どうして泉の君がここにいるの?

 赤福は……。無いよね流石に。


 伊勢うどんも……。まだないかぁ。


 うん。しょうがないよね。


 振る舞い餅とか塩あずきとかはあるみたい。甘酒もあるのかな。


 疲れた旅人がついつい立ち寄りたくなるような、そんな匂いが漂っていた。


 基本的にはどうやら御帥の旅籠。その店先に餅、とか、米、とか、油、とか書いてある。お土産やさんみたいのは流石に無いな。


 賑わう町家の街並みを見て回りながら、なんとなくしあわせな気分に浸って、わたしたちはゆっくりと歩いていた。




 と。


 前方に僧侶風の男性が三人、こちらを見ている。


「その方ら、どちらの檀那かな」


 いちばん厳つい真ん中の人がそう声をかけてきた。


「いえ、わたしどもは京の左大臣家の縁者で御座います。この度はあるじが祈願にて参詣しておりますゆえ」


 少納言がそう返事をして終わると思ったのだけれど……。


「かか。そのような町娘風情が大臣おとどの縁者とな。片腹痛い。私弊禁断を知らぬのか? 我ら御帥の師なく勝手な参詣は許されんぞ」


 え?


 ああ、この時代まだ一般の参詣は無かった気がしてたけど門前町が流行ってるのはそういうこと? よくわからないけどこの人たち御帥の独占なの?

 っていうか御帥も本当はもう少し後の時代だと思ってたけど……。

 本で読んだだけの記憶はやっぱり実感もなくて。

 油断した、な……。


 じりじりと詰め寄る男達に、恐怖に固まるわたしたち三人。


 ねえさまも震えてる。朝廷で殿上人としてふれあう男性とは根本的に違う人種じゃないかとさえ思える厳つい男性に囲まれ、言葉も無くしてしまって。

 どうしよう、たぶん今一番冷静なのがわたし。わたしがなんとかしないととおもいつつ、も、勇気が出なくて立ちすくんでいると。


「まちなさい!」

 よく通るバリトンボイス。男達が怯んだ隙にわたしたちの間には一人の侍(さぶらい)が立ちふさがる。大太刀を抜き男達を威嚇して。


「九郎、そのまま前へ。虎徹、姫達を此方へ」

 いつの間にかわたしたちの側に控える虎徹に誘導され、わたしたちは後ろにさがった。其処にいる泉の君の側に。


「もう大丈夫ですよ」

 と、囁く声はやっぱり素敵で。


「下がりなさい! この方々は紛れもなく摂関家の姫君方である。下がらぬと言うならこの平の九郎匡盛が成敗いたす!」

 大太刀を上段にかまえ、九郎と呼ばれた侍がそう叫ぶ。


 まずい……、御曹司か……。そう呟き男達は踵を返し走り去ったのだった。


 御曹司っていうのは貴族? 源氏の嫡男? なんとなく九郎義経のイメージだけどそういう意味じゃないよね。でも平って言うことは彼は平氏? あ、ここは伊勢、伊勢平氏。ここは彼らの基盤。そっか。そういうこと、か。




 騒動が収まってほっとしたところで、わたしの胸は早鐘を打っていた。

 ──どうして? どうして泉の君がここにいるの?

 お礼を言いたいのに言葉が出ない。

 わたしが真っ赤になって立ちすくんでいると、


「帝?」

 ってねえさまが呟いた。


 え? え? 帝ってあの帝? 天皇陛下?


「ああ、その姿もかわいいよ。中将。よく似合ってる」

 そうにっこり笑って答える泉の君。

 っていうことは……。間違いなくみかどー?


 もうびっくりして心臓が飛び出そうになっているともっとびっくりすることが待っていた。


 帝はわたしの前でひざまづくと、


「瑠璃姫、どうかわたしのきさき)になっては貰えないだろうか?」


 そうのたまったのだ。


 流石にまずい。


「無理です無理です無理です!」


 かぶりを振ってそう叫んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る