2.1.17 十階 古代英霊(1)

――ザエラ六歳 夏 アニュゴンの魔獣祭 ギルド食堂


「ミーシャちゃん、サーシャちゃん、こっちにおいで」


顔の赤い人族ヒューマンが手を大きく振り二人を呼ぶ。彼女たちは微笑しながら小さく手を振るだけだ。ギルド食堂で恒例の手伝いだが、例年いつもと違いミーシャとサーシャが女給ウエイトレスとして参加している。女給ウエイトレスの服が足りなくて、アルケノイドの民族衣装を着て、髪の毛を丸くまとめている。二人のうなじをみるの初めてかもしれない。華奢な体つきに赤味がかった金と銀の髪の毛、面長で色白な美人とくれば、人族ヒューマンの男共は色めきだつ。いつもとは違う雰囲気が食堂に漂う。


街長オサがよく許してくれたね」

「母様から参加するように言われたのよ」


人族ヒューマンの給仕をするなんて屈辱と考えそうだが、何か思惑があるのだろうか。手工業ギルドの設立といい、彼女は人族ヒューマンとの共存を本格的に考えているのかもしれない。


ときどき、酔った勢いで二人のお尻を触るする輩がいるが、二人は怒ることなく腕をつねり給仕を続ける。


「サーシャ、男性から悪戯イタズラされたら無理せずに僕を呼んでね」

僕は男たちの二人に対する振る舞いをはらはらしながら見ていた。


「街の集合教育で男性の扱い方について学んでいるから大丈夫よ。お尻を触られるくらい可愛いものだわ。間近で見ると男の人は陽気で面白いわね。母様は真面目で息が詰まるときがあるけど、こんな陽気な父親がいたら毎日楽しいだろうな。ねえ、あそこを見て」


彼女が指さす方向には、壁に寄りかかる男女の冒険者がいた。二人は麦酒エールを片手に顔を近づけ、互いに何かを囁きながら、唇を合わせている。


「子供の頃に読んだ人族ヒューマンの物語では、男と女が恋をして子を作り愛を育むわ。種を繋ぐためだけに生まれた私たちにはわからない感情ね……悲しいわ」

そう言うとサーシャは注文を取りにテーブルへ向かう。


僕はサーシャの大人びた発言に驚き、何も言い返せない。彼女と歳が近い義妹オルガとは大違いだ。オルガはというと…あれ、いない…あ、いた。食堂の料理人コックと談笑しながらまかないを食べている。


◇ ◇ ◇ ◇


キリル、イゴールは厨房で皿洗い。カロルは女性冒険者に捕まり頭を撫でられている。そんな中、僕は給仕係ウエイターとして黙々と働いていた。


「おーい、ザエラ、こっちじゃ」

声がする方向に近づくと、師匠と街長オサと見慣れない女性を見つけた。


祖母おばばのお気に入りのザエラ君ね」

見慣れない女性が僕に声を掛けてくる。


「よく来たな、ここにお座り」

その女性に挨拶をして師匠の隣に座る。彼女の住まいは王都にあり、この時期になると直行便が出るため、祖母に会いに毎年訪れるらしい。


「この子はわしに似て可愛くて賢い子でな。上級アルケミストシニア・アルケミストとして大学で研究しておる。すぐにわしを抜いてしまうじゃろう」


祖母おばばの知識まで到達するにはまだ勉強が足りないわ」


二人は仲が良さそうだ。彼女は二十歳ぐらいだろうか、丸顔で眼鏡を掛けている。


「ザエラ君は革新的な魔道具を作るそうね、今度話を聞きたいな」


「この子は夏休みでしばらく滞在しているからカロルもつれて遊びに来ておくれ。それはそうと、お前も研究の話ばかりでなく、王都の話を聞かせておくれよ」


僕たちは彼女から王都の流行や王族の話を聞いて盛り上がる。


――魔獣祭最終日の夜 ザエラ家


僕は食堂の手伝いで疲れていたせいかすぐに眠りに落ちた。


「ギッ、ギッ」

ラピスの声で目を覚ました。僕の服を口で掴み、どこかに連れて行こうとする。念のため服を着替え、防具を整えて後について行く。すると、北門を出て通い慣れた道を通り地下迷宮に到着した。入口付近には数名の冒険者と街長オサがいる。僕は彼女に挨拶をして入口から九階に入る。九階に入るとミーシャとサーシャがいた。ラピスに呼ばれたそうだ……同じように連れて来られたのだろうか。


僕たちは十階へ降りる扉まで進んだ。


「扉が開いている!?」

何を試してもびくともしなかった扉が開いていた。


魔獣祭と関係するのか、なぜラピスが連れてきたのか、分からないことが多いが、この好機チャンスはものにしたい。僕たちはラピスの後ろについて十階へと降りる。


――魔獣祭最終日の夜 地下迷宮 十階


長い階段を下りると、深い崖に囲まれた洞窟が現れ、一本の石橋が先へと続く。そそくさと進むラピスに遅れずについていくと、岩が削られてできた広い空間が現れた。前面の岩肌には神と魔人の絵が彫り込まれている。


「‟蒙昧もうまいなる探求の女神”が魔物を育て導く様を描いたものね。うちの教会の女神像と似ているわ。ここは古代の祭事場跡地みたいね」


岩壁に設置されている魔石の明かりに照らされて厳かな雰囲気さえ感じられる。そのまま進んでいくと、前面の彫刻の手前の床が階段上に高くなり、そこに台が置かれていた。


僕たちは、台の上に横たわる三人の遺体に気づいた。今にも動き出しそうなほど肌艶は良いが、心臓は鼓動していない。状態保存の魔法が掛かっているのだろうか。


両脇にいる二体は、眼帯をつけていて額に六つの触眼が輝いている…アルケノイドで間違いないだろう。眼帯や服装もミーシャ達の格好に似ている。中央の一体は、額には角や玉もついておらず、人族ヒューマンのように見えるが体にまとう魔力密度が高い。隣の二人もこれまでの敵よりも高い魔力密度を感じるが、中央の一体はさらに高い。


「ギィ、ギィ」

ラピスが叫ぶと、三体の不死者アンデットは静かに起き上がり、僕らに襲いかかる。両脇のアルケノイドはミーシャとサーシャ、中央の人族ヒューマンは僕が相手をする。


◇ ◇ ◇ ◇


アルケノイドの不死者アンデットは、細い槍を手に取り構えた。一瞬揺らいだ瞬間、細い槍がミーシャへ向かう。ミーシャはピンポイントに物理防御シールドを発動する。しかし、槍がシールドに当たるとシールドは解除され、勢いそのままにミーシャの胸めがけて突き進む。


「ミーシャ、避けて」

僕は思わず叫んだ。訓練ではオルガ達と近接戦の訓練もしているが、魔法攻撃が主担当でまともな武器は持っていなかったはずだ。金属音が響く音がするとミーシャは二本の小剣を繋ぐ鎖で槍を防いでいる。


そういえば、剣舞の練習で小剣を使っていると聞いたことがある。ミーシャは槍の攻撃を剣や鎖で躱しながら、距離を取って反撃の機会を伺っている。


突然、アルケノイドが焦れたような叫び声をあげる。すると、頭上に複数の魔石が漂い始め、魔石からミーシャへ攻撃魔法が発射される。


(次話に続く)

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