第50話 49.耳打ちせむとタイタニック号来る

ワード49『耳打ち』。

 僕は耳打ちをするのもされるのも嫌いだ。耳打ちで示す親しみには必ず「排除」が伴っているからだ。コソコソするのもされるのも嫌いな性分で、陰口などは言うのも言われるのも嫌いだし、聞くことすら御免蒙りたい。耳の穴が胃と心臓とに直接繋がっているのだということを、陰口を聞かされた折には実感できるものである。

 だから僕はコソコソとした仕事はしたくない。人の道に反しても、天の道に反しなければ、それは公明正大な仕事だ。命など瑣末だ、天の道を行くものにとっては。

 だが、耳打ちは、ある種の尋問の場面では効果を表すことがあり、その手法は時折しようする。それは、耳打ちの「態」なので、別段、嫌ではない。強制的に従属させられて、肉体的に追い込まれると、人間は、自分のことであっても、尋問者のほうが自分よりも、詳細を知っていると思い込み始める。黙秘しようが、取り繕おうが、目配せ、耳打ち、ほくそ笑み、そびやかし、唐突なフランクな言動、口笛、などといった思わせぶりは、そういう人間をコントロールするブラフとなる。カマをかける必要などない。どこまで知っているのか。何を知りたがっているのか。もしかしたらもう全部知っていて嬲っているだけなのではないのか。

 尋問の継続が、情報の不足を示しているという単純な帰結すら危うくなる。ソディウムペントタールなどに頼る必要はない。こちらに必要なものはみな、相手の脳内で生成できる。つまり、耳打ちに言葉は要らないということだ。

 では俳句をつくろう


 耳打ちす鶯餅を咀嚼して

 耳打ちのくすぐつたさう籐寝椅子

 三姉妹耳打ちし合ふハンモック

 出し抜けに来て耳打ちす秋扇

 耳打ちや片玉無料サングラス

 たんぽゝのこと犬のこと耳打ちす

 耳打ちをされるが如き夏の果て

 耳打ちを思い留めぬ風信子

 蠅生れすぐ耳打ちに来たりけり

 耳打ちの子を振り切つてふらこゝへ

 耳打ちの多い女の師走かな

 短日も一度や二度は耳打ちす

 耳打ちは息と唇そして舌

 耳たぶの冷たきことと耳打ちす

 弁護士が耳打ちのける白扇

 蛍籠揺すり揺すりて耳打ちす

 耳打ちや冬日に髭の喉仏

 耳打ちに韮臭はせて湿らすも

 耳打ちはするもされるも百日紅

 滝口と滝壷いつも耳打ちす


そして、表題句

耳打ちせむとタイタニック号来る

今回はこれで。

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