3.1.7 要塞戦 膠着

――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞前


野営地設営の翌日から開戦の雄叫びと共に両軍の激突が始まった。イストマル王国の先行三旅団は速やかに要塞を制圧し、本陣をザルトビア街道へ進軍させることが求められている。冬が始まる前にザルトビア街道の主要都市である城塞都市アリアネッサを制圧しなければ、兵士たちは雪が積もる野営地で冬を過ごさなければならない。温暖な南国出身の兵士の体力と気力を考えると戦線の維持は難しいからだ。


そのため、先行三旅団の第五および第七旅団は全軍で出撃し、短期決戦を狙う。西側に陣取るグロスター伯爵家の軍隊を壊滅させれば、内地へと敗走兵を逃がすため要塞の扉は開かれる。その混乱に乗じて攻め入り内側から制圧する……旅団長達の目論見だ。なお、ザエラが所属する第十三旅団は要塞からの敵軍の出撃もしくは要塞への攻撃に備え、予備兵として要塞近くに陣を展開していた。両軍の激突はすさまじく、最も要塞に近いザエラの配置場所からでも彼らの様子を見ることができた。


マルコイ中尉とザエラは遠くの主戦場を見ながら話をしている。

「開戦してから約二週間ですが、戦線は中央のままで変わりませんね」


「第七師団の知り合いによると、後退する敵を追撃したら、西側の山に配置した魔導砲の集中砲火を受けて自軍が壊滅したみたいでね。それ以降、深入りを避けるようになり、戦線が膠着しているそうだ」


「相手は冬まで我々を押し留めておけばよいので、このまま時間を稼ぐのが堅実な策ですが……敵将はグロスター伯爵家の次男で血の気の多い若者と聞いています。大胆な策を仕掛けてくるかもしれません」


「ああ、大きな戦功を挙げれば、領地を戦火から守った英雄として伯爵家の後継者の地位が確実になるからな。グロスター伯爵家の近衛兵である雷槌隊が数百名、この戦争のために派遣されているくらいなので、父親である現領主もかなり期待をしているんだろう。あの、金色に輝く甲冑を見に付けた兵士達だ」

マルコイ中尉の指さす場所に目を向けると、戦線の後方で控えるきらびやかな部隊が見える。


「我々はどうするんでしょうね?」


「さあね……、各旅団長である少将が対策を協議してるがまとまらなくて、本陣からの指示待ちらしい。先行部隊は新興騎士団を登用して功を競わせているため、各師団をまとめる中将がいないのが問題だね」


「新興騎士団?」


「例えば、第七師団の師団長はレイセオン騎士団の騎士団長さ。軍事物資を取り扱う同名の新興商会がスポンサー。新製品の宣伝と実績作りが目的で、試作品の実地検証を行う場合もあるみたいだね。本作戦では新製品の魔法耐性に優れた防具を装備しているよ。灰色のくすんだ防具で君もすぐに見分けがつくさ」


「グロスター伯爵家といえば雷を司る血族魔法ですので相性はよさそうですが」


「ああ、周囲と連携もせずにひたすら伯爵家の血族を追いかけているそうだ。ただ、防具が重くて頻繁に落馬しているそうだけどね。おっと、長話が過ぎた。ヒュードル大尉にお小言をいただく前に退散するよ」

そう言うとマルコイ中尉は踵を返して自部隊へと戻る。


「良く喋る男ね」

マルコイ中尉の後ろ姿を見ながらサーシャはつぶやく。


「僕は知らない話が聞けて面白いよ。あと、彼の狙いは君だよ。話掛けても返事もしない君の気を引きたい気持ちがいじらしいほど伝わってくるよ」

ザエラは笑いを押し殺すのに必死だ。


「私も気づかない振りをするのに大変なのよ」

両目を眼帯で隠しても、額の触眼から彼の視線が感じ取れるて落ち着かないらしい。


「一度話をすると落ち着くはずだよ。ところでカロルから何か報告は来ている?」

カロルと黒エルフには東の森に忍ばせて敵兵の動向を監視させている。主戦場が膠着しているので砦の守備兵が伏兵として何か仕掛けて来る頃合いだと考えていた。


「少しづつ敵の斥候が森を抜けて野営地まで来ているそうよ。野営地の様子が偵察されているわ」

野営地の警護は鬼人達の任務だ。彼らには命令しているので、その姿が敵に報告されているに違いない。


「予定通りだ。僕らにもそろそろ出番が回ってきそうだ」

ザエラは北にそびえ立つ要塞を見上げながら呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る