第4話 孝弘と宏光の日記《2037年1月5日より抜粋》

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【米原孝弘の日記・2037年1月5日】

 帰還したらまたやろうと思ってた日記代わりにしていたアプリが、このご時世で使えなくなっていた。だから代わりに紙へ書き留めておくかと思い始めたけれど、もう1ヶ月も続いてることにびっくりしている。毎日は難しいかもしれないけれど、何かあったら書きためておこう。

 てわけで、早速書き残しておきたい事があったから、今日は日記を書くことにした。


 今日は第101魔法旅団戦闘団の幹部連の会議があった。作戦の内容などが話された。後方部隊も含めて精鋭揃いの旅団戦闘団だから激戦地に赴くことは既定路線だろうけど、これからも勝てるはずだ。勝てなければ奪われたままなのだから。


 会議のあとは地球世界では初めて正式に率いることになる部隊、特務小隊の面々がいる小会議室に行き幹部連会議で話された内容を伝えることになった。

 メンバーの半分以上は第1特務からの選抜で、水帆達を入れれば4分の3以上は見知った顔。ただし残り4人は初めて会う人だ。

 九十九里組と呼ばれている3人は街中にいたらおじさんと思われるだろう男の人と、俺より少し若い兄妹だ。異世界帰還おじさんこと慎吾少佐は私服だったら普通の人に紛れそうなくらいに見えるけど、彼は本物の能力者だと思う。

 九十九里方面における戦闘記録を見れば明らかだし、CTのキルスコア数はとんでもない数値になっている。これは慎吾少佐を先生と呼ぶ兄妹もそうだけど、これだけの戦闘をこなしておいてかすり傷程度で済んでいるのだから驚きだ。

 異世界における経験は申し分無し。九十九里での戦闘記録も文句無し。それでいて三人とも人格面で特に問題無しなのだから、とても頼りになるだろう。特に慎吾少佐は俺より十数年長く生きている。異世界での経験も俺達と似たような場数をこなしているようだから、様々な面で参考になるだろう。


 あと1人は金山中尉だ。やや小柄な女性とほぼ同じ体躯。衣服と髪型次第では女性と言われても違和感が無い彼は、前情報が政府帰還者保護チームと魔法軍が聴取した内容しか無かったから、会う前までの判断材料は少なかった。

 気になったのは彼の経歴だ。かなり向こうの世界で苦労していたらしい。もう一人の転移者に相当振り回されたようだ。結構辛い目にも遭っていたとか。

 魔法軍の聴取結果欄に「軍人として適性はあると思われるが、異世界Lにおける数々のネガティブな経験によりやや人間不信の様子が見られる。特に帰還組のような転移者に対する偏見が強い。物事に対する考え方も少々悲観的であるが、これは故郷の旭川が神聖帝国に占領されている点が影響している可能性アリ。復讐に傾倒しないよう、要観察を」とあったから少し警戒していたが、実際に話してみると心配するほどの要素は無かった。


 確かに俺のような転移者に対して第一印象は良くなかったようだけど、彼自身水帆達と話して考えが変わったようだ。偏見が少しでも和らいだのなら結果オーライだろう。

 けど、裏を返せば他の転移者に対しての印象は悪いままだろうし、故郷が神聖帝国に奪われたままという要素も時には彼を不安定にさせるだろう。

 帰還してまだそう経っていないのもある。暫くの間は彼への精神的なケアはしていこうと思う。いざ戦地に赴けばそれも難しくなるかもしれないが。


 とりあえず、彼の事は七条准将にも定期的に相談してみよう。アルストルムでも地球世界でも報連相は変わらないし。


 追記

 福島に向かう日にちも決まったから、伊丹基地食堂名物『粉もんセット』はもうあと1回食べておきたい。アレは美味かったし、しばらく味を忘れないようにしたいしな。



【金山宏光の日記・2037年1月5日】

 異世界で気を紛らわせる為に書いていた日記を帰還してからも続けてるけど、一度習慣になると書ける日は書きたくなるのは戻ってきても変わらなかった。忙しくてバタバタしていた日以外は日記を残しているし、今日もこうして書いている。


 日本軍の総司令部たる伊丹に来た翌日。早速僕は新しい部隊の人達に会うことになった。部隊名は『第101魔法旅団戦闘団本部中隊付特務小隊』。長いから特務小隊って書こう。毎回正式名称にしてたら面倒だし。


 特務小隊は簡単に言っちゃえば精鋭中の精鋭が集まる部隊で、たった20人の小隊にSランクが4人もいる。普通ならありえない編成だけど、旅団長の七条准将(ああいう人を合法ロリって言うんだっけ。目の前で言おうモンならしばかれそうだけど)が去年の秋に引っ張ってきた人材らしく、最精鋭を前線でフル活用出来るようにする為なんだとか。


 で、そのSランク4人と九十九里組と呼ばれている3人の内1人(残り2人は帰還者と一緒に来る事を選んだ異世界出身者)の計5人は僕と同類。つまりは帰還者らしい。


 初めてそれを聞いた時、僕は凄く警戒した。何せ転移者だとかあの手の連中はとにかく信用ならない。あっちで散々酷い目にあった事で証明済みだ。


 けど、七条准将の話を聞くと、どうやらマトモな人らしい。極めて軍人的で好意能力者の責務も良く果たしている。能力は言うまでもなし。性格的にも問題なく、周辺とのコミュニケーションもそつなく取れており、関係性はまあまあ良好。4人で行動する事が多いが、他部隊員との意思疎通も難なく取れる。総合的に判断すると、軍としては失ってはならない貴重な人材である。これが新しい上官を含めた転移者の情報だ。九十九里組のおじさん少佐も先生と同行組に呼ばれるくらい慕われているから、まあこっちはあんまり心配してない。現地の人間に好かれてるんなら、個人的な経験からすると、良い人間であると思えるからね。


 新しい上官の上官が悪い人じゃないと言うんだから、ちょっとだけは信用してみるか。

 そう思って実際に会って話してみたけど、皆めちゃくちゃいい人だった。あのクソ勇者と比較に上げるのが失礼どころのレベルじゃないくらい、いい人達だった。僕の話をよく聞いてくれたし、帰還者同士だからと気にかけてくれていそうな様子だった。たぶん異世界での境遇を書類で読んで、その上で同情もしてるんだろうけど、腫れ物にさわるような扱いじゃなかったから悪くは思ってない。会って初日にこの感情を抱けてるんなら、たぶん大丈夫だと思う。


 ただ、一つだけ米原中佐にあることについて釘を刺された。旭川が神聖帝国に占領されてることだ。

 君の異世界での経歴と書類からしかまだ判断してないけど性格面から先走ることは無いし無意味な独断専行を嫌っているから大丈夫だと思うけど、復讐に囚われたりだけはしないように。


 そう言われた。まあ言わんとするのは分かるんだよね。未だにCTとは遭遇してないし、神聖帝国軍とやらも見たことないけど、故郷を占領したヤツらを憎くは思ってる。やっと異世界から帰ってこれたと思ったらこっちも戦争なんだから、腹も立つし。


 なんというか、米原中佐達帰還者や小隊の人達は皆良い意味でお人好しなんだと思う。米原中佐については七条准将に見してもらった書類に『異世界において上官として苦しい判断を直ぐに決断した。時には少数の部下を見捨てて多数の部隊を救う覚悟がある』ってあったから、いざって時は冷酷な判断もするんだろうけど、普段はただの良い大人っぽそうなんだよね。

 他の人もそう。皆ちゃんとした軍人だ。それぞれ欠点があるかどうかまではまだ分かんないけど、いい人なんだろう。だから、僕はこの部隊については悪くない居心地でいれると思う。とりあえず、最初の懸念は払拭出来たって感じかな。


 明日は早速小隊で訓練をやるらしい。米原中佐達4人は高級課程なんたらプログラムがあって忙しいからやれる時にやっときたいんだとか。


 明日の訓練、色々と見させてもらおうと思う。

 何せまだ、僕は新しい部隊の人達を完全には信用までしていないから。初日でそこそこ信用してる時点で、人間関係的に悪いことは起きないと思うけど。

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