瞳
*
定子が崩御した後、彰子は定子が生んだ宮達を手元に引き取った。
定子が最も信頼していた女房である少納言から、そうしてほしい、と遺言を受け取ったためである。
母を失ったばかりの宮達は寂しさからか、彰子にこれまで以上によく懐いてくれた。
(宮様達をお守りしなければ。特に、親王様のこと。親王様はこれから、この国を背負って立たれる御方。次の御世の象徴となるに相応しい御方に育て上げなければならない)
ふと、風が吹いた。
揺れ動く御簾に彰子ははっと振り返り、慌てて頭を垂れた。
宮達は「父様!」と嬉しそうに声を上げる。
「中宮」
宮達を愛おしそうに見つめながら、帝は彰子に向けて目を細めた。
「宮達を世話してくれること、礼を言う」
「いいえ」
彰子は頭を振った。
「私も――宮様達のことが可愛くて仕方ないのです」
定子の死から、既に三年が経過していた。
彰子は「かがやく藤壺」と呼ばれるほど、内面も、勿論それ以外も美しくなった。
残された宮達も彰子を慕い、彰子も宮達を可愛がった。彰子の愛情を受けた宮達は、すくすくと成長している。特に女一宮は、時折生意気な口を利くようにもなった。
宮達を手元に引き取りしばらくしたころだろうか。それを機に、帝は藤壺を訪ねるようになった。
傍目には余程睦まじく映るのだろうか。「中宮ご懐妊までそう遠い話ではない」などと噂されているが、実情は異なる。
彰子の身は清らかなまま。帝の本当の意味での妻にはなっていなかったのだ。
帝が藤壺に滞在するのも、宮達が起きている間だけだ。
帝の穏やかな目に、彰子は映らない。
しっとりとした指先が彰子の髪を梳くこともない。
他の妃とは交わしているだろう枕は、彰子の分しか温められることもない。
よくて月に一度程度触れる掌の温もりも、宮達に与えられる熱と大差ない。
中宮、と帝に呼ばれ、彰子は顔を上げた。
「近々、藤壺で宴が開かれることになった」
「宴でございますか?」
「うむ。左大臣の主催でな。無論、そなたや宮達にも顔を出してもらう。そのつもりで頼んだぞ」
「承知致しました」
帝の退室を見送りながら、彰子は宮達に気が付かれないように嘆息した。
左大臣が主催――ということは、否が応でも父と言葉を交わさなければならない。尋ねられることも決まっているので、気分が昏くなった。
帝は、藤壺に来てくれるようになった。しかし、彰子と夜を共にすることはない。
(帝が時折私に向ける優しい目は……私や女一宮様の向こうで、定子様とお会いになっているからだ……)
ちくん、と針に刺されたように胸が痛んだ。
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