聞き、二人は退席した。


《なあ、ジレン。エキドナ大佐の銀髪の隙間から白い角が見えなかったか?》


《ああ、気付かない振りをしていたが、額の髪の生え際辺りに一本生えていたな》


《職業持ちだから亜人なのかな?どちらにしても模擬戦の相手をして欲しいな》


二人は念話で雑談をしながら野営地の設置場所を目指して歩き始めた

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