第7話 懸念される事象に対し、璃佳は先手を打つ

 ・・7・・

「SA3よりセブンスへ。ミッションコンプリート。茜による封印措置も完了しました」


『セブンスよりSA3へ。よくやった! すぐに回収支援部隊を向かわせる。到着まで四〇秒』


「SA3よりセブンス。了解しました。すぐで助かります」


『付近に待機させてたからね。敵はすぐそこにはいないけど、北へ一五〇〇メートル地点で確認されてる。すぐ後退するようにね』


「了解。支援部隊をこちらでも確認。同行します」


『頼んだよ』


 対エルフィーナ戦は大輝・茜の一方的な戦いで幕を閉じた。

 相手は璃佳が正体を見破ったとはいえ目の前まで潜入に成功したエルフィーナだ。孝弘と水帆が奇襲された件もあって、大輝と茜の二人は脅威度仮判定A+の彼女相手に脅威度Sと相対した時と同様の法撃火力を浴びせ近接戦闘を繰り広げたのである。

 それは結果として正解だった。エルフィーナはどうにかして洗脳魔法を大輝に行使――茜は神に近い領域にある召喚生命体だから洗脳魔法の効果が著しく薄い――しようとしていたからだ。しかし、大輝は一切その隙を与えなかった。さらに茜は絶妙なタイミングで後方から法撃を放ってくる。こうなるとエルフィーナは手も足も出なかった。

 そうして防戦一方にされたエルフィーナは茜の封印術式によって四肢を拘束され一時的に視覚と聴覚も奪われたのである。

 対エルフィーナ戦は大輝と茜の勝利に終わったが、璃佳には別の問題が既に脳裏によぎっていたのである。



 ・・Φ・・

「マルトクは死亡したけどネズミは捕縛。二人の奇襲に呼応して行われている夜間攻勢はこっちが返り討ちにしつつある。最悪の事態は脱したっぽいけど、不味いことになりそうだね……」


 自身への奇襲、本部への奇襲とそれに伴う死傷者の発生、エルフィーナを捕縛した件を報告した璃佳は、ようやく落ち着いて思考回路を回す時間が出来たからか、片付けて元に戻した執務テーブルに腰掛けて一人呟いていた。外には大勢の兵士達がいる。あんな璃佳への奇襲があったからだろう。美濃部大将からの命令という形でいつもの数倍は警護兵が配置されたのだ。

 さて、事態は解決に向かいつつあるから対処方法を考えなければと思っていた時だった。入室許可も無しに慌てて入ってきた人物がいた。前線での対処を終えてすぐさま駆けつけてきた熊川だった。珍しく息を切らしていた。


「ご無事、でしたか! ご無事ですね! 良かった!」


「いや落ち着けよ……。まず水でも飲んだら……?」


「落ち着いていられるわけないでしょう! 無線で事態を耳にしたときは心臓が止まるかと思いましたよ!」


「お、おおう……」


 熊川に数十センチの距離まで迫られた璃佳は気圧されて思わず情けない声が出る。本気で心配してくれている熊川に彼女は、奇襲された時に自分がした事を思い出して少しだけ罪悪感が湧いてきた。エルフィーナを捕らえたということは尋問でアレ《罠に嵌める為の色仕掛け》も記録される可能性があるわけだ。

 それも込みで璃佳はつい、


「ご、ごめん。心配かけたね……」


 と、しおらしい対応をしてしまった。


「七条閣下がご無事で、本当に良かったです……。返り討ちにしたんですよね? そこは流石といえますが。暫くは十分にお気をつけください」


「分かった。分かったって……」


 無線で事の経緯を聞いているはずなのにここまで心配されるとは……。璃佳は彼を変に意識しそうになったが、心中で頭を左右に振ってから話題を逸らすことにした。会話すべきなのはこんなことではないからだ。


「それより熊川中佐。今後起こりうる事態に対して先手を打つよ」


「先手……? 長浜中佐が負傷して治療中。マルトク爆死による死者が七名。重軽傷者が一九名発生したのは憂慮すべきですが、標的にされた米原中佐と高崎中佐はかすり傷と聞いていますが」


「その米原中佐と高崎中佐含めた人達に問題が起きかねないんだよ。マルトクの立場を思い出してみ? ったく、普段ならとっくに気づくのにさあ。まずはお前が落ち着け」


「失礼しました……」


 璃佳からペットボトルの水を受け取った熊川は勢いよく飲んでいく。半分以上を喉の奥に流した熊川は二、三度深呼吸をするとようやく平静に戻ったようだった。


「マルトク。米原中佐達。いわゆる帰還組ですか」


「ごめーとー。既にマルトクのクソ野郎がやらかしてくれてウチがどうなったのか美濃部閣下の耳には入ってる。当然、今頃は伊丹にも速報が入ってるだろうね。そしたら軍上層部……、あーそうだ。軍だけじゃない。政府にも情報が入るね」


「……不味いですね。軍上層部と政府は全員が帰還組に対して良い心象を抱いているわけではありません。ですが、不味いのは七条閣下もではありませんか? 奇襲を未然に防げなかった。と、どうしようも無い不測の事態の揚げ足取ってくる連中もいますが」


 戦時にも関わらず権力闘争が巻き起こるのは世の常である。

 日本もその例に漏れず、表面化こそされていないものの水面下では平時に比べて減ったが無くなったわけではない。と、璃佳は以前熊川に語ったことがある。今回の事象などその権力闘争の格好のエサであり、璃佳の、ひいては七条の足元をすくおうとする輩は存在するのだ。だから熊川はその点を心配していた。

 ところが、璃佳は自分の事はあまり気にしていなかった。


「私? 私のなんて帰還組の彼等を考えれば些末なもんだよ。襲撃はされたけど返り討ちにした上で川島中佐と茜が逃亡したネズミの捕縛に成功してる。失点は最小限に抑えられるよ。いや、もしかしたらネズミの情報次第じゃ失点を黒字に出来るかもね。けど、米原中佐達帰還組はそういかないかもしれないでしょ」


「おそれながら、米原中佐など特務小隊内にいる帰還組は複数の勲章を授与されている功労者です。本人達はあまり好ましく思わないかもしれないでしょうが、いわゆる英雄の部類ですよ?」


「英雄だから問題なの。マルトクはA+ランクだけどSランクに近い人物だった。要するに能力だけなら米原中佐達と同類なわけ。帰還組って点も一緒。そんな力を持つ帰還者が今んとこ理由を掴みきれてないけど、神聖帝国の関与が示唆される形で軍に対して牙を剥いた。死傷者が数十名単位で出て、ウチの長浜は一時戦線離脱の負傷。標的にされた米原中佐と高崎中佐もかすり傷とはいえ負傷。さらに、マルトクの暴れ方次第では弾薬庫への引火も有り得てた。これだけの事実があるからめちゃくちゃに不味いの」


 璃佳が言いたいのは、軍官上層部の大多数が帰還組という一括りにされている存在の、一人とはいえ戦況に多大な影響を与えかねない大問題を起こしたという点にある。揚げ足を取りたい一部の人間にとっては、孝弘達や鳴海家の三人に宏光などが戦功を重ねていようが、彼等のように前線に出ずとも何らかの形で協力している帰還組達がいようが関係がないのだ。

 帰還組の一人たる山岸が、数十名の戦死傷者を出す襲撃事件を起こした。しかも帝国のネズミ《エルフィーナ》が関与している可能性がある。それだけで要素としては十分過ぎるのである。


「なるほど……。だから閣下は先手を打つというわけですか」


「当たり前でしょ。後方の安全地帯でとろくさい権力争いやってる連中に戦争の邪魔されるなんて、たまったもんじゃないっての」(※1)


「もし米原中佐達が前線から外されるか、こじつけの理由で謹慎処分でも受けようものなら大打撃です。長浜中佐が負傷離脱が確定しているというのに、この上Sランク四人にA+ランク四人が抜けたら旅団戦闘団の戦力低下は確実ですからね……」


「旅団戦闘団だけじゃない。戦線全体に影響が出るだろうね。彼等のお陰で救われた部隊はたった半年でいくつあったか、貴官ならよく知ってるでしょ」


「ええ。もちろん」


 熊川の脳内には沢山の部隊の名が浮かんでいた。富士宮、甲府、東京西部、旧首都防衛戦。郡山での西特大もその一つだ。


「そんな彼等が訳の分からん理由で戦線離脱なんてなってみ? 様々な面で士気の低下も避けられない。だから、何がなんでも私は米原中佐達を守るつもり」


「……閣下。まさかですが」


「そのまさか。こんな時にこそ、私の家が役に立つ」


「確かに七条家は支持派閥まで含めて強力なカートですが……」


 九条術士でもトップクラスの勢力を誇る七条家なら単独でも渡り合える実力がある。だがそれだけでは面倒くさい連中を相手にするには一抹の不安が残ると熊川は感じていた。璃佳は七条家の筆頭後継者で当事者だからだ。出来れば第三者にあたる組織か家がいれば心強いのだがとも熊川は思っていた。


「七条だけじゃない。もう一枚手札を使う。ほら、ウチにデカい借りがある家があるじゃない。お父様がいつまでも貸した側のままでいたくないがここぞという時に高く使いたいってヤツ。今回がその時。最終的には国益になる使い方だと思わない?」


「…………えっぐい使い方しますね。ですが、私も賛成です。今が使い時かと」


「でしょ。そうと決まればすぐ動く。熊川、悪いけどメドがつく明け方まで副官として頼んでいい?」


「喜んで。お任せください」


「助かる。じゃ、早速始めようか」


 この手の行動は一分一秒でも早い方がいい。

 璃佳は疲労と心労が残る身体を強壮魔法でごまかしながらも、各所への連絡を始めた。


※1 とろくさい

美濃弁や尾張弁で『馬鹿らしい』『あほらしい』という意味の方言。璃佳の出生・出身地が岐阜なので、ごくまれについ方言が出てしまうことがある。


※2022/08/22

一部描写の修正をしました

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