きっとたどり着く場所
篠岡遼佳
きっとたどり着く場所
「――あなたが、好きです」
校舎裏、夕暮れ、自転車置き場からも見えないところ。
告白するにはうってつけのところで、私は間違いなく告白していた。
先月の校内新聞に、彼の姿を見つけた。
全校集会で、彼は壇上で表彰されていた。
部活動で、全国二位。決勝で敗れたのだ。
悔しかったろう。接戦だったという話は聞いている。
なのに、彼はきらきらとしたその瞳をまっすぐ、見渡すように皆に向けていた。
そして、寒い体育館中に聞こえるような大きな声で、真っ白な息を吐きながら、両手を大きく振って、応援してくれたみんなに感謝を述べた。
彼らしい、シンプルで誰にでも届く言葉だった。
私はその決勝戦の日、入試直前ということもあり、自室で心を落ち着けていた。
いまなら、どんな問題も解ける。そういう自然な自信が出るくらい、勉強を続けてきた。
人生が決まるのは、もっと先だろう。
それでも、ここでの頑張りが、人生を大きく変えるのは間違いなかった。
息を吐き、英語の長文読解をしながら、私は自分の中にあるものをたどった。
そして、気づいた。
自分に必要なもの、自分がしたいこと、やり残したこと。
それを、していこう。あと、たった1ヶ月だから。
友達に電話をかけること。制服でもっと遊ぶこと。
3月31日まで学生だということをもっと有意義に。
残ったのが、告白だった。
彼は、この部活の盛んな高校の中でも、頭一つ抜けて有名人だ。
いわゆる文武両道。
北欧の血を引いているそうで少し色素が薄く、きらりと光るその琥珀の瞳は、よく笑い、よく人を見て、よく学ぶ。
かっこよくて、明るくて、頭もいいというのは、どうなんですかね、カミサマ。
私は、彼の居る体育館の、2階の端っこの、絶対邪魔にならない場所から彼を見て思う。
体はよく鍛えられていて、立派なスポーツ選手である。
めまぐるしく動くゲームの最中、考え、動き、いまもまた点を取った。
喜ぶときは大きく、ガッツポーズをしてから同級生とハイタッチする。
――好きにならない要素が、どこにあろう?
けど、だからこそわかっていた。
彼はきっと大成する。しかも、きっとすぐに。
鋭い観察眼、何かを成す力、やりきる努力、そういう才能。
それは、おそらく「プロフェッショナル」に近いものだ。
だから、私は続けた。
「でも、クラスメイトとして、君の活躍を見ていたものとして、わかってる。
あなたはもっと大きな舞台に立っていくんだ。私はきっと、その姿を追うことしかできない」
瞳に映っている、彼の姿。
涙が勝手に出てくる。
にじんでしまうのがいやで、何度もまばたいて、目尻を拭った。
一瞬でも長く、彼を見ていたかった。
きっと最後だから。
――私たちは卒業というもので隔たっていく。
私がついにポケットからハンカチを出すと、彼は、やさしく微笑んだ。
めずらしい表情だった。
いつも、明るく快活に笑うところしか見たことがなかったから。
彼は私に手を伸ばして、全国二位のその手で涙を拭ってくれた。
ただ、断ればいいだけなのをわかっているのに、彼はやっぱり優しい。
「俺さ、ここが最後だと思ってずっとやってきたんだよね」
彼が、自分のことを話すことは少ない。だから、私は彼を見上げた。
その瞬間、彼は私をその腕の中に迎え入れてくれた。
顔が真っ赤になるのがわかる。首筋まで赤いだろう。
彼のワイシャツの清潔な匂いがした。
彼は続ける。
「でも、なにも終わらない。俺は俺で、続いていく。
学生時代のこと、『最後の楽園』なんていうヤツもいるけど、そんなわけないじゃん?」
その通りだ。ここが最後の楽園なわけない。
あなたの居るところ、私のたどり着く場所。
そこを本当の「楽園」にしていくんだ。
あなたを見ていたから知っているよ。
勝って、負けて、負けて、負けて、そして勝って、あなたはそこに立っている。
私もきっと、いろんなものに、勝負を挑んで、私の場所を作っていくんだ。
ぐっと、引き寄せられた。
もう、心臓の音なんて気にしてられない。近い、とても、とても近い。
「好きだって、いってくれて、ありがとう。
タイミングもはかってくれてありがと。
――確かに、俺は、そのすきには応えられない」
……ふられた。
なのに、彼は私を離さない。
彼は笑った。
……彼の目が少し潤んでいることに、今さら気づいた。
彼はこんなの慣れっこだと思っていたけれど、違うのだ。
彼だって、断り続けることに少しずつ傷ついていたんだ。
「今までは"部活が一番"ってずっと言ってたけど、一応部活も終わったし、自由登校だし……」
「……あの。そろそろ、手を……」
「うん、だからさ、ちょっと、コンビニまで行こうよ」
高校の周りはちょっと閑散としている。コンビニは駅まで行かないとない。歩いて15分くらいはかかるけれど……。
「それで、教えて。君のこと。覚えてるから。忘れないから」
「……――」
「えっ、そんなに泣くこと言った?? ごめん、俺、よく言われるんだけど、デリカシーはないらしいんだ……」
いつも一緒に居る、隣のクラスの男子や、後輩くんになんだかそうやって、からかわれているのはよく見る。
私は、首を振る。
涙を振り切るように。
「うれしい。好きな人に、"覚えてる"、って言われて」
「そう?」
また、いつもとは違う微笑みで彼は言う。
「クラス会の時、わかんなかったら怒るからね」
「大丈夫、俺、記憶力いいから」
いこう。
そっと抱擁は離れ、彼は私の手を取ってくれた。
大きくて、骨張った、男子らしい手。
「女の子の手は、柔らかいなあ」
私の手を引きながら、またまぶしそうにそう笑うから。
私も、笑い返した。
「あなたを、好きになれてよかった」
「俺も、君に、好きになってもらえる人間で、よかった」
この笑顔を覚えていてもらえるだろうか。
最後の楽園から旅立つ私たちは、いくつの笑顔を覚えていられるだろう。
たくさんの日々と笑顔を胸に、私たちはきっと進んでいく。
迷わないよう、想いとともに、大切なみちしるべにして。
きっとたどり着く場所 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
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