第八課 対決 その2

 新一以外の全員の目が一斉にこっちを見た。

 俺は黙ったまま、コートの内ポケットから認可証ライセンスとバッジを出して彼らに提示した。


『俺の名は乾宗十郎いぬい・そうじゅうろう、ご覧の通りの私立探偵だ。依頼で君たちを見張っていたんだよ。そう、そこの新一君が依頼人だ。』


『なんだよ。おっさん!代わりに俺達とやろうってのか?』

 道着姿の内の一人が目をむいて俺を睨みつけた。

『まさか・・・・”子供の喧嘩に大人が出る”ってのは野暮の骨頂だ。でもな』

 俺は手で軽くヘッドバンドに取り付けたCCDカメラを指で叩きながら、

『一部始終はこいつで録画させてもらう。何事もフェアにやらないとな』

『何でそんなことをする必要があるんですか?』

 景山亮が腕を組んだまま、俺を見下すような口調で言った。

『俺がこの世の中で一番嫌いなものを教えてやろうか?それはな。”いじめ”だよ。それ以上に理由があるか?君らだって現場を押さえられるのは気分がよくないだろう。だから俺がこれを”フェアな喧嘩”にしてやろうという寸法さ。』

 奴らは黙って互いに顔を見合わせる。

『但し幾つか約束をしてくれると助かる。

”一つ、武器を使わない”

”二つ、相手をするのは一対一”

”三つ、どちらかが降参をしたら、そこで終わりにする。”

これだけだ。君たちだって、後々警察オマワリ教師センコウに、いらん難癖をつけられたくはなかろう?さあ、後は思う存分やれ!』


 俺はそう言ってから、両手を打ち鳴らした。

 向こうはまだ変な顔をしていたが、カメラで写されているんだ。嫌だともいえまい。

『よし、最初は俺がやる。どうせ相手は新一だ。』

 道着姿の一人が前に出る。

 俺は少し不安げな顔をしている新一の肩を後ろから軽く叩いた。


 新一は俺の方を振り返って、軽く頷く。

 相手は右足を前に、左足を後ろに、半身の姿勢になって構える。

『行くぞ!』

 鋭い気合と共に正拳が飛んだ。

 瞬間、新一は身を縮めて地面に身体を丸めて転び、奴の足元に詰めた。

 右手を伸ばし、彼が掴んだのは、空手男の股間だった。

 男は顎を逸らせて、苦悶の表情を浮かべ、さっきとは別の叫び声をあげた。

 だが、新一の手は股間を掴んだまま離そうとしない。

 奴は足を上げて何度も新一の顔を上から踏んづけようとするが、すればするほど、爪が深く食い込み、痛さも倍化する。

『こ、こいつ、離せ!』

 何度目かに彼の足の裏が新一の頭を踏んづけようとした時、今度は新一の手が空手男の左の足首に伸びると、思い切ってすくい上げた。

 バランスを失った空手男は、派手な音を立てて、草の上に音を立てて倒れた。

 数秒後、立ち上がったのは新一の方だった。

 空手男は白目をむき、泡を吹いて足元に悶絶をしている。

『野郎!』次にかかってきたのは、もう一人の空手男だった。

 侮りがたしと見たのだろうが、新一の方がそれより早かった。

 彼は伸びてきたもう一人の正拳を腕ごと掴んで引き寄せ、構わず顎に向かって頭突きの一撃を喰らわせた。

 当り前だが、どんなに強いやつだって、顎ってのは鍛えようがないからな。

 たちまち鼻と上あごから血をふいて、もう一人の空手男も無様に倒れた。

 後ろに控えていたボスの景山は、流石にこの光景を見て、慌てふためいた。

『お、おい、次はお前だ!』

 指名されたのは、カマキリのように痩せた中背男だった。

 恐らくこいつが”ブラジリアン柔術の茶帯”とやらいう奴なんだろう。


 しかしその割には、目の前での光景が信じられず、オタついているのが俺の目にもすぐに分かった。


 新一はカマキリを鋭い目で睨みつける。

 もう弱虫の目ではない。

 ひるんでいるのにも構わず、男の腰にタックルを掛けに行き、足絡みをかけて仰向けに倒し、握りしめた右手拳の中指を立て、馬乗りになったカマキリ男の顔面の急所・・・・人中めがけて叩き込んだ。

 それで終わりだった。

 カマキリはそれだけで、もうやめてくれと情けない声を出し、鼻と上唇から血を拭きながら、意気地なく泣声を上げた。

『さあ、これで勝負は決まったな』

 俺はいい、後ろに呆然と立っていた景山ともう一人に向かって声を掛けた。

『さあ、それじゃ真打ち登場といこうじゃないか!』





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