その11 『勇者の魂がエレクチオンする』

(バカだなぁ、私……)


 ウェスタは一人、公園で膝を抱えていた。


(そりゃあ腹も立つよね。いきなり知らない世界にたった一人放り込まれて、『魔王を倒してください』なんて)


(だからこそ私にできることならなんでもして差し上げるつもりだったけれど……意図が見え透いてて楽しめない、かぁ。リン様にはお見通しだったんですね……もぉ最悪。バカすぎて、恥ずかしい……)


 木の枝で地面に絵を描く。


 勇者様がいて、その後ろに自分がいて、魔王と戦っている。


(私も、いつかは……)


「おっ! あの子、可愛くね?」

「バーカ、下向いてっからわかんねーだろ」

「いやいや、シルエットでもう美人ってわかるし」


 思案にふけっていると、突如複数の男の声がした。

 びくりとして顔を上げる。


「おっ! ほら見ろ、やっぱ美人じゃねーか!」

「ひゅー♪ こりゃ今年一番だぜ」

「やっほ、彼女ぉ。こんな夜更けにどうしたの」


「あ、いえ。おかまいなく」


 グイッと鼻を拭い、立ち上がろうとするがその肩を押さえて座らされる。


「ちょっとちょっとぉ。転んだの、彼女ぉ? 鼻血の跡ついてんぜェ」

「ひざも擦りむいてるじゃん。かわいそうに……ンベロォッ」

「ひっ!」

「大丈夫大丈夫、ちょっと手当してやるだけだからよ」

「どれどれ、他に悪いところはァ……」


 適当なことを言いながら体を押さえつけ、服の中をまさぐりだす男たち。


「や、やめてください! こんなことをして、捕まったらただでは済みませんよ!」

「ケヒヒ。そりゃ、捕まったら、な」

「第一俺たち、看病してるだけだしィ~?」


 ウェスタの忠告をゲラゲラと笑い飛ばす男たち。その間もその手は止まらず、徐々に体の下部へと下がっていく。


 そしてついにその体内に侵入せんと、男の一人が手を伸ばしたその時。

 ゴリッ、と、何者かの指が男の後頭部に当てられた。


「う……動くな」

「……あぁ~ン……?」


 指をあてられた男がうっとおしげに後ろを振り返る。


 ――倫だ。


「ンだ、てめェは?」

「動くなって言ってるだろ、撃つぞ!」

「あぁン、撃つだぁ?」


 ウェスタの体を地面に押さえつけていた男たちが、一斉に立ち上がり、今度は倫を囲い込み始める。


(うぉぉぉぉぉ! 怖ぇええええええ!!)


「バラすか、このガキ」

「ウゼー正義マンはどうなるか教えてやっか」

「クク、見ろよこのガキ。震えてやがるぜ」


 拘束を解かれたウェスタが立ち上がる。


「あ、あなたたち! 退きなさい! その方は私が召喚した勇者様。普通の人間なんて相手になりませんよ!」


 その言葉を聞いた男たちは互いの顔を見合わせ――


「ギャッハッハッハッハ!」

「このチビガキが?」

「面白れぇ、やれるもんならやってみろや」


 と煽り、恫喝し始める。

 いよいよ恐怖心が限界を振り切りった倫は、一つ大きく深呼吸をして――


 開き直った。


「……ウェスタ。お前、なんで村のために巫女になろうとしてたこと、俺に言わなかったんだ」


 全ての思考や感情がニュートラルに戻り、ゆっくり、冷静に話し始める。震えは止まっていた。


「あ? んだこいつ」


 男たちは顔を見合わせている。


「リン様? 今、その話は……」

「別に構わないよ。なんでだ?」

「……それは。リン様もおっしゃったとおり、リン様には関係のない話ですから……」

「それでも、言ってくれなきゃわかんないよ。そうだとわかってれば、あんなこと言わなかったのに」


「なに俺ら無視して語ってんだこのガキ!」


 業を煮やした男が倫の肩を掴み、反対の手でボディブローを撃つ。

 鈍い音がして、倫は前のめりに倒れた。


「リン様!」

「……ゴホッ。ウェスタ。俺、こっちの都合を無視して、って言ったよな……すまん。あれ、本当は俺にとっちゃたいした話じゃないんだ……」


 構わず話し続ける倫。


「たいした話じゃない……?」

「あぁ。朝起きて、学校行って、授業受けて、帰ってゲームして、晩飯喰って風呂入ってまたゲームして、寝る。その繰り返し」

「……?」

「つまんねー生活だったよ……将来にだって何の希望もなかった。みんなと同じように受験勉強して高校に入って、またみんなと同じように就活して会社に入って、そのあともきっとこれまでと同じような生活を続けていくんだろうなって」


 ググッとひじを立て、起き上がろうとしたところを上から後頭部を蹴りつけられ、モロに地面に頭を打つ。

 額が切れ、鼻血が出、唇も切れた。痛い。超痛い。


「さっきからグダグダうっせーガキだな」

「そろそろ死んどくか?」


 男が、脇の下から抱えて倫の体を起こそうとする。一人が後ろから体を抱え、残りがサンドバッグにしようというのだろう。

 それでもかまわず話し続ける。


「だから……魔王と戦わせられるなんて超怖いし超イヤだけど……でも、この世界には何が起こるかわからない楽しさがきっと俺を待ってるって。俺はそう思えたんだよ……!」

「ざーんねーん! ボクちゃんを待ってるのは、ここでボロ雑巾にされてくたばる未来でしたー!」


 男が拳を振り上げた。


「だから! 俺を連れて行ってくれ、ウェスタ! 超面白くて最高の人生を、お前の傍で送らせてくれーーーーーっ!!」


 背中から聖翼がドバッと吹き出し、後ろに立っていた男が吹き飛ばされる。

 と、同時に前方から迫ってきた男に指を向けた。


「聖・弾ッ!!」


 極太レーザーが男の腹を貫いて遠く夜空を切り裂いていった。

 男は声も発さず前のめりに倒れる。


「あ……ゆ……勇者……ホ、ホンモノ……」

「やべぇぇぇ逃げろぉぉぉぉっ!!」


 とたんに他の男たちは腰砕けになり、倒れた男を見捨てて転がるように逃げ出した。

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