3.2.3 特別任務
――王国歴 300年 晩夏 ザルトビア要塞の城壁
東の空がうっすらと明るくなり日の出が始まる。太陽が昇り始めると溢れだした幾筋もの光が雲海に乱反射し山を赤く染める。
オルガは要塞の城壁の上でストレッチをしながら日の出の様子を見つめている。彼女の最近の密かな楽しみだ。朝日を浴びながら目を閉じると、太陽の光に全身が包まれるのを感じる。まるで、太陽を独り占めしているような贅沢な気分に浸れるのだ。
「あ、ガリウスじゃないか。お前も朝日を見に来たのか?」
オルガは少し離れたところに佇む中年の男に気づいて声を掛ける。
「お久しぶりです。オルガ様、今は"黒猫"とお呼びください」
ガリウスは跪いてオルガに挨拶する。無精髭、逞しい腕、引き締まった体、無駄のない所作、初めて彼女と出会った頃のままだ。
「相変わらずいい体しているね、私の最初を奪っただけはあるな」
ガリウスは六年前に当時のハフトブルク辺境伯の当主代行に雇われて、彼女を暗殺しようとした"影"の首領だ。オルガの背中にある魔術紋様を確認するため、模擬試合で彼女を悶絶させた過去を持つ。彼女が覚えている限りでは初めて負けた相手だ。
「当時の貴方はまだ子供でした……が、今でも私が勝ちますがね」
「聞きづてならないね。久しぶりに手合わせをしようぜ」
城壁で拳を交える二人を太陽が照らし、長い影を作る。
――同日 ザルトビア要塞 イストマル王国野営地
訓練場ではララファ、フィーナを先頭にアルケノイド達が掛け声に合わせて腕立て伏せの最中だ。彼女たちの顔は紅潮し、大粒の汗が頬を伝い地面へと落ちるが、すぐに蒸発して跡形もなく消える。そして、頭上に渦状に並んだ魔法陣が両腕を屈伸させるごとに一つ増え、次第に頭を覆い隠していく。
「きゅうじゅうなな、きゅーじゅうはーち、きゅうじゅーうきゅう、ひゃーく」
「そのまま、魔法陣を維持して……よし、終了」
彼女たちの頭上の魔方陣は消え、息を弾ませながら仰向けになる。これは腕立て伏せをしながら魔法陣を多重詠唱して保持させる、筋力と魔力制御を鍛える訓練だ。前線で剣を交えながら魔法を行使することを想定して、幼い頃から続けている。
「私の魔方陣の方が大きかったわ」
フィーナは仰向けのまま自慢げにララファに話す。
「そんなことないわよ!私のほうが大きくて模様が複雑だったわよ」
ララファは背中を上げてむきになり言い返す。
訓練の様子を見ていたザエラは彼女達の成長に目を見張った。ララファとフィーナだけでなく、全員が以前よりも大きくて複雑な魔法陣を制御できている。
(この戦闘で明らかに成長したな……敵兵を倒して女神の
魔人は
「ザエラ、レイデン少将から早馬が来たわ。緊急の呼び出しよ」
物思いにふけるザエラにサーシャが声を掛けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「アルビオン大尉、特別任務の指令だ」
第十三旅団長、レイデン少将はザエラを前に話し始める。
「戦功登録の後、第七旅団長 ブルード少将が騎兵五千を率いて城塞都市アリアネッサの偵察に向かったのは知っておるの?」
「はい、存じております。ザルトビア街道の道幅は狭く伏兵や罠が考えられるため、前戦の損害も少なく俊足で名高い騎兵部隊を持つ第七旅団が選ばれたと伺いました」
「そうじゃ、しかし、数日前から定期報告が途絶えてしまってな」
「彼らが送り出す伝令兵が伏兵に殺されているということでしょうか?」
「伝書鳩も来なくなったので、より深刻な状態だと考えておる。そこで、貴公の特殊魔導独立中隊に調査命令が下りたわけじゃ。ザルトビア街道を北に進み、ブルード少将の偵察隊に何が起きているのか調べてくれ」
「了解しました。それでは、隊員の選抜と準備が終わり次第、出立いたします」
「隊員が増えず、名ばかりの中隊ですまんな。しかし、編入希望も届いているので、貴公が戻るころまでには増員できるはずじゃ」
レイデン少将の気づかいに感謝を述べてザエラは退出した。
ザエラは要塞攻略の戦功が認められて大尉(五百人将)へと昇進した。部隊名も小隊から中隊に変わりはしたが、魔人からなる特殊部隊の特性のためか、隊員数は同じままだ。むしろ、傷痍軍人が退役したので減少している。
◇ ◇ ◇ ◇
「少将閣下、北部遠征軍本部から直々に彼が指名されるとは驚きですな」
隣に同席していた副官は彼が退出したのを確かめて話しかける。
「うむ、実はブルード少将も指名されたらしい。本人は喜んでおったようじゃが」
レイデン少将は無言になり考え込む。
「少将閣下、ヒュードル中隊長が参上しました」
「そうか、通してくれ」
レイデン少将は我に返ると、コップの水を飲み、姿勢を正した。
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