3.2.11 決裂
――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近
ヒュミリッツ峠の街道へ偵察に出ていたララファとフィーナから念話が入る。
《こちらフィーナ隊、街道を西へ向かう敵軍を補足。軍旗は“雷と騎士”です》
《ララファ隊も補足しました。軍旗は‟
《そのまま追尾し規模と兵種を確認後に速やかに帰還。深追いはするなよ》
フィーナに先を越されたララファがむきにならないように釘をさす。
《了解》
二人は同時に答えると念話が切れる。
◇ ◇ ◇ ◇
ザエラおよびヒュードル大尉の合同部隊、約六百名はヒュミリッツ峠の手前でザルトビア街道を西に外れ、山林に分け入り谷間の岩場に野営地を設けた。近くに流れる川の水量は少ないが、春になれば雪解け水が濁流となり岩肌を流れるのだろう。川を挟むように両部隊は分かれ天幕を設営した。
この王国では亜人と魔人に人権は認められている。しかし、成功して財を成した者は少数であり、多くが貧困層に属する。そのため犯罪へ手を染める者も多く、支配階級である人族による彼らへの不信感は根強い。完全実力主義を謳う軍部でさえ差別は残る。しかも、合同部隊には罪を犯した魔人が含まれている。ヒュードル大尉の部下は恐怖すら感じているに違いない。
――合同部隊の軍司令部
「我が隊の斥候より報告がございました。街道を西へ向かう敵兵を確認。軍勢の規模は約二万五千、騎兵一万、槍兵五千、歩兵一万。街道を六ケルクにおよぶ隊列で進軍しております」
ヒュードル大尉および五名の中尉とザエラおよび各小隊長(サーシャ、オルガ、カロル、ジレン)がテーブルを挟んで対峙する中、サーシャがララファ、フィーナの調査結果を伝える。
「元帥閣下(国王)の側背を奇襲するには十分な戦力ですな。所属は分かりますか?王国直轄軍か北部のエディンバラ公爵家の軍隊かと思いますが」
「国王直轄軍とグロスター伯爵軍です。軍旗と鎧の紋章から判断しました」
「国王直轄軍は想定通りだが、グロスター伯爵軍が参加しているとは信じられない。五大貴族の軍隊はおよそ各十万、先の損害を考慮すると、七万程度しか残らないではないか。さらに援軍を提供して我ら北部遠征軍とどのように戦うというのだ」
ヒュードル大尉は思わず叫び声を上げる。全員の視線が彼に集まる。
「取り乱してすまない。城塞都市アリアネッサで籠城するなら不可能ではないな」
ヒュードル大尉は咳払いをしながら声を抑えて話を続けた。
「グロスター伯爵軍は隊列の最後尾にのみ存在しております。兵数は限られていますが、私も疑問に感じております。攻撃を受けている五大貴族が援軍を差し向けるなど聞いたことがございません。早速、パーピーにて
「これで我々の指令は完了ですな。迅速に偵察を行う貴殿の手腕は見事なものだ。先日は失礼な発言をしたことをお詫びする。では、会議をお開きにしましょう」
ザエラが既に報告書を提出したことを知るやいなや、立ち上がり去ろうとするヒュードル大尉を制し、彼は話を続ける。
「ここからが本番でございます。斥候が敵の隊列の中に補給部隊を見つました。この補給部隊に奇襲を掛けて物資を燃やします。そうすれば、元帥閣下の側背を突く不届きものを退却させることがございます」
「な、何を無茶なことをいうのだ、六百名に満たない中隊に何ができる。貴殿の正気を疑われますぞ」
ヒュードル大尉の顔が一気に紅潮し、怒鳴り声を上げる。
「補給部隊は分散配置されておりますが、隊列の最後尾にグロスター伯爵軍の大規模な補給部隊を発見しました。それであれば今の戦力でも十分に対処できます。いかがでしょうか?」
「馬鹿な、これだから素人は……グロスター伯爵軍の囮に決まっているだろうが。攻撃を始めた途端に敵兵に囲まれて包囲殲滅されるのが目に見えている。軍事学校で習わなかったか?」
(軍事学校で教育は受けていないが、別の方向に話が進みそうだから流すか)
ザエラは質問には答えずに話を進めた。
「元帥閣下の憂いを除くのは臣下としての勤めではないでしょうか?作戦へのご参加をお願いできませんか?」
「問題をすり変えるのは止めて頂きたい。敵の罠にはまり元帥閣下の部隊を失うのが臣下としての務めではない。私は拒否権を発動する」
「それでは今夜、我が部隊にて最後尾の補給部隊への奇襲を決行します」
「我々は即時撤収させていただく。貴殿を疎ましいと感じながらも、その手腕を認めていたのも事実なのだ。大変残念でならない。なにとぞ無事ご帰還されることをお祈りいたします」
ヒュードル大尉とその部下たちは席を立ち、挨拶をして天幕を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「あのおっさんが言うことが正しいと思うぜ。本当に決行するのか?」
オルガが珍しく真面目なことを言う。サーシャたちも彼女の言葉に頷いている。
「ヒュードル大尉の戦力は元から期待していない。我々が敵の最後尾の補給部隊を今夜攻撃することを彼の部隊に明確に伝える必要があっただけさ」
「なるほど、そういうことだな」
オルガは元気よく答えたが、さっぱり訳が分からなかった。
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