3.1.6 要塞戦 対峙

――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞前


ミズーリ川を渡ると両脇を山に囲まれた要塞がある。この要塞からザルトビア街道が始まる。この街道はグロスター伯爵領を南北に通り、さらに北部にあるガルミット王国の首都までを結ぶ。そのため、この地は古くからの要所であり、両脇の山頂の監視塔から要塞まで城壁が築かれ、要塞もまた二百メルクの高さの城壁に分厚い鋼鉄の扉で守られている。


ガルミット王国はこの要塞でイストマル王国の侵攻を止めるべく、要塞に五千、要塞前の西側の山沿いに二万五千のグロスター伯爵家の部隊を展開している。一方、北部遠征軍先行部隊三万は東側に大きく迂回して川を渡り、東側に陣を構えた。ザエラの特殊魔導独立小隊が所属する第十三旅団第五大隊は、要塞に最も近い東側の山の麓に配置された。


――ザエラ小隊長室


「やあ、アルビオン中尉、天幕の設営はもう終わったのか、ずいぶんと早いな」

「マルコイ中尉、ちょうど終わったところです。どうかされましたか?」

ザエラは書類から目を挙げてマルコイ中尉を見つめる。彼は辺りに人がいないことを確認して小声で話し始めた。


「……なあ、君の部隊にいる服役軍人の鬼人共の様子はどうだい?」


「彼らですか…指示には従いますが、あからさまに不満そうな表情をします。気が良さそうな者もいますが、常に距離をとりますね。ジレンとシルバという二人が彼らを統制しているようです」


「ここだけの話だが、君の前任は野営地で失踪したんだ。敵前逃亡は士気に影響するので、体調不良による退任にされているけどね。ただし、私の部下で彼と鬼人達が言い争いをしていたのを見たものがいてね……鬼人達が彼を殺害したという噂も流れているんだ。あくまでも噂だけど君も気を付けたほうがいい」

天幕近づく足音が聞こえ、マルコイ中尉は慌ててザエラに目配せして立去った。


マルコイ中尉と入れ違いに現れたサーシャは、

「ふう、新人の子達の寝具の受け取りに待たされたしまったわ。どうかしたの?」

と言いながら慌てて出ていくマルコイ中尉を怪訝そうに見つめていた。


「なんでもないよ。大規模な戦争が始まるから少し神経質になってるみたい。そうだ、部隊編成を考えてみたけど、どうかな?」

ザエラはミーシャにメモ用紙を渡す。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

■サーシャ隊(軽装騎兵)

副隊長:ララファ、フィーナ

アルシュビラ 一

アルケイド 二十

ハーピー 二十


■オルガ隊(突撃騎兵)

副隊長:キリル、イゴール

ヒューマン 一

オーガ 二

ホブゴブリン 二十


■カロル隊(軽装歩兵)

副隊長:ディアナ

ヒューマン 一

黒エルフ 十五


■ジレン隊(重装歩兵)

副隊長:シルバ

鬼人 二十


■後方支援

エミリア, テレサ

黒エルフ 五


■医療・事務

ソフィア

ヒューマン 一


■傷痍軍人

ヒューマン 十

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「軽装騎兵と突撃騎兵が主力ね。軽装歩兵と重装歩兵は使いどころが難しいわね……傷痍軍人はどうする?馬に括り付けて突進させるのかしら」

サーシャは微笑しながらメモ用紙を彼に返す。


「今回は彼らが主人公だよ。彼らの勝利への貪欲な覚悟が求められる場面があるさ」

そう呟くとペンを鼻にあてがいながらザエラは考え込んだ。


――要塞東側の森


ザエラの配置されている要塞の東側の山の麓は樹木が鬱蒼と生えた森が広がる。

カロルに案内されて彼とオルガは森の奥深くまで歩いてきた。


「随分と歩いたな。あと、どれくらいで到着するの?」

カロルはザエラの質問に返事をすることなく黙々と先へ進む。


カロルと黒エルフからなる軽装歩兵は俊敏性を生かせるように森に配置し、東の監視塔からの敵の侵入を監視させている。敵の斥候の野営地を見つけたという報告がカロルからあり、オルガと共にその場所に向かっているところだ。


「なあ、この辺りは監視範囲から遠く離れている。方角は正しいのかい?」

「待たせたな、ようやく到着したよ。ここなら邪魔されないからな」

カロルが合図をすると辺りの茂みから鬼人が円陣を囲むように現れる。


カロルの姿は次第に崩れ、筋肉が膨れ上がり、鬼人の頭であるジレンへと変わる。日頃は黒い眼鏡で覆われている瞳は金色に光り、魔法陣が浮かび上がる。


「幻覚の魔眼か、使えるのは君だけかい?」

ザエラは表情を変えることなくジレンに質問する。


「俺たちを見て驚きもしねえ、つまらない野郎だ。シルバも使えるが今頃はお前に変身して副隊長殿と仲良くしている頃だろうよ」

ジレンの言葉を聞くと、ザエラはオルガと顔を合わせて笑う。


「何が可笑しい!? お前たちは俺たちに近づきすぎた。先日のマッサージの件といい、これ以上関わろうとするな。今なら命だけは助けてやる」

「俺の部下である限り、お前たちの面倒を見るのは俺の仕事だ」

「そうか、それならここで消えてもらう」

ジレンの体全身に魔力が循環し、身体強化魔法が発動するのが感じられる。彼の体は雷に打たれたように黄金に輝き始めた。


「では、俺たちが勝てば、俺の命令に従ってもらう。まずはマッサージだな。マッサージはいいぞ。疲れがとれるし、魔力の蓄積と循環が高まるんだ。そのイライラも取れる……」

ザエラが言い終わる前に、ジレンが彼に殴りかかる。


「ザエ兄、俺が相手してもいいよな。こいつとは本気で殴り合いたかったんだ」

武具を投影したオルガがジレンの重たい拳を受け止める。


「女に頼るとは情けない。雷属性の魔法は使わずに打撃だけで勝負してやる」

オルガとジレンはしばらく打ち合いをしたあと距離を取り、攻撃の間合いを探る。


打ち合いでは互角だ。人間の女性が打撃で鬼人に勝てることはないが、ゴブリン族の身体強化、長怪力のスキルを継承する彼女は事情が異なる。


取り巻きの鬼人とザエラが見守る中、二人の距離が一気に縮まる。ジレンの体重を乗せた重たい拳にオルガはタイミングを合わせてカウンターを放つ。彼女の拳がジレンの顎に直撃し、彼は倒れるように崩れおちる。一方、オルガの頬は裂けて血が流れ落ちる。ジレンの拳が擦れたようだ。ザエラは彼女に駆け寄り回復魔法で治療する。


「最初に出会ったときからあんたは気になっていたんだ。やっぱり強いな……」

「お前はまあまあだな。訓練さぼってるからだ。これから鍛えてやるからな」

オルガは地面に倒れているジレンを見下ろしながら話す。


「なあ、お前は最初から俺の幻覚に気づいていたんじゃないのか?」

ジレンはザエラに問いかける。


「さあ、どうだろうな。そろそろ戻ろうか、サーシャが心配だ」

「シルバが今頃お楽しみのはずだ。お前の澄ました表情がどう変わるか楽しみだ」

「いや、サーシャが暴走していないか心配なんだ」


ザエラとオルガはジレンを連れてラピスに騎乗し野営地に戻ると小隊長室から男性の野太い呻き声が響いた。三人は急いで小隊長室の扉を開けて中に入る。


「あら、ザエラお帰りなさい、こいつがあなたに化けて私を誘惑するものだから懲らしめているの。鬼人てすごいわね、これだけ刻んで血を流しても死なないんだから。ねえ、彼は軍紀違反をしたのだから懲罰は問題ないわよね?以前から目をくりぬいても魔眼の効果が持続するか試したかったの……くりぬいてもいい?」

サーシャは激しく息遣いをしながらザエラに尋ねる。


シルバは、両腕をクモの糸に巻き付けられ、宙吊りにされていた。全身から血を流し気絶している。ジレンはその姿を見ると言葉を失い立ち尽くした。


サーシャは額にある六つの触眼から魔力の波長を感じ取り人物や距離を判断している。幻影で姿や声質を変えても効果はないのだ。血を見て興奮している彼女をなだめながら回復魔法でシルバに応急措置を施したあと、ジレンに宿舎へ運ばせた。


彼女を落ち着かせるためザエラはしばらく抱きしめていた。

「あなたの魔力の波長は最高よ」

サーシャはそう呟いて再びザエラの胸に顔を沈めた。

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