海から届いた手紙

おれは車を走らせていた

真夜中の高速道路を東の方に飛ばしていた


 どこでもよかった


近づいては離れていく無数の道路照明が

すばやいリズムを刻みおれの瞳に入ってきた


アクセルを踏みしめる

胸の悲しみを吹き飛ばしたかった

アクセルを踏むことしか

この悲しみを忘れさせくれるものはなかった


東の空が明るくなってきた


 海にいこう


ふと思いつき車線変更して高速道路を出た


海に近い道路に車を停めて海岸まで歩いた


目の前に砂浜が広がっていた

さらさらした砂しかなかった

流木も貝殻もなく

海から流れ着いたゴミもなく

人影もなかった

はるか遠くの方に灯台が見えた

灯台の向うから朝陽がのぼりかけていた


 あそこまで歩いていこう


砂浜沿いを歩くと透明な飲料水の瓶があった

手に取ると中に紐でくくられた白い紙が入っていた

瓶のふたを取り白い紙を取り出すと

手紙にこう書かれてあった


 ”あなたはどこですか?”

 ”どこに行ってしまったんですか?”

 ”わたしのこころにはいつもあなたがいます。”

 ”わたしのこの想い届いていますか?”

 ”届いて欲しい”


おれは水平線から姿を現す太陽を眺めた

 想いを受け止めたよ

これを書いた人に伝えたかった

どこの人か、いつの人か分からない

時空を超えて思いがつながった気がした



しばらく歩くと緑の瓶が砂浜にあった

それを手に取ると紙が入っていた

取り出してみるとこう書かれてあった


 "የት ነህ?"

 "የት ነበርክ?"

 "ሁሌም በልቤ ውስጥ ነሽ."

 "ይህ የኔ ስሜት ደርሰሃል?"

 "እንድትደርስ እፈልጋለሁ"


これはこどもの落書きなんだろうか?

でもどこかの外国の文字に違いない

きっと切ないことが書いてあるのだろう

おれは水平線から離れる太陽を眺めた



しばらく歩くと小さな小瓶が砂浜にあった

その中に手紙があり

小さな文字でこう書かれてあった


 ”あなたはどこにいるんですか?”


なんて健気けなげで可愛らしいんだろう

こんな小さな瓶だったら誰にも見つからないかもしれない

もしかしたら見つからなくてもいいと思っていたのかもしれない

おれは丁寧に手紙を小瓶にしまいそれを握りしめた



またしばらく歩くと

プラスチック製の梅を漬けるような大きな容器があった

そこにくしゃくしゃに詰め込まれた紙があった

広げるとA3の紙を2枚セロテープでくっつけていた

そしてものすごく大きな文字でこう書かれていた


 ”あなたはどこにいるんですか?”


おれはびっくりした

この人の想いと執念の深さに

どうしても誰かにこの手紙を見つけて欲しかったんだろう



しばらく歩くと

サイダー瓶のビー玉の奥に手紙が入っていた

ひっくり返したり、振ったりしたが手紙は出てこなかった

どうやって入れたのかも不明だった

おれは瓶をたたき割り手紙を取り出した


 ”Where are you?”


海の向こうの外国から届いたんだろう

同じような思いを詰め込んだ瓶がこの砂浜に集結している

この砂浜は何なんだろう

おれはだんだん混乱してきた



しばらく歩くと

ワインの瓶が砂浜にあった

その中の手紙を取り出すとこう書かれてあった


 ”もうあなたを探しません”


待ちくたびれてしまったのだろう

いままでの手紙は全て同じ人が書いているような気がした

砂浜をぐるりと見渡したが

どこにも誰もいなかった



いよいよ灯台が近づいてきた

灯台のすぐそばに一升瓶があった

その中の手紙を取り出すとこう書かれてあった


 ”あなたよりもずっと素敵な彼氏ができました”


おれはこのことをどう受け止めたらよいのか分からなかった

おれが彼女にふられたような錯覚を起こした

わざわざこんなことをして何の意味があったのだろう

何かの仕打ちのように思えた



いま来た道を振り返るとものすごい距離を歩いていた


 どうしてこんなところにまで来てしまったのだろう


灯台は何の変哲もない小汚こぎたないものだった

太陽は高く上り、昼はとうに過ぎていた

靴の中にたくさん砂が入っていた

今きた道を戻らないといけないかと思うと

計り知れない悲しみと疲労感がおれを襲った









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