第7話
会社の駐車場には桜の木が並んでいた。春の風に吹かれて桜が散っていく。車に積もる桜の花びら。春の雨は冷たく足元から体温を奪われる。
「おはよう」
「おはよう」
今日もいつもと同じ内容で一日がスタートする。
誠とやりとりするようになって三か月が経っていた。
今日、私はある提案を誠にしようと決めていた。今日のスケジュールを確認して、今日は定時に上がろう。そう思って仕事を進めていった。
「帰ったよ」
「おかえり」
「ねぇ、誠。直接会いたい」
「いいよ」
「いつがいい?」
「凛が決めていいよ」
「9日はどうかな?」
「大丈夫だよ」
「場所はここはどう?」
「いいよ」
すんなり決まった誠との再会。イベントぶりに誠を見る。握手会ではじめて誠と目が合ったとき、バチっと音がした気がした。ただ体が硬直してしまったから体が何かの信号を出したのかもしれない。その信号の意味は何なのか、分からないままだ。
それから9日が来るのを心待ちにした。1日1日はいつも通り過ぎていく。朝起きて仕事に行き、夜帰ってねる。誠とのやりとりは毎日続いた。
ついに9日。会うのは夜だから、朝の新幹線で東京に行けば間に合う。一泊する準備をして駅に向かう。本当に会えるのだろうか?どこかで不安は感じていた。あの体が出した信号の意味も分からないままだ。
昼過ぎには東京に着いた。ホテルに向かってチェックインする。荷物を置いて、夜まで東京観光を少しすることにした。一度、1年間東京に住んでいた経験があるからそれを懐かしむように知っている地を歩いた。
夜。約束の時間10分前。お店に着いた。個室に通されて誠が来るのを待つ。今日は朝のおはようしかやりとりをしていない。しかし、約束の時間が近づくにつれ期待が大きくなっていた。
約束の時間丁度。誠の姿はまだない。誠にラインを送る。しかし、未読のままだ。こんな事ははじめてだった。一気に不安が襲ってくる。
「誠、時間だよ」
既読は付かない。返事もない。
約束の時間から10分が過ぎた。ラインは未読のまま。このまま待つのはあまりにも愚直に感じてしまったわたしは店を出てホテルで連絡を待つことにした。
しかし、何時になっても既読は付かない。何度も何度もラインを送った。それでも既読は付かない。騙されてしまったのだと、分かりはじめていた。
夜はホテルで寝て、昼の新幹線で家に帰った。新幹線に乗ったころ、誠がラインに既読を付けた。
「どうして昨日来てくれなかったの?」
「仕事してた」
「分かってたスケジュール?どうして言ってくれなかったの?」
「間に合うかと思って」
誠のあまりにも適当な返事に、来る気が無かったんだろうと察した。
「私のこと、どう思っているの?」
「好きだよ」
「一番に?」
「一番じゃない」
「どういうこと?他にも好きな子がいるの?」
「うん」
私は誠に遊ばれていたと、その時はじめて知った。でも誠が好きだった。動画で見る誠は誠実そのものだった。昨日連絡してくれなかったことも、来れなかったことも、誠の普段の誠実さがあれば許せる気がしていた。わたしは誠という麻薬に侵されていた。
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