2.2.8 過去からの訪問者(2)
――ザエラ七歳 春 アニュゴンの森 北東部(続き)
クロビス配下の男達が一斉に放った槍がオルガを貫こうとした、まさにそのとき、目に見えない何かにぶつかり四散する。すると、彼女の周りに二人の少女が突然現れる、ミーシャとサーシャだ。二人は
「ミーシャさん、サーシャさんっ」
「ごめん、待たせたわね」
サーシャは言葉少なく、カロルの従属の首輪を外す。
「たかがアルケノイドの小娘二人、まとめて始末してしまえ」
クロビスが叫ぶ。すると、半数の男たちは一斉に武器を手に四人に襲いかかる。
ミーシャ、サーシャは二手に分かれ、眼帯を外す。ミーシャの相対する男たちは、石化が始まり身動きが取れない中、彼女の槍で止めを刺される。また、サーシャに相対する男たちは、魅了で同士打ちが始まる中、彼女の槍で止めを刺される。カロルも投影した槍で二人を支援する。
「小娘たちは魔眼を持っている、眼を見るな」
クロビスの叫びも空しく、男たちは次々と心臓を槍で突かれて絶命していく。
「おい、お前たち、人質をこちらへよこせ」
慌てたクロビスは人質を捕まえている部下のほうに目をやる。しかし、部下はおらず、赤髪の少年が人質を解放して回復魔法をかけている。よく見ると部下が地面に倒れている。
「お前たち私を守れっ」
残り半数の男たちはオルガを縛る鎖から手を離すとクロビスを囲むように密集する。
ミーシャ、サーシャは襲い掛かる男たちをすべて倒し、地面に倒れたオルガに駆け寄る。鎧は既に消え、血の塊がこびり付いた唇は血色を失い、微かに震える。太腿の傷口の失血が続いたせいだろうか。二人は太腿の傷口をふさぐため回復魔法を施す。傍らのカロルは不安そうに姉を見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇
僕は静かにクロビスに近づく。先頭の数名の男達が一斉に襲い掛かる――が、僕の長巻が弧を描くとバタバタと倒れる。
「血糊が付くと切れ味が落ちるな」
まだ息がある男を串刺しにし、抜いた長巻の血を振り払う。
「俺が相手をしてやる」
銀色の甲冑で全身を覆った大男が現れる。手には長剣と盾を携えている。
「ガキン」、長巻を連続で切り付けるが、甲冑と盾にことごとく弾かれる。また、長剣の一振りは重く、長巻では受け止めきれず、僕は距離を取る。そして、大男に向かい、火属性の上級魔法‟
「この甲冑は魔法耐性に優れていて、それぐらいの炎などなんともないわ」
大男は笑いながら炎を払う。
「へえ、やるなあ。ではこれはどうかな」
僕は‟
そして指を鳴らすと、炎の輪郭がつながり棺の中は炎で包まれる。
「うぎゃー、あ、熱い」
炎の棺に閉じ込められた大男は地面を転がる。
「こいつ、相対座標で魔法を発動しているのか」
クロビスたちは放心したように炎の棺を見つめる。炎が消えると、棺の形に黒く焦た地面に甲冑のみが横たわる。
「こんな化け物がいるなんて聞いていないぞ」
クロビスの静止を聞かず、周りの男たちは後方に走り出す。しかし、彼らの前には、棍棒を手にした二匹のホブゴブリンが立ちはだかる。次々と男たちを棍棒で叩きのめされていく。
「終わりだな」
僕が呟くと巨大化したラピスがクロビスに襲い掛かる。子供を捕縛した罪は重い。
「ちょっと待って、彼を殺してはだめだ」
オルガに似た水色の全身甲冑を身に付けた男が割って入る。
「ザエラ、久しぶり」
兜が消え、見慣れた顔が出て来た――ミハエラだ。
◇ ◇ ◇ ◇
巨大化したラピスを見て気絶したクロビスが目を覚ました。
「ようやく気が付いたか、義兄さん」
ミハエラはクロビスに声をかける。
「なんだお前は・・・義兄さんだと?」
「お前の妹(シャーロットの姉)に婿入りしたミハエラだ。次期当主となる男だ」
ミハエラの隣にいる初老の男性が、混乱するクロビスへ説明する。
「
「はめただと?はめたのはどっちだ、スカーレットを暗殺したのは分かってるんだ」
と言うと、初老の男性は赤い指輪を取り出した。
「これは、スカーレットが失踪した当時、お前の影の契約の魔道具だ。ミハエラが見つけてくれた。先ほど、
クロビスの目つきが変わる。憮然とした様子でミハエラを睨みつける。
「おい、お前、うまいことやったな、そんなに次期当主になりたかったのか」
ミハエラは、クロビスを殴りつけ、怒鳴る。
「あなたは何も分かっていない。スカーレット様は、あなたこそ次期当主だと当主様に何度も訴えていたんです。あなたから内密に呼び出された時も、疑いもせずに嬉しそうに馬車に乗り込んでいきました。彼女が盗賊に襲われたと聞いたとき、真先にあなたを疑いました。当主様の屋敷に奉公に来ていた私を彼女は可愛がってくださった。そんな彼女の無念を晴らしたい一心でここまで調べたんだ」
「娘の遺体を見たとき、ミハエラは
当主は寂しそうに呟く。クロビスは無言で俯いたままだ。
当主は傍らで話を聞いていたオルガとカロルに近づく。
「娘の面影があるが、歳が合わない。いつお前たちは生まれたのだ?」
オルガはこれまでの出来事を当主に話した。最初は驚いていたが、最後はうなずき、理解してくれたようだ。
「オルガよ、
オルガは頷くと漆黒の鎧を身に纏う。
「
当主はオルガとカロルを抱きしめてむせび泣く。
◇ ◇ ◇ ◇
「ザエラ、僕たちはクロビスを連れて屋敷に戻るよ」
帰り支度を終えたミハエラは僕に声をかけてきた。
クロビスの配下の者たちは……多くは語るまい……全員、深い土の中だ。道中で魔獣の群れに襲われ、クロビス以外は全員死亡したことにすると、当主とミハエラは保証してくれた。
「最後に一つ質問だ、オルガが襲われた経緯にお前も関係しているか?」
「……うん」
僕はミハエラの返事を聞くなり、彼を殴る。慌ててミーシャが止めに入る。
「今日は何を聞いてもお前を殺しそうだ。あとで改めて説明に来い」
ミハエラは何も言わずにミーシャに抱きついたままだ。僕はそんな彼の様子を見てますます苛立ちを募らせた。
「二人ともこれを渡しておこう、何かあったらお爺ちゃんを頼るといい」
当主は、オルガ、カロルに緻密な彫刻と宝石がはめ込まれた指輪を渡す。
「これは、ハフトブルク家当主の一族のみが身に付ける指輪だ。血族魔法を強化すると言われているが、本当のところはよく知らないが、まあ、持っておきなさい」
と言うと、当主は二人と深く抱き合い、顔を腫らせたミハエラと共に馬に乗る。
「宗家の養子に入らないか誘われていたけど、断ってよかったのか?」
当主とミハエラに手を振るオルガとカロルに僕は話し掛けた。
「ザエ兄の作った食事が食べれなくなるだろ、なあ、カロル?」
カロルも深くうなずく。
「そうか?、そうだよな!、昼ご飯も食べていないし、早く帰って晩御飯にしよう」
僕は
――見晴らしのよい木の上
「赤髪の小僧が勝つとは……面白い奴らだ」
無精髭を生やした中年の男が木の上からザエラたちを見つめながら呟いた。
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