第二部 覚醒

第一章 地下迷宮

2.1.1 食べ盛り

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

"アニュゴンの地下迷宮"


アニュゴン一帯はかつて魔人が統治する帝国の領土だった。今から約千年前という気の遠くなるような昔のことだ。帝国の首都はアニュゴンの街近辺に位置していたと伝えられている。街の南を流れる河川に沿って残る城壁跡が、かつての首都の大きさを物語る。地下迷宮は首都中央付近に建てられていた神殿跡と考えられている。


神殿の機能システムはまだ生きており、地下迷宮に入るには特別な魔道具が必要となる。その魔道具はアニュゴンの街長オサにより代々受け継がれている。地下迷宮の入り口にある獅子の石像の口に魔道具を置き、使用者の魔力を流し込むことで使用者を魔道具に登録する。なお、その際に以前の使用者の情報は魔道具から消去されてしまう。魔道具を使うことで最終到達階層へ瞬間移動できるので、誤って再登録しないよう、注意が必要だ。入り口の床には魔法陣が刻まれており、その上で魔道具へ魔力を流し込むと、魔法陣の上にいる人達が内部へ転移される。そして、各階の獅子の石像を触れることで誰でも外に出られる。


魔導具が使えるのはアルケノイドのみだ。 理由は不明だが、彼らは"神殿の守人"と呼ばれており、何からの因縁があると考えられている。普段、地下迷宮は使われていないが、年に一度だけ人族ヒューマンに開放される。これは、地下迷宮に溜まった魔力によって魔物があふれ出すのを防ぐためと言われている。その時にはオサや数人のアルケノイドが彼らを地下迷宮へ案内する。


"アニュゴンの魔獣祭"として人族の冒険者が毎年多数集まる。しかし、一階に魔物が溢れているため、二階より下に進む者はほとんどいない。これまでの記録では最終到達階は四階となっている。なお、下の階へ降りるには、獅子が描かれた扉の先にいる各階の門番ゲートキーパーを倒す必要がある。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


――ザエラ五歳 春 アニュゴンの街 近郊 地下迷宮


「前方に骸骨兵スケルトン十体追加、後衛は魔法で間引いて」

後衛(ミーシャ、サーシャ)は後方から光魔法‟閃光シャイニング”を骸骨兵スケルトンの群れに打ち込む。約半数が光を浴びて崩れ落ちる。残り半数は前衛(オルガ、キリル、イゴール)に襲い掛かる。


「おらっ」、「ガアア」

オルガはハルバートで、キリル、イゴールは棍棒で骸骨兵スケルトンを砕く。砕けた骨が乾いた音を立てながら 辺りに散らばる。カロルは素早く動きながら床に散らばる骨片と魔石を拾い、布袋に詰めていく。


さらに、前方から生屍者ゾンビの群れがゆっくりと近づいてくる。


「次は僕がやるよ、前衛は下がって、後衛は後方支援お願い」

僕は先頭に立ち、手に握りしめた鞭に魔力を込める。 千匹の蛇サウザント・スネーク。五股に分かれた鞭はそれぞれ蛇のように動きながら、敵に巻き付き動きを止める。そして、鞭の先端から光魔法‟陽光サンライト”を発動させ、敵を蒸発させる。二人の魔法の援護もあり、敵の群れは瞬く間に倒されていく。


「みんな小休憩しよう」

「ザエ兄、ほら、水渡すよ」

僕はオルガが投げつけた水筒をかろうじてつかむ。休憩中は通路の隅に集まり、壁に背を向けて半円形に座る。 敵がどこから現れても気づくことができる。通路は静まり返り、僕達の話し声しか聞こえない。


「いつ来ても誰にも会わないな。ザエ兄とお嬢たちが持つ魔道具がないと中に入れないというのは本当なんだな」

オルガは干し肉を嚙みちぎりながら呟く。


僕たちはアニュゴンの街から北に位置する地下迷宮で狩りをしている。ここに入るには、特別な魔道具をアルケノイドが操作する必要がある。その魔道具は街長オサの家で代々管理され、特別に僕らに借し出されている。“アニュゴンの魔獣祭”として年に一度人族に開放される以外は誰も入らないらしい。


「ここで狩りを始めてもう一か月ね。不死者アンデットを倒すのに慣れたけど、敵の数が多いのでまだ気は抜けないわ。まだ、一階層よね?母様から最終階層の十階を目指すように言われたけど、いつまでかかるのかしら……」


「私は服に付いた彼らの匂いが嫌なの。今すぐ 家に戻って着替えたいわ」

「そうよね。洗濯しても匂いが取れないから困っちゃう」

ミーシャとサーシャはお嬢様育ちのせいかここでの狩りに乗り気ではないようだ。


「でも、魔石と骨はかなり溜まったよ。もうすぐ、新しい家畜を買えると思うな」

カロルは魔石と骨で膨らんだ袋を叩いて見せた。ちなみに、砕かれた骨は肥料として人気が高く、商人が高値で買ってくれる。


地下迷宮での狩りは、実地訓練も兼ねてはいるが、主な目的はお金稼ぎだ。お金を稼ぐ理由はいくつかあるが、まずは白毛牛フォルワカウを手に入れたい。白毛牛フォルワカウは肉と乳が取れる人族の家畜で、成長すると僕の身長ぐらい(約百五十メルク)の体高となる。この家畜の肉は、硬くて筋のある野生の獣と違い、口の中でとろけるほど柔らかい。また、乳があれば甘いお菓子を作ることもできる。――――想像しただけでお腹が減る。


魔人は八歳、人族は一六歳で成人する。二倍近く成長が早い。僕は五歳となり、顔つきは幼さと精悍さが混じりあう青年のそれとなっていた。他の仲間達も同じだ。最近はいくら食べてもお腹がすぐ減り、食べ物で喧嘩ばかりしている。そう、僕たちは食べ盛りなのだ。


キリル、イゴールは休憩に飽きたのか、互いに両手をつかみ合い、力比べを始めた。僕が二匹に出会ってから、彼らは二回りは大きくなり、逞しく成長した。ゴブリンは存在進化が頻繁に起こる種族だそうだ。彼らもそれが近いのかもしれない。


「そろそろ再開しよう」

僕は魔力を放出して、周りにいる不死者アンデットを集め始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る