月が綺麗ですね。

 目の前の姫は振り向いた時に一瞬だけみえたその美しい顔立ちを、すぐに扇で覆ってしまった。


「どういたしましょう、お邪魔であれば立ち去りますがこの見事な絶景をもう少しだけでも愉しませては下さいませんか?」


 そう控えめに話す。


 扇の裏で姫と女房は二、三言葉を交わすと、


「せっかくのこの望月、私共だけで独り占めするのも無粋ですし。宜しければこちらに同席くださいませ」


 そう、女房の方が伝えてきた。


「では」


 と、遠慮がちに茣蓙に腰掛けると令は改めて隣に座る姫を見る。


 艶のある綺麗な髪に流れるような顔の線。扇に隠れてはいるもののそこここに見えるその容姿は雅で、とても吉野に隠れ棲む姫君とは思えない。


「ありがとう御座います。ああ、月が綺麗ですね」


 そうにこりと笑ってみせる。動揺を隠すのが精一杯だった。


 ☆


「わー、どうしようどうしよう、あの時の公達だよ。どこかの宮様か院の御曹司? たぶんそんな感じの身分の方じゃないかな?」

「姫様落ち着いて。兎に角追い返すのは不味いですね……。とりあえず同席して貰って、頃合いをみてわたし達の方が引き上げませんか?」

「うん。そうしよう……。お願い」


 少納言がなんとか無難に答えると、公達はそそっと茣蓙に上がりわたしの隣に座った。


 ええ?

 少納言の側の方が広いのに。


 思いっきり見られてるし、近いよ。ああ、もう心臓がもたない。


 ドキドキしている音が聞こえるんじゃないかとおもうくらい、わたしは焦っていた。


 と、「ああ、月が綺麗ですね」 って、思いっきり好みの声が耳元に響いて。


 恥ずかしくて恥ずかしくて、混乱したわたしは思わず扇を空に掲げ、


「ええ、綺麗ですね。今なら手を伸ばせば届くかも」


 そう呟いていた。

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