2.2.10 巣立ち
――ザエラ七歳 夏 アニュゴンの街 城壁の見張り塔
僕と
アルケノイドの畑が広がり、川の向こうにはうっすらと人族の街が見える。吹き抜ける風で
「来年には成人になるね、どうするか決まった?」
「トッツさんから、国外を一緒に旅しないか誘われているんだ」
「白髭を生やした商会の支店長だよね。この地区担当のはずだけど、商会を辞めて独立するのかしら?」
「いえ、副頭取に昇進して、国外の商談を獲得するために他国にある支店をめぐるそうです」
「そうなんだ、商人か……てっきり軍人になると思ってたよ」
「軍に入隊して将軍になるのはあきらめていないです。ただ、軍人は他国への移動が制限されるので、数年は商人見習いとして、各国を旅して知見を広げたいです」
「ふふ、ギルド長の入れ知恵なんだろう。オルガとカロルも一緒かい?」
「そうですね、キリル、イゴールも連れて五人で付いていくつもりです」
「なあ、ミーシャかサーシャのどちらかを一緒に連れていけないかな。一人は家を継くから街に残らざるおえないが、もう一人は街の外の世界を経験させたいんだ」
「もちろん、二人が良ければ、こちらは構いません」
「そうか、では、二人に聞いておくよ」
「私はこの街を、アルケノイドを数百年の停滞から解き放つ決意をしたんだ。昨年から各家庭に子供一人という決まりを撤廃した。さらに、子供の教育に人族語や魔法訓練を追加した。今は娘達が教えているが、来年からは人族の教師を雇う予定だ。彼らと交流は深めながらも、食い物にされない強さを身に付けたい」
筆者注)
「もしかしたら、古代の首都ぐらいに大きくなるかもしれませんね。ワクワクするなあ」
「私はときどき空想するんだ。お前が将軍に出世してこの地を治めるのを。お前の統治で、この街がアルケノイドと人族が一緒に暮らす大都市になるのを。お前と娘が子供を作り、その子が次の領主になるのを……」
「はは、随分と先の話ですね、僕はそろそろ死ぬんじゃないですか」
「それぐらいお前には期待してるんだ。お前がいつでも領主になれるようにこの街を変えてみせるよ」
彼女と今後の街の発展についてしばらく話をした。
「そういえば、私の名前を伝えていなかったな。アミュレット・ブルーバーグだ。よろしく」
別れ際に名前を教えてくれた。差し出された手を僕はしっかりと握り返した。
――ザエラ七歳 秋 アニュゴンの街 ギルド二階 開かずの部屋
目の前で師匠の魔力を駆動力に変換する魔道具が複数並べられている。主軸に取り付けられた
「これまでの調査では、ロータの軸は三軸、形状は先端が平たいもの、アルケノイドの糸を何層にも巻き付けたものが回転力が高くなっておる。試しに動かしてみるぞ」
師匠が真ん中にある魔道具に魔力を注ぐと主軸がうなりながら回転する。
「どうじゃ、以前見せたものよりも十倍は回転力が高くなっておる」
「すごいですね、そろそろ実用化してもいいんじゃない?」
師匠が魔道具から手を離すと主軸の回転は止まり、部屋は静かになった。
「
「そうなのですか。アルケノイドなら無理なく使えそうですね」
「そこじゃな、魔力が低い人族だと複数人で交代すれば動かせるが効率が悪いのお」
「小型で少ない魔力で動くものがあるといいかもしれませんね」
「ふむ、そうじゃな。しかし、まずは王都にある商業ギルドの本部で魔道具を登録じゃ。商業ギルドに登録できると売り上げに応じて一定の利益が入って来る。これで金を心配せずに好きな研究が続けられる。小型化も面白そうじゃ」
「師匠はいつも好きなことに夢中で楽しそうですね。うらやましいなあ」
「年を重ねるほど、ますます執着が強くなってな。まあ、お前もそのうちわかるじゃろう。あと、お前も
「ぜひ登録したいけど、錬金術師の
「そうか、魔道具の登録手続きのついでにお前の登録もしておこう。わしが推薦すれば
僕は師匠から手続きについて説明を受けた。
――ザエラ七歳 冬 アニュゴンの街 ザエラの家
『どうも、こんにちわ』
声がした方向に目を向けると羽を生やした小さな小人がいる。精霊だ。
「こんにちは精霊さん、お茶でもどうぞ」
僕は精霊に挨拶をする。ちょうどみんなでお茶をしていたところだ。
『あらどうも、なんて言うと思った?いらないわよ』
「今日こそは皆のスキルを鑑定して欲しいです!」
『もちろん、そのつもりで来たのよ、
「私たちはアルケノイドだけど、新しい人族と関係があるの?」
サーシャは精霊に問いかける。新しい人族の話は皆に説明済みだ。
『うん?、あなた達は眷族よ。運命を共にする者達よ。明日の朝食の献立から今後の人生、さらに存在進化まで新しい人族の影響を受けるわよ』
「オレ達はこれからも姉御や坊ちゃんと一緒にいられるのか?」
『そうよ、好むと好まざると一緒よ。物理的というよりは運命的にね』
精霊は皆の質問に淡々と答えていく。皆は理解はできないけれど納得はしたようだ。
『さて、スキルを鑑定しましょう』
精霊は両手を重ね目を閉じて詠唱する。僕らの周りは光の粒子で溢れ、体に溶け込んでいく……
『はい、終わったわ。あなた達には期待しているわよ、じゃあね』
僕らの目の前にスキルが書き込まれた羊皮紙が浮かびあがる。みんなしばらく無言で羊皮紙に書かれたスキルを確認していた。
(混魄魔法というのか……)
僕は羊皮紙に書かれた血族魔法の名前を食い入るように見ていた。
――ザエラ七歳 春 アニュゴンの街 郊外 原っぱ
明日は僕の誕生日だ。そして、トッツさんと一緒にこの街を出ていく日でもある。
オルガに誘われ、二人でオルガ達と最初に出会った原っぱまで散歩に来た。
「初めて来たときは、広い原っぱだと思ったけど、今見ると小さいものだね」
オルガは苦笑しながら原っぱを歩く。
「あの時は、家畜の鳥を捕まえに来たんだ。懐かしいな」
「体は成長して大きくなったけど、心はあの時のままだ。自分が生まれてきたことを考えると絶望するんだ。母親もわかったし、おじいさんとも会ったけど、何も解決しなくてね」
珍しく弱音を吐くオルガの手にはハフトブルグ家当主から渡された指輪が光る。
「ばかやろー、くそが、どいつもこいつも死んでしまえ」
オルガは体を震わせて絶叫する。
森から鳥が一斉に飛び立つ。
「オルガがいうとおり、僕らは意志を持って生まれたわけじゃない。でも、生まれて来た意味を見つけるためにもがくしかないんじゃないかな。そのためにこの体があるんじゃないかな」
「私はザエ兄に何度も助けてもらって感謝しているけど、心の奥では恨んでいる気持ちもあるんだ。なんで早く終わりにさせてくれないのかって」
オルガはじっと僕を見つめる。
「僕はこれからもオルガを助けるよ、どんなに恨まれてもね。生まれて来た意味なんて分からないけど、少しでも明りがする方向へ一緒に歩いていかないか?」
僕とオルガはしばらくお互いを見つめ合った。
「そうだな、ザエ兄。吹っ切れるまで時間が掛かりそうだけど、もがいてみるよ」
オルガは表情を緩めて腕を上げる。僕も腕を上げて拳を合わせた。
――ザエラ八歳 春 アニュゴンの街
遂に出立の日が来た。
僕、サーシャ、オルガ、カロル、キリル、イゴールが皆に別れの挨拶をする。
「ふぁあー、昨日はずいぶん飲んだのお」
師匠が大きくあくびをすると皆が笑う。昨日の夜、皆とはお別れ会をした。師匠が酒を持ち込んで、随分と盛り上がった。
「私は迷ったけどこの街に残るわ。母様の跡を継げるように頑張るね」
ミーシャはアミュレットの後継としてこの街の長になることを決心したようだ。その顔からは幼さが消え、凛とした大人の表情が現れる。
「お兄様、いかないで」
母さんの元から離れ、泣きながら僕に駆け寄り抱きつく。最近話すようなった一歳の妹だ。母さんが駆け寄り妹を抱っこする。
「しばらくしたら様子を見に戻るから待ってね」
僕は両手で妹の頬っぺたを挟んで笑顔で話しかける。涙を流している母さんにうなずいて見せる。
「そうじゃ、忘れておった、これが商業ギルドの会員証じゃ。あとはこちらもな」
会員証と一緒に二枚の紙を受け取る。
「一枚はボールベアリングの登録書と、もう一枚は駆動力変換装置の登録書じゃ」
「うわ、ありがとうございます。駆動力変換装置は師匠の発名では?」
「共同出願人としてお前の名前も書いておる。収入の一割はお前のものじゃ」
共同出願人の欄に、‟アンジェリカ・フォン・ステファルド”と書かれている。
「ありがとうございます。師匠は素敵な名前ですね」
「恥ずかしくて照れるわ。ザエラ、わしを抱きしめておくれ」
僕は師匠を優しく抱きしめる、今までの感謝を込めて。
「ザエラ、大きくなったのう、背も高くなったし、ここもな」
「師匠、ち○ち○触らないでください」
僕と師匠は笑い合った。
◇ ◇ ◇ ◇
周りを見渡すと、みんな一通り挨拶は終わったようだ。
「ザエラ達、そろそろ出発するぞ」
トッツさんが呼びに来た。僕らは皆に挨拶をして馬車へと乗り込む。
皆に手を振りながら、馬車は南門を出る。しばらくすると見送りの人々も見えなくなり街が小さくなる。
「さあ、これからだ」
首を甘噛みするラピスを腕に抱きながら僕は小声でつぶやいた。
(第二部 「覚醒」完)
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