3.2.10 匂い
――王国歴 300年 晩夏 ザルトビア街道
「以上がご報告となります」
ザエラはブルード少将と彼の部隊の遺体を発見した後、所属不明の部隊が操る
「そちらの捕虜たちは?」
ヒュードル大尉は一人の男性と二体の魔人に目を遣りながらザエラに質問する。
「彼は魔獣を操作していた魔獣調教師の一人です。彼女たちは彼らに操られていた魔人です。暗示を解くことで解放いたしました。ところで、ヒュードル大尉はどうしてこちらに?」
「貴殿の部隊を半日程距離を取り追跡していた。突然、遠くに投網のような魔方陣が出現して、貴殿の部隊に何か異常が起きたのかと駆けつけたのだ。しかし、既に撃退済みとは、
レイデン少将から呼び出されたヒュードル大尉は彼の部隊の追跡を命じられた。見つからないように念を押されたため、慎重に距離を保ちながら進軍したそうだ。また、彼の部隊は前方を重点的に偵察していたため、ビュードル大尉の存在に気づいておらず、突然現れた騎兵部隊を敵と勘違いした。
「ブルード少将のご遺体はこちらの部隊から貴殿の報告書と共に要塞まで先に送り届けよう。そちらの捕虜も引き取ることは可能だがどうする?」
「魔獣調教師はお引き取りをお願いします。二人の魔人は怪我をしており看病が必要ですので、我々の部隊にて預かります」
「了解した。しかし、華々しい戦功を積み重ね、中将間近と言われたブルード少将がこのような無残な
ヒュードル大尉は感慨深げにつぶやく。彼の目には少し嬉しそうな様子にさえ見る。出世コースから外れた男が溜飲を下げているのだろうか。彼の若さでは伺い知れない心情だ。
「ところで、レイデン少将から何か言い付けはございますか?」
「そうであった。貴殿がヒュミリッツ峠まで健在の場合はこれに合流し、西部のハフトブルク辺境伯領へと抜ける街道の調査を命じられた。元々、ブルード少将の偵察隊の任務に含まれていた事案とのことだ」
ヒュミリッツ峠の街道を抜けると、ハフトブルク辺境伯領イシュトバーン城に対峙する貴族連合討伐軍の側背に出る。この街道は狭くて大軍は侵攻できないが、奇襲を懸念して敵軍の様子を調べたいのだろう。
「なお、合流後の指揮権は貴殿に委ねられる。しかし、同時に貴殿の命令に対する拒否権が私に与えられるそうだ。こちらが命令書だ」
ヒュードル大尉はザエラに命令書を手渡す。旅団長直筆の命令書を読むと確かにそのように記載されていた。
(あの変態エロ爺、同じ階級の年配の部下をうまく操れるか試しているな)
ザエラは忌々しそうにレイデン少将に毒づいた。
ザエラは命令書を閉じると、ヒュードル大尉に向かい合い話しかける。
「旅団長ご指示の通り、本案件については私が指揮を取る。しかし、何か意見があれば遠慮なく意見して欲しい」
「早速だが、貴殿は前回の戦いといい、リスクを無視し戦功を求める傾向がある。我々は貴殿の部下たちのような
ヒュードル大尉は表情を変えることなく彼をまっすぐ見つめる。
「戦功を得る機会があれば貪欲に取りにいくのが私の信条だ。貴方も平民ならわかるだろう。待つだけでは何も変わらない。すべてを他の責任にして言い訳だけ達者な白髪の初老になりたくないからな」
ザエラは目を逸らすことなく嫌味を込めて言い返す。
同席するマルコイ中尉が仲裁に入るまで二人は無表情のまま睨み会いを続けていた。
――王国歴 300年 晩夏 ザルトビア要塞
「あの二人に調査を任せてよいのですか?」
「どうした、何か心配事でもあるのか?」
レイデン少将は副官の問いかけが理解できず理由を聞き返す。
「アルビオン大尉はヒュードル大尉の元部下です。アルビオン大尉の指示を受けるヒュードル大尉の心情は複雑でしょう。また、入隊して一年の若者と退役まで残り一年の初老という、考え方も価値観も異なる二人が到底うまくいくとは思えません」
「定年を延長せずに退役する意志は変わらずか。二人はいい組み合わせじゃと思うぞ。ヒュードルの豊富な経験と防御に定評のある部隊指揮、赤髪の小僧の奇抜な戦術と破壊力、こいつらが合わせれば怖いものなしじゃ。あと、ヒュードルの若い頃は赤毛の小僧みたいだったぞ。それに……」
「それに?」
「それに二人は土の匂いがするんじゃよ」
レイデン少将は副官の笑い声を聞きながら、ザエラからの報告書を思い出した。
(貼り付けにされたブルード少将と赤髪の小僧への襲撃……そして北方遠征軍のザルトビア街道への進軍の遅さ。司令部は兵糧計算のミスによる再手配を理由としているが……こちらは随分ときな臭くいな)
レイデン少将は握りしめた両手に頭を乗せて考え始めた。
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