聞こえていない君へ
常闇の霊夜
君へ伝えよう。
彼女は彼のことが好きであった。その気持ちを何度も伝えようとした。
「あのさぁ……私ね」『ゴオオオオオオオオオォォォォ』
「ん?」
しかし彼女は何度も何かに邪魔されていた。その日は外で告白しようとした。しかしそれは凄まじい音を立てて飛ぶ飛行機に邪魔されていた。船で告白しようとすればイルカが出てくるし、何もない場所であろうと邪魔が入る。彼女はそういう体質なのであった。
「どうすればいいんだろう……」
「お嬢ちゃん、お困り?」
「……」
何とも言えない奴が、彼女に話しかけてきた。何とも言えない奴は、彼女が困っていると見るや否や、彼女に何かを手渡した。それは恋愛成就の神社の場所であった。縋れるのであれば藁でも縋る状況にある彼女は、その神様が祭られているという神社に向かうのであった。
「……ここがその神社……なんだかさびれてる」
「おいおい、いきなりディス?困るね印象だけで言われちゃ」
社にたどり着いた彼女の前に、死装束に白髪という何とも言えない奴が現れた。その白髪の奴はとりあえずという感じで社の中に彼女を入れるのであった。
「で?何用お前さん」
「……実は私……彼に告白しようとすると邪魔が入る体質なんです……」
「へー。まぁいいや。おい晩夏!お前陰陽師見習いとしての初めての仕事だ行って来い!」
「俺かよ!?一さんとかマクナさんにやらせればいいだろ!?」
「そうは言っても俺は働きたくない」
「お前……!……はぁ……。わかったよ、で?お嬢さん、少し話を聞かせてくれないか?」
諦めたように腰をどっしりと構えたのは、彼と同級生の男であった。男は晩夏という名前のようであった。そして彼女は晩夏に何があったのかを話していく。それを遠くで寝転がりながら聞いていた白髪の男も、途中で会話に参加してきた。
「……これって……」
「あぁ。間違いない。……しかし厄介だな……どうしたもんか……」
「……ですよね……」
彼女にはなぜか内容を話してくれない二人。だがその表情から、何か厄介なものが取り付いているのだろう、彼女はそう思っていた。そして二人は覚悟を決めたように彼女の方を向くと、少し目を伏せて話しかけてくる。
「わかった。俺らで何とかするから三日だけ待ってくれ」
「わかりました。……お願いします」
「あぁ。……任せておけ」
そして彼女は家に帰っていく。彼女の家には誰もいない。しかし既にそれには慣れっこであったので問題ない。後最近は変な奴が来るようになった。どうも家を調べに来ているようなのである。そういう時はちゃんと話して帰ってもらっている。
「……寂しいな」
誰もいないこの場所にはその言葉を聞くものおらず、そして話す者もいなかった。そのころ彼はある場所に来ていた。それは彼女が先ほどやってきていた神社であった。晩夏と白髪の男はそれに対応した。そして二人は更に渋い顔をするのであった。
「確定だよどうするよマジ」
「最悪の状況ですよどうしますこれ」
とは言え一度依頼を受ければ人から化け物まで何でもござれの、全ての者が最後に来る場所と言われているこの社、無理難題でもやってのけなければならぬのがこの場所。
「……とりあえず明日は徹夜な」
「残業代出ます?」
「ないぞ」
「キレそう」
晩夏と白髪の男、それと晩夏の弟は黙々と作業をこなしていく。一とマクナにも手伝って貰おうとしたが、彼らにはとある別な仕事があるとのことであった。そして恐らくだが、これは準備だけで二日かかる。しかも最低で、である。
そんな中、彼女は電車に乗っていた。その電車にはほぼ人はおらず、まぁ夜中であればこの程度かといえる感じの奴であった。向かう先は海。彼女は嫌なことがあると必ず海に行く。彼と初めて出会った時もそうだったように。しかし今では恋をしているのであるから何とも言えないのであるが。
「はぁ……」
ため息は誰にも聞こえずに海の音と共に消えていく。ざざーんと嫌に大きな音があたりに響き、彼女はトボトボと歩きながら駅まで向かうのであった。駅には本当に人がいない。少なくとも無人駅でない場合は一人くらいはいるのであろうが、この駅は無人駅。なので誰もいない。
「どうして私の言葉を聞いてくれないんだろう……」
帰りの電車に揺られながら、何度目か分からないため息と、それに伴う涙を流した。相変わらず、誰にも聞こえず見えていない。電車の揺れる音だけが、あたりに響く。
一方の晩夏一行は一日で何とか札を書き終えたのであった。
「お前……残業代出せマジ……」
「うるせぇ!アレが出てきた時点で赤字じゃボケ!」
「あぁ!?表に出ろぶっ殺す!」
「やれよ!んじゃオラ来いよおらぁ!」
徹夜明けのせいか、完全に二人共キレている。二人を止める者はおらず、晩夏の弟はぐっすり眠っていた。ちなみに白髪の男は二回くらい死んだ。そんなことはどうでもいいので割愛するとして、一日目の夜が明けた。
今日も彼女は彼に話しかけ、告白しようとする。その日は唐突に聞こえた爆裂音に遮られ、彼女の告白は残念な結果に終わった。増えるため息、増える涙。しかしそれは当然誰にも伝わらない。そうこうしていると、彼は晩夏達の元にやってきていた。
「それで……どうですか?」
「お前さんの気持ちは痛いほどわかるが……まぁそう言う事もあるさ。……それとお前にも手伝って貰うからな」
「はい……すみません」
彼はある日から幻聴が聞こえるようになっていた。しかも、大きな音がするような場所であると、必ず聞こえるのであった。気味が悪いので今回陰陽師に行き相談したのであるが、なぜかこの陰陽師はその原因をあぶりだす為に彼に応援を要請したのであった。
「……でもどこかで聞いたことがあるんだよなぁ……」
彼はそういうと、自分の家に帰っていく。彼の家は家族と暮らしており、妹もいる。妹に関してはファッションが大好きで、よくモデルと撮影に行っているとのことであった。
「また変な写真が増えてる……」
「何よ変って!これだから良さが分からないおニーちゃんは……」
「はいはい……って、この写真、何?」
「あぁそれ?何かこの前おニーちゃんを撮影した時に取れちゃった心霊写真。いらないからあげる」
「俺がいるかよこんな写真!?呪われそうだわ……」
彼はそういうと、写真を見て見ることにした。すると、後ろに写っているその霊の姿を、昔どこかで見たような気がした。とは言え全く思い出せない。ただ、彼女はよく海のにおいがしたという記憶だけがあった。
「確かあの子も嫌な事があったら海に行くんだっけ……ってあれ?あの子って……誰?」
彼の中に突如として現れた、何者か分からない記憶。それは彼の記憶にないはずなのに、確かに存在していた。だが何度必死に思い出そうとしても、その子の記憶は蘇らない。頭を抱えている兄を見かねたのか、妹が話しかけてくる。
「そうだ!知ってる?この怖い話……」
「なんだ?」
「実はね……」
妹の話を要約すると、こうである。昔、死んだはずのモデルさんがいた。かなり有名であった上に、次の仕事は人生を変えるほどの物だった為、彼女が死んだことにショックを受ける者もいた。とは言え始まってしまったものはどうしようもない。なのでファッションショーをすることにしたのであるが……なんと、彼女の番だった時に、彼女の着る予定だった服が勝手に浮かび上がり、ステージに上がったのである。
「これって幽霊じゃない?って言われるようになったんだって……怖いよね!?」
「悪い、お前の語りだと全然怖くない」
「ガビーン!……まぁ良しとしよう……ともかく!悩みがあるのであれば私に相談しなさいって事よ!」
「何でその結論に至ったかは分からないけど、……気を使ってくれて、ごめんな」
「いいのよ!私と兄さんの仲でしょ!」
そして二日目も何事もなく終わった。そして三日目。彼女はとても早くに社に来ていた。社には既に白髪の男と晩夏が座っていた。
「よし来たか座れ」「はい」
「今からお前さんにその彼と話が出来るようにしてやる。しかし……五分しか持たない。その上彼に伝わるかどうかも……って感じだ」
「……大丈夫です。五分もあればお釣りがきますから」
「そうか……じゃあ呼ぶからな」
白髪の男は、そういうと電話をかける。それは彼に対しての電話であった。彼はようやく幻聴から解放されると思うと、急いで社に向かうのであった。そして社に来た彼であったが、その光景に目を疑う。なぜなら、社には一面ビッシリと貼られたお札が大量に、それも仰々しく存在感を放っていた。とは言えこれも必要な事なのだろうと、彼はそう納得し中に入る。中では白髪の男と晩夏が彼を挟むように立っていた。
「じゃあこれから儀式を行うから。……ただ、お前さんはこれから起こることに、……気をしっかりと持って及んだ方がいい」
「何でですか?」
「……見ればわかる」
そして彼は彼女を見た。
今、初めて彼女の顔を見た。
どこかで見たと思うと同時に、彼の体から力が抜けていく。彼女は真っ直ぐに彼に近づく。そして彼に顔を近づけると、彼女は彼に対して話しかける。それも、満面の笑みで。
やっと見てくれたね。
「誰だ!?おい陰陽師!誰だよ彼女は!?」
「落ち着け。……よく見て見なよ。その女の顔をな」
それは、彼にとって忘れてしまいたい記憶の顔であった。今まで閉じ込めていたが、ここまでまじまじと見てしまったのでは思い出してしまう。
彼女は。
十年前に死んだはずであるから。
話は一日前にさかのぼる。それは白髪の男の
「それが彼だった」
「……って事は……彼女は最初から死んでて、それで霊だけが独り歩き……って事か?」
「いや違う。アレは珍しい幽霊の一人、『死に生霊』ってやつだな」
「死に……なんて?」
「死に生霊だ。お前も覚えておけよ、何が問題かって言うと、二つだ。まずあの生霊は、生きている。その上自分が死んだって事に気が付いていない。……恐らくだが彼女が今まで告白しようとした時、抑制力みたいなのが働いたんだと思う」
「なんだ抑制力って?」
「……死人を認識させないためのシステムさ」
二人が覚悟&決意をしたのは彼女が死人であると理解した時からであった。彼という人物は、彼女が海でおぼれているとき、陸から彼女を見ていた。だがまだ子供であった彼は、彼女がどうなっているのか分からなかった。だからこそ、彼女の目の前で、見殺しにしたのであった。彼女は自分が死んだと理解していない、海で死ぬ前に出会った彼の事だけは覚えていたのであろう、その結果が、これである。
「……何というか……」
「あぁ。しかしこれは依頼だ。……決着をつけるにはいいだろう?」
そして今に至るのである。彼は完全に思い出し、彼女は彼に伝えようとする。
どうして後ろに下がるの?
「はぁ……ッ!」
あぁ。ごめんごめん。私には時間がないんだった……ね。
「なんだよ?!」
……私はあなたが好きです。……世界中、探し回ってもこれ以上ないくらい、あなたが好きです。
「……え?」
……だから……よろしければ、恋人になってはくれませんか?
「……」
彼はちらりと白髪の男達の方を向く。白髪の男は言えとジェスチャーした。
「……分かった。……分かったよ」
そう。……よかったぁ……嫌われたらどうしようかと思ってたんだ……ずっと。
「……」
じゃあ……これからはずーっと一緒だね?
「……あぁ」
嬉しい。……これからもよろしくね。
そして彼女は彼から見えなくなってしまう。彼は冷や汗と震えと鳥肌塗れになった自分を抑えながらも、二人に話しかける。
「……俺は……」
「一生背負え。……それ以外にお前が出来ることはねぇよ」
「……せめてもの救いは、彼女が何も知らないことだけだ」
そして彼は去って行く。彼女を背負って帰っていく。きっとあれでよかったんだろう。まだ恋しているだけマシなのだ、そう思うしかない二人なのであった。
一緒にいろんなところに行こうね!
「……あぁ、そうだな……」
幽霊と、人間。この二人が結ばれることは決してない。
しかし二人はちゃんとそこにいるのであった。
「愛してるよ、……」
「えぇ。……」
それからこの二人がどうなったのかは、誰も知らないのであった。
聞こえていない君へ 常闇の霊夜 @kakinatireiya
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