その14 『異常事態発生』

 やがて、チクーニの町が見えてきた。


「おっ、あの赤い屋根の家々。数日ぶりのチクーニの町だ! クリオナの村までもう少しだな、ウェスタ!」

「……はい」


 ウェスタは少し涙ぐんでいた。

 もう帰るまいと覚悟していたのだろう。


「リンくんが覗きで捕まって大騒ぎになっていたのが懐かしいですね」

「覗きィ?」

「誤解されるからその話はやめろって! いやジェガンさん、覗いてなんてないですからね。誤解ですから!」


 女騎士たちの視線が刺さり、倫は慌てて弁解する。


「でも、見るものは見たんでしょう?」

「うん、まぁナイスバディだった……っておい!」


 ハハハハ、と騎士たちの笑い声があがった。


(うーむ、そう言われると思い出してきたなぁ……)


 不意のことだったのが、よけいに彼の脳裏にその光景を強く焼き付けている。

 ユーノやウェスタも、歳のわりには凹凸はあるほうだと思うが、あの時見た民家の少女は、彼女らよりさらに豊かな体つきをしていた。


(同じ年齢、同じ身長でもあんなに違うもんなんだなぁ……)


「ちょっと……何を考えてるんですか?」

「い、いへへへへ、いへーっへ!」


 鼻の下を伸ばしていると、ぐいーっとほっぺたを引っ張られて現実に戻された。


(うーむ、何も言ってないのに……女の勘というのは鋭いものだ)


 しみじみとそう思う倫であった。



 → * → * → * → * → * → * →



 チクーニの町に到着した。


「さて、ウェスタ様の故郷まではもうすぐだと思いますが、少し休憩していきますか?」

「うーん、どうしようかな……」

「勇者様、巫女様~、のど乾いたでしょう~? 飲み物買ってきてあげますね~」


 タルペは荷台から降りると、町の中に入っていこうとした。

 と、そこへ門番たちがやってくる。


「おい、待て貴様ら」

「あら、何か?」

「ここのところ野盗どもの被害が多発しており警戒中だ。代表者、来てもらおうか」

「では私が」


 ジェガンが行こうとした。が。


「いや、お前が来い」

「えっ? あっ、いたたた!」


 門番はそれをスルーし、荷台のウェスタの手を乱暴に引っ張った。


「狼藉はやめろ」


 躊躇なく剣を抜き放ち、門番の首筋にあてがうジェガン。


「何のつもりだ? 我々は治安維持のために努めているまで。貴様、それはチクーニに対する敵対行為ということだな」

「だから私が行くと言っているだろう。なぜその少女を」

「身元不明な者を代表としてとるわけにはいかん。だがこの女は隣村の住民。だから選んだ。なんだ、文句でもあるのか」

「私は聖官ジェガン。この鎧の胸元の印章を見ろ。私は教会の騎士だ。身元なら教会によって保証されている」

「ならば教会に問い合わせる。それまでここで待っていてもらうことになる」

「……」


 睨み合う門番とジェガン。

 たまらず倫が割って入った。


「ちょっとちょっと。放してあげてよ、門番さん。彼女痛がってるでしょ。ジェガンもどうしたのさ。野盗を警戒してるって門番さん言ってるじゃん。現に俺やウェスタは道中で一度襲われてるし、警戒する気持ちはわかるよ。ウェスタが隣村の住民だとわかったうえで話を聞こうとしてるなら、ちょっと行って事情を説明して来てもらえば済む話じゃない?」

「そうだ、小僧の言う通り。グダグダ言わずに従っておけば話が早い」


 倫が門番側の肩を持ったことで、自身の優位を確信する門番。

 が、ジェガンの眼光の鋭さは全く変わらない。


「いえ勇者様。あなたの認識は甘いと言わざるを得ません。アンドレ司祭からも話は聞きましたよね。勇者様がこの世に存在するためには巫女たるウェスタ様の力が必要だと」

「え……えぇ。聞きましたけど」

「ならば片時たりとも離れるべきではありません。ましてやむざむざ他の者に身柄を預けるなど愚の骨頂」

「いやいや……相手は町の門番さんでしょ? ちょっと詰所とかに行って、ちょっと説明してくるだけなんじゃ」

「甘い。野盗に襲われたと言いましたね。相手が町の者だからといって、そのときと同じ事態になる可能性がゼロだと言えますか?」

「それは……」

「はっきり言っておきましょう。あなたは、あなたとウェスタ様以外の何人たりとも信用すべきではありません。もし仮に、ウェスタ様を連れて行こうとしたのが私だとしても止めてください」


 折れそうにない、ジェガンの強い意志。

 言っていることは少々極端かもしれない。しかし、自分たちのことをとても心配してくれていることは伝わってきた。


「……ありがとう、ジェガンさん。よくわかった。肝に銘じておくことにするよ」

「チッ」


 舌打ちする門番。


「そういうわけだから門番さん、悪いね。聞いてたと思うけど、俺は勇者、この子は巫女。世界の命運を握ってるわけだから、不用心なことはできないんだわ。悪いけどそっちが折れてくれる? あくまで歯向かうなら町といわず、王国を敵に回すことになると思うけど」

「いいだろう、なら貴様と貴様が来い」


 門番はジェガンとタルペを指名し、連れて行った。


 ――が。


 その2人も門番も、待てども待てども戻ってくることはなかった。

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