第8話 AR式模擬戦 孝弘VS璃佳(後)

 ・・8・・

「魔法障壁多重展開!!」


 孝弘の直上に禍々しい魔法陣が現れる。重力喪失は敵の圧殺を目的とし、空気喪失は敵を窒息させ瞬殺させる極めて殺傷性の高い闇属性魔法だ。

 璃佳は極めて短時間に二種類の魔法の詠唱を終えたから、急に魔法陣が出現したに等しい。並以上の魔法能力者でもこの時点で詰みだ。

 しかし、孝弘は首の皮一枚を繋げる対処法を知っていた。彼は璃佳の魔法陣のすぐそばに魔法障壁を多重展開させたのだ。その数は七枚。自身の防御用を残したギリギリの枚数である。


「『小爆発射撃ミニエクスプロージョン・ショット』!」


 加えて、自身の目前で一発の銃弾を爆発させる。当然孝弘は爆発の衝撃で吹き飛ばされ、魔法障壁が一枚犠牲になった。

 だが、この判断は全て彼の策だった。

 璃佳の魔法陣に魔法障壁を多重展開することで衝突がわずか一秒未満だが遅れ、爆風で少し吹き飛ばされたことで直撃を免れたのだ。


「面白いことするじゃんか! ここで終わらせるつもりだったのにねえ!」


 開始から初めて二人の間に十数メートルの距離が開き、少々の会話が可能な時間が生まれた。互いの次なる一手の読み合いの時間でもある。


「なんですかアレ! あんなんとっさに避けるの無理ですって!」


「回避してみせた人間が言うことじゃないけどなあ……」


「魔法障壁が九枚も犠牲になりましたから回避したとはいえないです!」


 んなわけあるか!! アナタは無傷じゃあないか!! と観戦者達は総ツッコミしたい気持ちを抑えていたが、璃佳のあの一撃に文句を言いたくなる気持ちも分かる。この場にいる六五人は全員あの理不尽極まりない技を演習で受けているからだ。初見での生存者は僅かに四名。しかもその四名ですら戦闘不能の負傷判定を食らっている。


(残り時間は一分。即死を防ぐためとはいえ、魔法障壁九枚の喪失は痛いな……。このままだと負けは必須。…………あっちでも二回しか使ったことの無い手だが、三分ならともかく三○秒程度なら反動もほとんど無いしやってみるか。)


「あと一分だよ? さぁさぁ、どうするぅ?」


「ここで決めますよ」


「へぇ? …………やってみな」


「では遠慮なく。『制限解除』『身体強化、六重加速ペンタアクセル』」


 身体からミシっと嫌な音がしたが、発動は短時間だからと孝弘は気にせず璃佳だけを見る。

 身体強化、六重加速。これまでの戦闘では最大で四重加速までしてこなかったが、今はその点を加味しなくても良いし相手は璃佳だ。躊躇している暇は無かった。


「早いっっ!!」


「はぁぁぁぁ!!!!」


 璃佳が驚愕し口に出した時には、彼はもう彼女の目の前にいた。回転蹴りでまずは二枚の魔法障壁を破壊し、璃佳を射線に捉えた瞬間に四発の銃弾を叩き込んでさらに四枚の魔法障壁を破壊した。


「まだまだァ!!」


「早いだけなら、対処可能だって、のぉぉ?!」


 孝弘の次の一手はまたも体術。足払いで魔法障壁を一枚割り璃佳の体勢を崩しにかかった。


「コケると思った?! 残念だったね!!」


「ちぃ!!」


 だが璃佳は転倒しない。デスサイズを柱としてバランスを取り戻した上に地面を蹴って一回転し、キツい蹴りを孝弘に浴びせた。その衝撃力は強く、彼の魔法障壁が五枚割れた。

 が、孝弘もこのままやられる訳ではなかった。


「これを待ってましたよ」


「なぁ!?!?」


 魔法障壁が割れた直後、孝弘は璃佳の左足首を左手で掴んでいた。魔法障壁は囮だったのだ。


「吹っ飛んで、もらいますよっとぉぉ!!」


「ちょおおおお?!?!」


 抵抗させる間もなく孝弘はハンマー投げのようにぐるりと一度回ってから璃佳をぶん投げた。宙に浮いた璃佳を孝弘は追撃。十発の銃弾を注いで彼女の魔法障壁全て破壊し、無防備になった璃佳へさらに二発撃った。


『左腕負傷。使用不可』


「っぶなぁ……」


「くそっ、ギリギリで身体を逸らすかよ普通さぁ……!!」


「的が小さいのが取り柄だからね……!」


 孝弘はさらに追撃しようとするが、ふとある違和感に気付き動きを止めた。彼はじっと左手を見つめていた。


「………………やられました。私の負けです」


『えっ!?!?!?』


 孝弘の突然の宣言にごく一部の隊員を除いて周囲は騒然とする。残り時間はあと一五秒。魔法障壁残数で勝る孝弘が敗北宣告する理由は一見無いように思える。対して、璃佳は孝弘の発言に関心した様子だった。


「よく気付いたね、ソレ」


 璃佳が指をパチンと弾くと、孝弘の手のひらから赤黒い魔法陣が浮かび上がった。観衆の中から、「あぁ……、アレか……」と声が上がった。


「設置侵食型の魔法陣。中身は闇属性でも定番の肉体汚染系。一瞬で猛毒が回るから気づかなくても私の勝ちだったけど、流石はSランク。完全に隠蔽したつもりだったけど、発現ギリギリで分かったかぁ」


「ええ……。AR訓練なら急に死亡判定が出て終わり。リアルなら気づいたら地面にキスどころかあの世の玄関でしょうね……。ちなみにコレを食らったことがある人は?」


 孝弘は後ろにいる隊員達に視線を向けて言うと、チラホラと手があがった。


「気付いた人は?」


 ほとんど手が下げられるが、一人二人ほど手をあげたままの者がいた。挙手をした隊員はコレを食らった時のことを思い出してか、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


「だと思います。私も気付いたのは発動直前で解呪は不可能でしょうね。いや、一つありました」


「おっ? なになに教えて」


「魔法陣が設置された左手首から先を切り落とすことですね。これで死にはしなくなります」


「正解。指揮官としても、一個人としてもね」


「はい。痛感軽減術式行使でとりあえずの会話が出来るようにすれば、副官への引き継ぎも可能ですし、最悪のパターンではありますが戦い続けなくはないです。個人としては死にはしませんから、生き残った先の未来はあります。手首を切断せざるを得なかったといっても、心配かけたことでめちゃくちゃ怒られるでしょうけど……」


「良い決断と思考だね。それでいいんだ。生き残る可能性があるなら、そちらに舵を切ればいい。死なないと解決しない場合以外は、生き残って解決する方策を選ぶべきだから」


「もちろんです。死ぬわけにはいきませんし」


「うん。最後の戦いでもその考えは捨てないでね。さてさて、真面目な話はここまでにして、模擬戦は私の勝ち! いぇーい!」


「お見事でした、閣下」


 場内には拍手が起こる。孝弘も拍手をしていた。模擬戦が終わると、隊員達はやる気に満ちた様子で訓練に戻っていく。孝弘と璃佳の模擬戦を観戦して、あんなふうにするのは無理だとしても、せめて自分にとって最大限の力を出し切りたいと意気込んでいるようだった。


「米原中佐、あっちでちょっといい?」


「分かりました」


 孝弘は璃佳に呼ばれると、立っていた所から少し離れた辺りまで歩いていき、そこで立ち止まった。



「お疲れ様、米原中佐」


「こちらこそお疲れ様でした、七条閣下。改めて、お見事でした。勝てるかなと思ったんですが、最後の手は見抜けませんでしたよ……」


「一○一を率いる長だし、これでも国内でトップの能力者だからね。簡単には負けらんないよ。一つ聞くけど、あの加速っぷりは後先考えてなかったね?」


「もちろん。今までは部隊指揮官として戦闘不能になるわけにはいかないので控えてましたが、今回はその辺の心配は必要なかったので。三○秒程度なら反動もほぼ無いというのもありますが」


「やっぱりね。何にせよ、久しぶりに追い詰められかけた。楽しかったよ」


「私も楽しかったです。いい運動と気分転換にもなりました」


「おっ、なら良かった」


 孝弘の返答に璃佳はにこりと笑った。


「会った時にはぼやーっとしてたからさ。明後日には出発だしさすがに見過ごせなかった」


「…………はい。その、本当にありがとうございました」


「気にしないで。悩んでたコトがコトだし、心にもない発言をするアホもいるのは現実ではある。けど、少なくともウチにいるヤツらはそんなふうには思ってないし、むしろ命の恩人だとすら思ってるよ。何度も米原中佐には助けられたんだから。そうじゃなきゃ、さっきの模擬戦の票数だってあの数になんないし、私じゃなくて米原中佐を応援なんてしないよ。だからまあ、気にすんな。あとね、帰還組のことをキミだけが背負う必要はないよ。いくら大崎の作戦の件があってもね」


「……………………」


「言い方を変えよっか。今は世界を救うことだけを考えろ。大切な人を守ることだけを考えろ。生き残ることだけを考えろ。色々考えるのは終わってからにしな。私もそうするつもりだから」


「そう、ですね」


 後悔に後悔を重ねているのは何も孝弘だけではない。璃佳も同じだ。むしろ背負う部下の数が桁違いな分だけ、重責も桁が違うだろう。

 それに、だ。色々考えるのは終わってから。これも確かに璃佳の言う通りだ。同じように死線を潜り抜けてきた者から言われると言葉の重みが違った。だから孝弘も、自然と頷いた。


「色々と言いたいこともあるだろうし、ボヤきたいこともあるし、あの時こうしてればなんて話は誰でもいくらでもある。けど、それらを語るのは今じゃない。終わってからいくらでも聞くからさ、笑って帰ってこよう? 結婚式、やるんでしょ?」


「そうです。そうでした。絶対にやりますよ」


「うん。楽しみにしてる。――あ、もう一つ言うこと忘れてた」


「なんでしょうか?」


 璃佳は孝弘の隣まで近づくと、ニヤニヤしながらこう言った。


「明日は最終準備で士官連中は忙しくなる。だから、。もしくはをするなら今日がラストチャンスだよ。そうするヤツら多いんじゃないかなぁ」


「そんな映画みたいなことあるわ…………、ありました」


 そういえば午前中に水帆から夜は空いてるかどうかと聞かれていた。表情もどこか浮ついた感じで……。

 孝弘も鈍感ではない。ああ、あれやっぱそういうことだよなあと数時間前のことを思い出す。


「へぇ……? 八時か九時以降の連絡は控えとくね?」


「…………お願いします」


 案の定というべきか。

 最終決戦を控えているからこそというべきか。

 この日の夜が孝弘と水帆にとって、互いの深い愛情を確かめ合う深く長い夜になったのは言うまでもなかった。


 それぞれがおもいおもいの日を過ごしていき。

 出港の日を迎えることになる。

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