第11章 北関東・会津郡山方面奪還作戦編Ⅱ

第1話 補給と輸送と兵站

 ・・1・・

 第一戦線にDHDが出現し討伐されてから三日後の一月二七日。一旦前進を止めていた第一戦線は行動を再開した。第二戦線が約半日の作戦計画遅延に対して、第一戦線は約二日の作戦計画遅延であった。なお第三戦線は第一戦線の作戦計画遅延に伴ってこちらは約一日半の遅延であった。

 ここで各戦線の作戦状況を整理しておこう。三つの戦線における進行状況は下記のようになっている。



《第一戦線》

 一月三〇日現在、第一戦線の最前線は須賀川市南部まで到達。強襲空爆作戦を郡山市街に対して実施し郡山市のマジックジャミング装置を破壊。これにより二本松市周辺まではレーダークリア。観測が可能となる。

 レーダークリアによって判明した敵兵力数は、CTが約九五〇〇〇〜一〇〇〇〇〇。神聖帝国軍が約一個師団。監視衛星の観測から属国軍と推定される。

 二七日から三〇日にかけて約一五〇〇〇のCTを殲滅したが、減少量は実数以下の約一〇〇〇〇程度。多数では無いものの仙台方面からのCT流入の可能性が考えられる。

 懸念されているCT二型の割合は約三〇パーセントと推定される。

 第一戦線全軍の死傷者数は作戦開始から累計で約一〇〇〇。福島市到達まで関東方面からの兵力補充予定は無い。

 敵兵力減少量が想定より少ない為、今後さらに最大で半日ほど作戦計画遅延が見込まれる。


《第二戦線》

 一月三〇日現在、第二戦線の最前線はいわき市南部泉地区方面まで到達。いわき市に設置されていたマジックジャミング装置は破壊済みで、いわき市全体のレーダーはクリア。

 いわき市周辺に展開している敵兵力はCTが約四五〇〇〇。神聖帝国軍が約一個旅団。属国軍と推定される。

 二七日から三〇日の戦闘でCT約七〇〇〇を殲滅し実数程度に数が減少している。

 懸念されているCT二型の割合は約二五パーセントから約三〇パーセントと推定される。

 第二戦線全軍の死傷者数は作戦開始から累計で約八〇〇。

 第一戦線と比較して作戦計画遅延は小さいものの、最大で約一日の遅延が見込まれる。


《第三戦線》

 一月三〇日現在、第三戦線は猪苗代湖周辺過半部の制圧を完了。二月初頭には郡山市奪還に向けて敵に対して二正面作戦を強いる事が可能になる。

 二七日から三〇日の戦闘にかけて大半のCTを殲滅し、少数ながら存在していた神聖帝国軍の部隊は粉砕。猪苗代湖方面の安全は確保されたも同然の状態となる。

 懸念されているCT二型の割合は猪苗代湖方面で約一五パーセントと会津若松市周辺に比して少なかった。また、CTそのものの流入もほぼストップ。第一戦線へ兵力を振り向けているか、郡山西部で敵数が増大していることから防備に集中していると思われる。

 第三戦線全軍の死傷者数は約三〇〇。

 作戦計画遅延はこれ以上拡大しないと考えられる。



 このように三つの戦線において当初より進行に遅れが出ているものの作戦が破綻するようなことは無く、少々の問題を抱えながらも着々と奪還領域を広げていた。

 だがしかし、早くも今後の作戦に対して一抹の不安を抱かせる要素が垣間見えるようになっていた。

 それは最前線より後方、第一戦線の兵站線を支える一大物資集積基地となっていた宇都宮で起きていたのである。



 ・・Φ・・

「第一戦線から要求されている砲弾薬類に魔力回復薬量が増大しているだって?」


「はっ。はい。約一割ほど増えています」


「困ったなあ……。早速余裕分が埋まってくるレベルじゃないか」


 日本陸軍参謀本部後方参謀部の参謀、樫澤大佐は部下からの報告を耳にしてため息をついていた。

 樫澤大佐は宇都宮市の陸軍宇都宮基地とその周辺に置かれた軍物資集積基地で責任のある立場である。こと兵站については自分の上には統括責任者の少将しかおらず、自らの報告次第で前線へ供給する物資・弾薬等の量が変えられるのだ。彼は生真面目な性格に加えて海外派兵時に前線に近い所での軍務経験もあったから、前線からの要求が少々誇張されていても決して過大なものでは無いと思っていた。DHDの出現などという不確定要素が発生したからなおさらだろうとも。


「急に増やせと言われても難しいぞ」


「向こうも承知の上での要求かと。なんでもCT二型の存在が判明して銃弾の消費量が増えたとか。砲弾類については思ったよりCTの数が減らないのが原因と」


「つい一昨日に対空ミサイルの補給要請があったばかりなのにか?」


「あれは別口です。怪獣モドキのせいですから」


「そうだったな……。食糧や消耗品などの補給物資の要求量はどうだ?」


「変更無しとのことです」


「変更無しか。ふむ」


 樫澤大佐は安堵の息を吐き出した。兵器類の補給だけでなく消耗品系の補給物資まで増やせと言われたら無理と返すつもりだったからだ。


「……ここ宇都宮の物資集積基地と那須塩原の中継デポの余裕分はあとどれくらいある?」


「宇都宮の基地は大宮方面から届く物を続々と入れていますがまだ問題ありません。那須塩原の中継デポは今後の作戦遂行に備えて規模を拡大化させていますからそうですね……。従来より二割までなら許容量です」


「それ以上来たらどうする?」


「基地収容能力は宇都宮で三割半までなら、那須塩原なら三割増までなら対応出来ます。ただ、輸送面で問題が……」


「そっちだよなぁ……」


 基地収容能力を上げても補給の足枷になるのは輸送力だ。モノを運ぶのには動くハコがいるからである。今回問題になったのはこちらだった。


「予備兵力を向かわせるだけでなく、負傷した将兵を後送させる輸送も必要になります。そこが割食ってもいいのなら、少々増やせますが……」


「兵力供給に支障を来たしたらあかんだろ。さりとてトラックは急に増やせんし、輸送人員も同様だ。空輸能力はどうだ?」


「DHDの後片付けで福島空港の機能回復が遅れていますので、現状では那須塩原にヘリ直通させるしかありません。福島空港が機能回復したとて道路をどうにかしないと意味が無いですし、何より福島空港周辺は郡山市を抑えないとフル稼働は難しいかと。北空域の安全確保がなされていません」


「となると、最大許容範囲は」


「先に申しました二割が限度です。これ以上は無理だと言うしかありません。那須塩原から北への輸送路もまだ仮開通で、本格開通は数日後ですから、正直今回の一割増も厳しいです」


「そうかぁ……」


 樫澤大佐は湯呑みに入った温かいお茶に口をつけて天井を見つめる。

 どうにかして前線が要求した通りの物資を届けたいが、あっちを立てようとしてもこっちが立たず、こっちを立てようとするとあっちが立たずの状況だ。

 CT二型出現のせいで作戦開始から早晩こうなるとは思わなかったが、実はまだマシだというのが樫澤大佐の見解だったりする。要求量はこの際置いておいたとしても、まだ補給に大きな支障が無いからだ。

 どちらかというと問題はこの後と樫澤大佐は思考を巡らせる。例えば、仙台奪還の辺りになった時とかだ。

 また課題が増えたな……。と心中でボヤきつつも、返答を欲しがっている部下に樫澤大佐はこう言った。


「前線には七パーセントまでは何とかしてみると送ってくれ。後々の事も考えると、一〇パーセントは厳しい」


「了解しました。七パーセントで伝えます」


「頼んだ。ああ、それと」


「何でしょうか?」


「今後の輸送計画を少し見直してくれ。福島空港の機能回復、那須塩原中継デポの拡大、宇都宮拠点の稼働率約九五パーセント、輸送力を五パーセント増にした結果の最大供給量で想定してみてくれないか? そうすれば前線にこれ以上は難しいと先に言えるだろう。今がこれじゃあ仙台の時に何が起こるか怖くてたまらんしな」


「はっ。了解しました。早速後方参謀部で計算します」


「よろしく頼む」


 彼の部下は敬礼をすると部屋から退室していった。

 誰もいなくなったのを確認すると、彼はこの日で一番大きなため息をついた。


「第一でこれなら第二も大変だろうし、輸送路と輸送力の限られる第三もしんどくなるだろうなあ。まあ、第二は仙台までの話だし第三も郡山で合流してしまえばこっちと合算で輸送力を計算できるが……」


 樫澤大佐はデスクにしまっていた写真を取り出す。そこには本部の後方参謀部にいた面々が写っていた。


「一〇一魔法旅団戦闘団に行った糸貫も苦労してそうだな。あそこは陸路が仮開通で一部を空輸力に頼ってるだろうし。郡山の件が落ち着いたら連絡を取ってみるか」


 一人挟んで左側に写っていた糸貫を見つけて、彼はそう思いつく。糸貫は樫澤大佐にとっては本部時代の直の上官にあたる。故に交流もあったから、前線にいる彼女が元気にしているかどうか少しだけ心配していたのである。


「さて、と。部下の心配も程々にして仕事しないとな」


 彼は独りごちると端末の操作に戻る。今日も然るべき場所に然るべき量を届けるために。要求量全てとは言わずとも、ある程度の増量が認められるよう上官を説得させる資料を作るために。


※2022/05/19

用語の一部を変更しました。

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