2.1.10 晩秋

――ザエラ五歳 秋 訓練再開


収穫が一段落してから、僕たちは訓練を再開した。今年から畑が一つ増えたが、家族全員で分担したので例年より早く収穫できた。収穫した野菜は自宅の倉庫一杯に積め込まれている。なお、ライ麦は街の倉庫でまとめて管理される。


前回の反省を生かすために、僕らは訓練を見直した。


オルガは投影した防具を身に着けて二匹の打撃を受け止める。防具が砕けたら何度も再生し、より強い防具のイメージを作り上げていく。これは投影魔法による防具の強化だけでなく、得体のしれない存在ものを意識下に置くための訓練でもある。彼女によると、その存在ものが出現している間の記憶はなく、全身に満ちる破壊衝動に飲み込まれてしまうそうだ。


キリル、イゴールは魔法訓練。これまでは苦手だからと訓練から外していた。物理攻撃だけでなく魔法攻撃もできれば戦術の幅が広がる。猛特訓に耐え、キリルは火属性の初級魔法、イゴールは水属性の初級魔法を習得した。


僕、ミーシャ、サーシャは、体内に魔力を留め外に出さない訓練を行う。前回のように姿を消しても体から放出される魔力で存在を感知されることを防ぐためだ。擬態カモフラージュの上位固有魔法として名前を付けた――完全擬態パーフェクト・カモフラージュ


また、二人は聖属性の魔法に目覚めた。しかも、光属性と同じく、中級魔法まで使えるそうだ。おそらく、僕が使用した上級聖魔法から聖属性の魔力に触れることで潜在的な能力が覚醒したのだろう。聖魔法が使えることで僕らのパーティは安定感ができるが……僕は複雑な気持ちだ。


なぜなら、古代神官騎士エンシェントプリーストナイトを倒した次の日から初級聖魔法しか使えないからだ。上級聖魔法を使用したときの聖属性の魔力が全身から溢れ出る感覚が忘れられない。魂を吸収することで、彼が保有する上級聖魔法を使用できたと考えているが、何か条件があるようだ。


――アニュゴンの街 井戸


今日は街長オサに依頼された井戸の掃除に来ている。


「おーい、オルガ上げてくれ」

僕とキリル、イゴールは井戸の底に溜まる泥を桶に入れ、オルガに合図する。ミシミシと縄の音を立てながら桶が上がる。しかし、何度も泥をかき出しても水が湧き出てこない……おかしいな……しばらくすると岩に行き当たる。


街長オサを呼ぶと、井戸の中に降りてきて、岩を叩き始めた。

「厚みのある岩盤だ。この上に流れていた地下水が枯れたんだろうね。こいつを割れないだろうか?岩盤の下にある地下水が湧き出るかもしれない」


「岩盤を割る道具を師匠から借りてくるよ」

師匠から鉄の棒とハンマーを借り、ついでに僕が試作している魔道具も持参した。まずは、鉄の棒を岩盤の上に置き、二匹がハンマーを振り下ろし鉄の棒を叩き込む。「カーン、カーン」、鈍い音が響くが、鉄の棒は表面を滑るだけで岩に食い込まない。僕は持参した魔道具を鉄の棒に取り付けた。


この魔道具は取手が付いた鉄の円盤だ。この円盤の中心にボールベアリングと回転軸の取り付け穴がある。円盤を水平にして回転軸として鉄の棒を取り付ける。そして魔力を送ると鉄の棒の上部から風魔法“竜巻トルネード”が発動し回転する仕組みだ。畑で木の杭を打つ前に地面に穴をあけるために使用している。


二匹に取手を持たせて、僕が魔力を送ると鉄の棒がうなりをあげて回りだす。二人が岩盤に鉄の棒を押さえつけると、「キュイーン」と鉄の棒が岩を削る音がする。歯を食いしばりながら、二人は体重をかけて押さえる。鉄の棒の先端が岩に食い込んだところで、鉄の棒の回転を止めた。岩盤と鉄の棒の間からは湯気が上がる。


音を聞いた街の住人が井戸の周囲に集まり、何事かと固唾をのんで見守る。


「これ以上回すと鉄の棒が折れてしまう。二匹でハンマーで鉄の棒を殴って」

キリルとイゴールが交代でハンマーで叩くと、少しずつ鉄の棒が岩盤にめり込む。次第に岩にひびが入り始め、最後には鉄の棒が岩盤を突き抜けた。


岩盤の隙間から水が徐々に湧き出す。僕らが井戸を上るとオルガが手をつかんで引き上げてくれた。井戸を取り囲む街の住民は僕らに拍手をする。二匹は恥ずかしそうに戸惑う。僕も気恥ずかしくて、街長オサに状況を説明して、早々に帰宅した。次の日、彼女は改めて家に来てお礼を伝えてくれた。井戸の水は以前よりも水位が高く澄んでいるそうだ。


この出来事の後、街中で声を掛けられる機会が増えた。特に二匹がいると、怪力見たさに子供たちが集まる。二匹は従属の首輪をつけているので、大人からは購入金額をよく聞かれる。

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