2.2.9 過去からの訪問者(3)

――ザエラ七歳 春 アニュゴンの街 ギルド二階 執務室


「この度は悪かったね」

ミハエラが緊張した面持ちで頭を深々と下げて謝る。


「まあ、この子も悪気があってやった訳じゃないぞ、話しを聞いておやり」

と言いながら、隣に座る師匠はミハエラの肩を叩く。


ミハエラは顔を上げると、今回の顛末について話し始めた。

「スカーレット様を暗殺した犯人を捜すため、情報提供を求める特別なクエストを当主様と相談してギルドに申請したんだ。数年後、この街のギルド長から受託希望が来たのが、今回の事件の始まりだ。ギルド長の話からハフトブルグ家の魔術紋様を持つ子供がこの街にいると知ってね。僕は夏休みを利用してこの街に来た。そのとき、ギルド長が改造した契約の魔道具を使ってクロビスの影の遺体を探し、彼が身に付けていた赤い指輪を見つけたんだ」


僕が思わず師匠に顔を向けると、彼女が補足する。

「わしはクエストを受託していたから、ギルド規約により詳細についてお前たちに話せなかった。仇を打ちたいというこの子の熱い思いに心動かされてな、契約の魔道具の改造とお前たちから聞いた人族に襲われた場所を教えたんじゃ」


「そして、オルガ、カロルがスカーレットの遺児であることが記されたメモと二人の魔術紋様の写しをクロビスの元へ届けたんだ。彼を混乱させて馬脚を出させることには成功したが、まさか、二人を捕まえて殺そうとするとは思わなかったんだ」

と言うと、ミハエラは肩を落とした。


「そういえば、師匠が私とカロルの魔術紋様を魔感紙に焼いたのは、ミハエラがこの街を去った直後だったね」

オルガは恨めしそうに師匠を見つめる。


「影が身に付けていた指輪は損傷がひどくて、解析できない恐れがあった。解析の失敗に備えたものだったが、今考えると軽率だった。気乗りしないギルド長に無理にお願いしたんだ、本当にすまなかった」

ミハエラは頭を下げて再び謝罪する。


(僕の中に突然恐ろしい考えが浮かんだ。将来当主となる彼に二人は邪魔なので、クロビスに始末させようとしたのではないか……ミハエラの恐縮した様子からは想像できないが……)

僕は真偽を確かめるかのようにミハエラを見つめていた。


「また、私の軽率な行動でアルケノイドの子供たちにも恐怖を与えてしまった。相当の対価を持って償いたい」

ミハエラは僕の隣に座る街長オサに話しかける。彼女は無言で頷く。


「ところでクロビスはどうなった?」

僕はふと気になりミハエラに確認する。


「居城の地下牢に幽閉されている。王国の裁判で死刑が決まり、近々、王国の監獄に輸送されるよ」

ミハエラは淡々と状況を伝える。


その後、ハフトブルグ家が払う賠償金について街長オサと話し合いがされた。


最後にミハエラは改めてオルガとカロルに謝罪をし、握手を求めたが、その手が握られることはなかった。ミーシャはその様子を表情を変えずに見つめる。ミーシャの心変わりが、最も彼に堪えるかもしれない。


――数日後 アニュゴンの街 ギルド二階 執務室


「これを見て欲しい」

僕は指輪を師匠に渡した。ハフトブルグ家の当主が二人に贈ったものだ。


師匠は‟魔法陣解析マジックサークル・アナライシス”を唱えて指輪を調べる。

「ふーむ、巧妙に作っているが、強い呪いの魔法が掛けられておるな。数年後に原因不明の病で死ぬような」


(僕の解析結果と同じか、この人は関与していないと思ってよさそうだな)

「そうなんだ、解除はできるのでしょうか?」


「面倒ではあるが、指輪の台座に刻まれている魔法陣を消せば大丈夫じゃ。やっておこうか?」


「ありがとうございます。この件は他言しないようお願いします」

僕は二人がさらに傷つくことがないよう、師匠に内密に解呪をお願いした。


「……ザエラよ、わしは責めないのか?二人の魔術紋様がハフトブルグ家のものであるのは、以前から分かっていたんじゃ。ギルドの上層部のみに伝えられる、辺境伯の特別なクエストは知っておったが、黙っておった。しかし、以前、実験室で見せた魔力を駆動力に変換する魔道具の研究費用がどうしても欲しくてな……。お前に殴られてもしかたないと思っておる」


「師匠は僕の恩人ですよ、そんなことしませんよ」

僕は精一杯の笑顔で答える。


「すまんな、ザエラ。似たようなことは今後もあるじゃろう、欲深きは人族の性じゃ。じゃが、お前も将軍を目指すのなら、責めるのではなくうまく利用できるようになるんじゃ。全くもって、無責任な言いようじゃが」

師匠の言葉に、僕は何も答えることはできなかった。


暫くして師匠から受け取った指輪は呪いが完全に解かれていた。


――数日後 アニュゴンの街 ザエラの家


「しかし、ミーシャとサーシャはよくあたしたちを見つけることができたね?」

オルガは二人に問いかける。


「私たちは、お館様……じゃなかった、ラピスと一緒に、子供たちを探していたの。そうしたら魔騎竜アリオラムスに騎乗して先を急ぐあなたたちを見つけてね。速くてついていけないから蜘蛛の糸を魔騎竜アリオラムスに付けて目印にしたのよ。その分、遅れたけれど。ラピスは私たちとは離れてザエラを呼びに戻ったの」


「僕はラピスに騎乗してオルガのところまで来れたけど、キリルとイゴールはどうやって来たの?二人を見かけたときびっくりしちゃった」


「オレたちは、畑で姉御と坊ちゃんを見失って探していたら、馬に乗ったミハエラに出会ったんだ。二人が見つからないことを話すと、慌てた様子で走り去ろうとしたからついていったんだ」


「そうだったんだ、みんなありがとう」

カロルは涙を流しながらお礼を言った。


「しかし、あいつミハエラはひどいことするなあ、師匠が止めてくれたらよかったのに」

オルガは拳を叩きながら文句を言う。


「私もひどいと思ったけど、あの人は可愛がったくれた人の無念を晴らしたい一心だったのよ……」

ミーシャは赤ちゃんを胸に抱いてゆっくりと揺らしながら呟いた。


「バーン」、キリルとイゴールは机をたたく。僕たちは一斉に二人の方を向く。


「姉御と坊ちゃんに言いたい。なんで、オレたちに相談しなかったんだ。二人に置いていかれたことが辛くて悲しくて……今度から絶対に何でも相談してくれよ」

キリルとイゴールは泣きながらオルガたちに訴えかける。ホブゴブリンである彼らのほうに人情味を感じるとは皮肉なものだ。


「アハハハ」

キリルたちの大声で目を覚ましたのか、赤ちゃんは笑いだした。

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