絶景かな。
木々の隙間から眩いくらいの月の光が漏れ降ってくる。
やはりこちらで観るのが良さそうだ。そう、令は思う。
抜け出してここに来るのに供一人、それも身分の低い侍(さぶらい)一人ではとおつきのものたちには反対されるので、今日も黙って抜け出してきている。
まあ、後を継ぐのは甥に任せておけばいい。自分は中継ぎで良い。そう常々考えているせいか、自分のことにはけっこう自暴自棄な所があるなあ。とは、自覚してはいるのだが。
九郎が茂みの向こうの人影に気がつき、
「お待ちを」
と、先行する。
どうやら先客があったらしい。どうするか? 一瞬ためらうも、この機会を逃すともう次はいつこの望月をのぞめるか。
できればこのまま先に進みたい、そう思う令であった。
しばらくして戻ってきた九郎。彼は、平氏の棟梁の家系で現在の棟梁の末子である。かなり優秀なので重宝してこういう場所にも常に供として随伴させているのだが。
「目的の場所には既に先客が、それも女子が二人。護衛についていた一族のものによると、吉野に住むとある貴族の姫だそうです。身分は明かされなかったのですが……。如何しましょう?」
「ああ。出来ればこのまま向かいたいな。互いに身分をあかしさえしなければ問題はないか」
顔を出してみて拒否されるようなら諦めよう、そんなに難しく考えることでもないかとそのまま歩みを進める。
九郎の一族の者が控えるその横を通り、絶景の岩場に辿り着いた。
まあ、一族の者であれば調べれば何処に従事しているかくらいはわかるのだろうが、そこはそれ。主人に忠実で使命を守秘する
薮を抜けるとそこにはまさに絶景があった。
眩く揺らめく上下の望月、そして、月の光が降り注ぐその場所にいる美しい人。
もう一人の女房には見覚えがあるような気がしたが。
記憶を探ってみると、一年前の出来事が思い出された。
あのとき主人を探していたのはこの女房ではなかったか。
湖に沈むように横たわった、あの人を探していたのは。
まるで弥勒がそこにいるかと錯覚し、そしてそれが人だと気がついて慌てて助けたあの時の。
「ああ、先客が居ましたか。失礼しました」
わかっていたのにそれをそう思わせないよう取り繕い、令はそう、話しかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます