モノグラムの純愛
kaoru
第1話
夏の終わり。夜になると適度に湿気を含んだ心地よい温度の空気が身を包む。もう冷房は必要ない。空を見上げると下弦の月がにっこり微笑みながら見降ろしている。長くはない季節の変わり目、心地よい空間に明晰夢を見ているかのように錯覚する時間に彼らを見つけた。
街も家も寝静まり、世界中で私だけが起きていると錯覚する深夜。世界が私のものになる。何でもできる時間に私が選んだのはYouTubeを見て私の世界を広げることだった。
そこで彼らを見つけた。携帯の枠の中で楽しそうに話す彼らに惹かれ、一晩中動画を流し見した。
彼の名前は誠。誠の相方の優はリズム良くツッコミを入れ、笑いながらあっという間に一本の動画を見終わってしまう。私は誠と優の動画を毎日のように見るようになった。特に誠実そうな誠のことを好きになった。
紅茶ラテを飲みながら二人を見つめる。ゆっくり寛ぐ体制をとってたまに体制を変える。
動画を毎日見ては誠に惹かれていった。子どものように食べる姿や話し方、笑顔に魅了されていく。
「凛さん。」
急に名前を呼ばれて驚きながら振り向くと、仕事仲間の土屋さんがパソコン越しに真剣にこちらを見ていた。
「はい、なんでしょうか?」
私は仕事中に誠と優の動画のことを考えていたことを悟られないように受け答えた。
「次のイベント、グッズを作ろうと思っているのだけどいい案ないかな?グッズに印刷するデザインも欲しいんだけど、誰かできる人知ってる?」
「クリアファイルとかいかがですか?デザインはデザイナーをしている友人がいますが費用が必要になりますね。」
小規模ながら、イベントを仕掛けて地方を活性化させるベンチャー企業に就いていた私は企画から経理まで幅広く受け持っていた。
「いいね。デザインは費用を抑えたいところだな。」
二か月後に迫っていた次のイベントに向けてメンバーで案を出し合い、外が真っ暗になる頃に続きは明日にしようとなり帰宅した。
家に帰ると、晩御飯を食べて誠と優の動画を見る。仕事が楽しいわけでは無かった私が唯一笑える時間。今日もほっとするような暖かみのある二人のやりとりを見て笑顔になり、お風呂で一日の疲れを癒す。そんな毎日を繰り返していた。
ある日、誠と優がファンと交流する握手会を開催すると告知があった。私は早速申し込み、当選を心待ちにして仕事に励んだ。
結果は当選。イベントに参加して、本物に会える機会を得た。毎日わくわくしながらその日を心待ちにした。
イベント当日。ついに動画の中だけで見ていた誠と優に会う機会があった。生で見る二人は動画よりも男らしく見え、誠実さと優しさ、面白さはそのままの魅力的な男性だった。握手会で誠と目が合ったとき、バチっという大きな音が鳴った。二人と数秒間話すきっかけがあったのだが、何も言えずにその時間を過ごしてしまった。
握手会の帰り道、何も話せなかったことを後悔しながら誠のTwitterにリプを送った。「何も話せなかったけど会えて嬉しかったです!」と、一言。それがこれから始まる誠と優と私の不思議な関係に繋がっていくとは思ってもいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます