その13 『圧倒的な力』

 ガラガラと荷馬車が野を行く。

 ジェガンら4人の騎士が交代で手綱を引き、残りの3人と倫、ウェスタは荷台に座っていた。


「いてて、ケツが痛い。乗り心地最悪」


 尻をさする倫。


「リン様、藁の上に座って下さい」


 ポンポンと、ウェスタが自分の隣に座るよう促す。


「あっ、うん……。おっ、あの山でけー。いい景色だなー」


 密着しそうなのが気恥ずかしく、露骨に話題を逸らした。


(うーん……ウェスタはこないだのこと、どう思ってるんだろう……)



 ← * ← * ← * ← * ← * ← * ←



 悪漢どもからウェスタを救ったその日の晩。

 倫は宿のベッドで一人身もだえていた。


『俺を連れて行ってくれ、ウェスタ! 超面白くて最高の人生を、お前の傍で送らせてくれーーーーーっ!!』


 そう叫んだ彼に対し、ウェスタは『はい、リン様。いつまでも、どこまでも』と微笑んだ。


(あーーーっ! 何言ってんだ、俺! それじゃまるでプ、プ、プ、プロポーズみたいじゃないか……! しかも『はい』って。それって……OKってこと!?)


(いやいやいや勘違いするな俺。彼女はただ勇者と巫女として、その役目を果たすことに同意しただけだ)


(でも、あのときの顔。少し紅潮してなかったか……? 違う意味で捉えて、そのうえでOKをくれた可能性も……?)


(いやいやいやいや。もし仮に万一そうだとしても。それでどうなる、俺? 彼女は純潔を失ったら巫女の力を失う。そうなったら俺はこの世界から消える。それって、俺とウェスタがこの先どうあがいてもどうにかなる可能性はゼロだってことだよな……)


(それってひどくない? 魔王討伐のために死線を潜り抜けて、健やかなるときも病めるときも一緒にいて、それでも特別な関係になることは許されないって拷問じゃね?)


(うおぉぉぉぉっ…………)


 と、布団にくるまりながらゴロゴロと転がり回る。

 根暗特有のその日の言動の反芻と、DT特有の妄想のスペシャルコンボだ。



 → * → * → * → * → * → * →



 あの晩以来、倫はウェスタのことを意識しまくっている。


 離れた場所からならなんとでも言えるのだが、距離が縮まると一気にドギマギして何も言えなくなってしまうのだ。だから、なるべく近寄らない。


 だがその想いは誤って伝わってしまったようだ。


「あっ……ごめんなさい。私が藁の上に座って、リン様を床に直に座らせるなんて気が利かず」


 と、藁の上からどいて床に座りなおすウェスタ。


「……え? あー……いや、そういうことじゃなくって。ていうかそういう気づかいはやめてほしいな」

「……?」

「ほら、俺たちってもう一蓮托生の存在でしょ。なのにそういう上下関係みたいな堅苦しいのはやめようよ」

「でも、リン様は勇者様なので……」

「そのリン様ってのもやめてくれ。ウェスタ、俺はお前と友達になりたいよ。てか、もう友達だと思ってるんだけど……ダメかな?」

「トモ……ダチ?」


 さらっと言ってのけたが、心臓はバクバクといっている。


(うおぉぉぉぉ、言ってやった、言ってやったぞ! 女の子に友達になってくれって! 生まれて初めて!)


「……ごめんなさい」

「!?」


(うそ……ウソ……嘘!? 完璧にさわやかに言ったつもりだったのに! どうして断られた!? どうして、どうして、どうして!!??)


 ぐにゃあ、と視界が歪んでいく。

 が、ウェスタの言葉には続きがあった。


「私、男の人のお友達っていたことがなくて、どうしたらいいかわからなくて……」

「え……ウェスタも?」

「も?」

「あっ……」


(しまったぁぁあ! 女友達ゼロ人を自らゲロっちまったぁぁ!!)


 頭をガシガシする倫。ウェスタはフフッ、と小さく噴き出してしまう。

 もうごまかしてもしょうがないな、と観念した。


「あーそうだよ。俺もいたことないよ、女の子の友達! 人生で一人もな! 今の"友達になって"も心臓バックバックいいながら言ったっつーの!」

「そうなんですね。ありがとうございます、勇気を出してくれて」


(あっ、好き――)


 ウェスタの微笑んだ顔に、改めてトゥクンときた。


「こんな私でよければ、よろしくお願いします。り――リン、くん」


 少し顔を紅潮させながら、彼女の手が差し出される。

 倫は慌てて服で手汗を拭きとりそれに応じた。


(倫君……素晴らしい響きだ……。下の名前で呼んでくれる、人生初の女友達……感涙ものだ……。一生大切にするぞ、うん)


 ジーン、と感動に打ち震える。


「勇者様、ご歓談中恐れ入りますが」


 と、馬の手綱を引くジェガンから横やりが入った。


「魔物共が、青春の甘い香りに誘われてきたようです」

「あ、甘い香りなんて、そんな……」


 頬に手をやり、照れるウェスタ。

 聖官さんとやら、お堅そうに見えて意外とユーモアがあるらしい。


(こないだ見た奴と同じ、狼型の魔物だな。前方に3、いや――4。横にも、後ろからもつけてきてるな……全部で20匹弱ってところか……?)


「よっしゃ、任せといて――」

「危険です、お下がりください」


 荷台で立ち上がり、射聖の構えをとる倫の肩をカヌールが押さえた。

 藁の上に座り込む倫。


「ちょっ、何すん――」

「リンくん、彼女たちに任せましょう」

「ウェスタまで。こういうとき矢面に立つのが勇者の仕事なんじゃ?」

「いえ、勇者様の役目はそういうのではありません。思い出してください、アノさんと共に盗賊から私を救ってくださったとき、どのようにしたのかを」

「…………」


 そういえば、そうだ。真っ先に部屋に突入し、敵と正対したのはユーノ。

 自分は虚をつく形で一撃を見舞ったのだ。


「あなたはなまじ射聖回数が多すぎるがゆえに自分で戦おうとしがちなようですね。悪い癖です、直した方が身のためだと思いますよ」


 前を向いたまま、ジェガンが言う。


「しかし、女の子たちに戦わせて自分は見てるだけなんて――」

「心配――無用っ!」


 ガラガラと重みを感じる所作でロングソードを鞘から抜き放つ。

 ジェガン目掛けて飛び掛かってきた魔物は、次の瞬間には両断されていた。


 その斬撃の隙をついて逆方向から飛び掛かってきたもう一体の魔物。


「あぶな――」


 と倫が叫ぶより早く、ジェガンは逆方向に剣撃を飛ばしそちらの魔物も切り伏せていた。身のこなしが、人間離れして速い。


 それでも魔物たちはいっせいに飛び掛かってくる。さすがにそれ以上は一人で馬車を守り切れそうにない。


 と、それを悟ったカヌールが馬車から飛び降りて馬を担ぎ上げる。


「勇者様がた、しっかりつかまっててくださいね!」

「え? つかま――」

「うっしゃああああ、根性ォォォォ!!」


 次の瞬間、ドン、と急激な加速とともに倫たちは荷台の後方に投げ出される。

 馬を担いだカヌールが凄まじいスピードで荷台を引いて走り出していた。


「な、な、な、なんじゃそりゃあああああああああ」


 ひとまず魔物から距離がとられる、が。


「ジェガンさん!」


 今度はジェガンが魔物共の輪の中に置き去りだ。


「お任せを」


 ベネネが立ち上がった。


(あ、この人は確か、ユーノさんと同じ秘属性――)


「巡る円環の理。其の力、彼の者に貸し与え給え――二つ巴ッ!!」


 ベネネの体が淡く発光したかと思うと、二つの光の玉がぐるぐると回転しながらジェガンに向かって射出される。


 取り囲まれた魔物に一斉に飛び掛かられ、いったんは埋もれて見えなくなってしまったジェガンだが――


 徐々にその中心が眩い光を放ち始める。


「秘剣――菊一文字ッ!!」


 叫び声と同時に、山積みとなった魔物共は粉々に吹き飛んだ。


「ふぅ~……」


 再び、ガラガラと重い所作。剣を鞘に納め切ったジェガンは、大きく息を吐きつくすとその場に座り込んだ。


「ジェガンさん!」


 彼女のもとへ駆けつける。


「すげぇ……これが、ニンフの力……でも、大丈夫ですか?」

「ハァ、ハァ……いえ、心配無用。これほどの力、扱ったことがありませんので少々持て余してしまっただけです」

「あらあらジェガンったら。勇者様の若くほとばしる聖力をぶつけられて、受け止めきれなかったのねぇ」


 意味深な言い方をするのは、唯一力を振るう機会がなかった胸属性のニンフ、タルペ。


「それじゃ、少し私の力を分けてあげましょうね~。がんばれ、がんばれ~……"チア"!」


 タルペが短く詠唱(?)すると、ほわわーん、とジェガンの周囲を光が覆った。


「ふぅ……助かった、タルペ」

「いえいえ~」


 そう言って立ち上がるジェガン。


「さて、お時間を取らせました。出発しましょう、勇者様、巫女様」

「あ、はい……」


 ――


 再び、馬車に揺られ始める。


「むぅ……何もすることがなかった……」

「何を言います、いいことではないですか」


 少しふくれっ面の倫に、交代で荷台に乗りこんだジェガンが諭す。


「ホントですよ、リンくん。こんなに圧倒的なのって誇っていいことですよ! やっぱりリンくんは凄い勇者様です!」

「そ……そ~お……?」


(単純な人だな……)


 ウェスタのフォローで早くも機嫌を直し始める倫。騎士たちはなんとなく彼という人間を理解しはじめた。


「あなたが勇者というものにどのようなイメージを抱いているのかはわかりませんが、実際勇者様の戦いというのは今のようなものですよ」

「そうそう~。だって普通の勇者様が1日に射聖できる回数って~、多くても3、4回でしょ~? 魔物3匹倒しておしまいの勇者様って、それってどうなのよって感じじゃな~い?」

「じゃあこの世界の勇者って、主な役割はニンフに力を与える後方支援――早い話、ベネネさんみたいなバフ係なんだってことですね」

「まぁ、そういう理解であっているでしょう」

「むぅ。まぁちょっと期待とは違ってたけど、そんならそれでしょうがないか」


 倫はしぶしぶ納得した様子だ。


「ところで、神父さんはあなたたち聖官さんに"毎晩聖子を注入している"って言ってましたよね」

「えぇ」

「やっぱり定期的に補給しないとなくなっちゃうってことですよね。もちろん俺が入れた聖子も」

「そうですね」

「それって、どれくらい?」


 うーん、と、少し考えるジェガン。


「普通に過ごしていたら、まる1日はもつのではないでしょうか」

「へぇ……結構もつんですね。じゃ、普通じゃなかったら?」

「私はそんな状況に陥った経験がないのですが、敵に囲まれた死地なんかで戦い続けると1時間程度しかもたないと聞いたことがあります」


(1時間、か……)


 例えば。


 よくあるRPGなんかで、魔王城に突入した勇者パーティ。パーティメンバーは勇者、戦士、魔法使い、僧侶の4人だ。次々と襲い来る魔物たち。勇者たちは必死に戦う。


 普通の勇者なら1日の射聖回数は3、4回だという。もし3回なら、1時間戦って、力尽きた仲間3人に再度聖子を注いで、次にまた力が尽きたらそこでおしまいだ。


 だが、倫ならどうだろうか。


 倫の射聖回数は24回。

 仲間が3人なら、8回も力を補給することができる。


(――圧倒的だ)


 自分の真なる強みはここにある。

 倫は、早くもそれに気づいた。

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