第3話 本部付特務小隊
・・3・・
第一〇一魔法旅団戦闘団の大隊長クラス以上による幹部連会議が終わると、それぞれが自身の部隊のミーティングに向かう。その中で孝弘は彼等と同様の行動を取っていた。
自己紹介を兼ねたミーティングが終わったであろう小会議室は同じ建物内でフロアが違うだけだからそう遠くはなく、すぐに部屋に到着する。
小会議室からは賑やかしい声が聞こえる。どうやら特務小隊内のコミュニケーションは出だしは上々のようだ。
いくら編成された小隊の、自分達四人を除いた多数が第一特務からとはいえ初めて顔を合わせる人もいるから、自分がいない間どうだろうかと少しだけ気になっていた。
扉を開ける前から聞こえてくる声音から問題なさそうだと感じた孝弘は、少しだけ微笑んで扉を開ける。
「皆お待たせ。思ったより少し早く終わったよ」
孝弘がドアを開けた時に起きた反応は三種類。
一つ目は水帆達三人で、いつも通りの挨拶の仕方。お疲れ様の言葉も添えられていた。
二つ目は特務連隊から配置転換された一二人で、こちらは「お疲れ様です」と言いつつ孝弘に敬礼をした。
最後は孝弘が書類でしか見た事のない四人だ。三人は固まって何かを話していたようだが、孝弘が来てから敬礼をする。男性二人と女性一人で、うち男性一人は孝弘より明らかに歳上といった見た目。男女二人は同じ歳だろうか。孝弘より少し若い。
もう一人は特務連隊からの配置転換組に良い意味で――歓迎の意思がよく現れていた――可愛がられていた。背丈はそう高くない。知花とほぼ同じくらいだ。孝弘は彼を書類で予め成人男性と知っていたが、何も言われなかったら未成年と思っていただろうし、格好によっては女性と間違えたかもしれない。そんな男性だった。
その彼も、孝弘が来ると表情を引き締めて模範的な敬礼をしていた。
「こっちも一通り自己紹介が終わって話題が区切れた所だったからちょうど良かったわ。さーて、隊長殿。まずは何からするのかしら?」
水帆はわざとらしく砕けた口調で言うと、孝弘も映画の役者のように大仰に「そうであるなあ……」と言ってから、
「会議にのぼった作戦について話をする前に、初めて顔を見る人達の事を知りたい。四人の事は既に書類である程度を知ったけど、やっぱり直に本人の口から聞きたくてね。名前と階級に能力者ランク。後は四人とも帰還者か同行者だから、簡潔に向こうの世界でどう過ごしたかとこっちに来てからどう過ごしたかを教えて欲しいな」
孝弘は四人に視線を向けると、彼等は首を縦に振って誰から話すか少しだけ相談する。
最初に口を開いたのは「年長者だし自分からですね」と言った男性、異世界帰還おじさんこと鳴海慎吾だった。
「初めまして、米原中佐。私は鳴海慎吾、九十九里における戦闘で功績を認められたということで特任大尉から魔法少佐に昇格しました。能力者ランクはA+ランク。もう少しでSランクらしく、四〇過ぎのこの歳でも成長するものなのかと嬉しく思いますが、戦時であることを考えると少々複雑です。得意属性は無属性。魔力弾の扱いに長けてます」
「おぉ、無属性は珍しいね。九十九里の方からデータは貰ってるけど、素晴らしい魔力密度だと思ったよ。しかも精度も申し分無い。活躍を期待しています」
「はっ。自分はあちら側でここにいる二人の教師役みたいなものも務めておりました。彼等には帰還前からこちらの一般常識や高校卒業レベルまでの学力も身につけてもらっており、戦争が無ければ大学に通いたいと言っていたので、知識面も問題ないかと」
「なるほど。それはありがたい。引き続き二人の後見役を頼みます」
「勿論です。親代わりみたいなものでもありますから、戦争が終わっても二人が独り立ちするまでは暮らすつもりでしたので」
「その為にも早く戦争を終わらせたいね」
「全くです。軍人になった私が言うのもおかしな話ですが、戦争は向こうで散々やってきてもう十分だったので」
「少佐の気持ちはとても分かるよ。これからよろしく」
「はっ」
「次に話してくれるのはどちらかな?」
「自分からいきます」
そういったのは双子の兄、アルトだった。
彼は気をつけの姿勢になると日本軍式の敬礼をする。
「鳴海有都、先日特任中尉から魔法大尉となりました。能力者ランクはA+。自分もあと少しでSランクになるようで。得意属性は雷。主武装は魔法長槍ですが、杖による魔法も少々心得てます。自分は妹と一緒に先生、少佐と来た同行組になります。向こうでは小貴族の家系出身でした。先生は命の恩人であり、恩師でもあります。なので、こちらの世界に来ました。宜しくお願い致します、米原中佐」
「自己紹介ありがとう、有都大尉。近接戦が得意な者はこの世界ではそう多くなくてね。けど、この戦争では近接戦の重要度が戦前より増している。活躍を期待しているよ」
「はっ!」
「ちなみに、将官を前にしたような振る舞いをしてくれて申し訳ないけど、俺の前ではそこまで畏まらなくてもいいよ。流石に公の場ではそれくらいの形はしてもらうけど、普段はもう少し砕けても構わない」
「助かります……! 向こうで貴族でしたから所作は多少心得てますが、どうにも堅苦しいのは苦手で……。一人称、でしたっけ。俺って使わさせてもらいます」
「うんうん、それでいい。よろしく」
「はい!」
「それじゃあ次は華蓮大尉」
孝弘は華蓮の方を向くと、彼女も兄と同じように敬礼をする。
「はっ。私も少し楽な形で話してもいいですかー?」
「もちろん」
「助かりますー。私は鳴海華蓮。階級は先日特任中尉から魔法大尉になりましたー。能力者ランクはA+で、あとちょっとでSランクらしいです。こっちの計測器は詳しく分かって便利でいいですねー。得意属性は風。主武装は化合弓、コンパウンドボウになります。実矢も使いますが基本は魔力生成矢を使用するので、魔力さえあれば困らない中距離担当になれるかと! 反面、近接戦はあんまり得意じゃないので、その時はカバーをお願いするかとー。あちらではアルトと同じ境遇ですから省略しますねー」
「化合弓使いも中々に珍しいね。しかも魔力生成矢使用かつ風属性で射程延長するから最大射程は小銃並というのも心強い。正確無比な攻撃が得意ってことだから、音を立てずに攻撃なんて芸当も出来るだろうし、頼りにしてるよ」
「はっ! お任せくださーい!」
カレンの元気な返答に孝弘は微笑んで頷くと、最後の一人、小柄な男性の方を向く。
先の三人は九十九里における戦闘の際の報告物もあるから書類である程度を知ることが出来たが彼は別だ。戦闘データは彼が語ったとされる異世界の経験しか無かった――無論、こちらで事前の訓練はされているからそのデータはあるが地球世界の実戦データはほぼ無い――ので、少しだけ詳しく聞くつもりだった。
「最後に金山中尉。よろしく」
「はっ。僕は
金山宏光。二三歳。彼の特徴はその外見といえるだろう。本人曰く、異世界では女装して潜入任務をこなす事が二度ほどあった。というくらいに容姿が整っており、化粧を施して服装も変えれば確かに女性に見えてもおかしくない。可愛い子好きがいたら間違いなく標的にされるだろう。なお、当時の潜入任務について本人は渋々だったらしい。趣味嗜好的な意味で元から女性的な服装をすることが無かったのだから当然ではある。
宏光は孝弘と同じ帰還者であるが、彼の場合は地球への帰還が一一月下旬と孝弘達に比べて二ヶ月ほど遅かった。政府帰還組保護チームが彼の存在を察知したのは比較的早く、一二月初頭には登録と保護を実施。その後、宏光と魔法軍は面会を実施し、今後について考える時間が少し与えられていた。
一二月上旬、宏光は魔法軍に入ることを決意する。理由は二つあった。一つは、元々魔法能力者だったから能力者としての責務は知っていた点。最も大きい理由は唯一の肉親たる祖父がこの戦争の少し前に病気で亡くなっており、その祖父と自身が愛していた故郷たる北海道旭川が戦禍にみまわれ、今も神聖帝国の占領下にあるからだった。旭川を奪還した際には自宅に行きたい。それが彼の戦う理由だった。
一二月下旬。璃佳は彼と面会。魔法軍本部の推薦する能力者だったから大して心配していなかったが、実際に話してみて人物的にもあまり問題は無いと判断。復讐による感情への悪影響は自分や孝弘達でカバーすれば良いと思い、第一〇一魔法旅団戦闘団への編入が決まったのである。
このように彼自身が軍に入ったのが比較的最近だったこともあり、孝弘達が彼のことを知ったのは特務小隊が編成された時で前情報は当然少なかった。孝弘が会議後にこの場を設けたのも、知らないことが多い彼を自分の目で判断する為といった理由もあったのだ。
「二属性が得意なら十分すぎるくらいだ。複合魔法も使えるとの事だし、書類に目を通してみたら、向こうでは時代水準の割には個人行動より集団で戦うことの方が多かったらしいな。特務小隊は場合によって個人で戦う事もありうるけれど、基本は班単位から小隊単位で戦うことが多い。集団行動に重きを置いていたというのなら、軍人として重宝される存在だから助かるよ」
「いくらあちらの世界で個人能力主義があっても、いざ戦争になれば個人だけではどうにもならない事もありましたので。その、一つよろしいでしょうか?」
「どうぞ。何かな」
「これは正直な感想なのですが、失礼を承知で言うとここにいる帰還者と同行者の方々含め皆さんがとてもマトモで安心しました。米原中佐などの四人と、鳴海少佐方三人がです。米原中佐の場合は今判断しましたけど」
「へえ。その理由は?」
事前に資料で知っている上で実際に先程まで話をしていた水帆達三人と慎吾達三人の表情をちらりと確認してから、孝弘はあえて質問をした。六人の顔つきが、彼の事情を知った上で彼を悪く思っていなさそうで、どちらかというと同情の念が垣間見えたからでもあったが。
「僕がいた異世界には僕以外に転移者がいたのですが、ソイツは勇者と呼ばれてました。事実、僕に比べてバカみたいに強くて、存在がチートかよ。と思ったくらいです。ただ……」
ここまで言うと宏光は当時を思い出したのか盛大なため息をつく。孝弘は大体どんな話になるか察したがこう言った。
「人格面に問題があったと?」
「超がつくほど問題アリでした。典型的なクソ野郎ですね。ヤツがやらかしたことの後処理と調整がどれだけ大変だったか……。自分で言うのも変ですけど、今みたいに性格が捻くれたのもソイツのせいです。転移者とその周辺で持ち上げる大馬鹿者達を人と思わないくらいには曲がりました」
「心中察するよ。ちなみに、その勇者は?」
「ゲームとかで例えるなら、終盤で死にやがりました。僕達の忠告を無視するわ、逆ギレして僕達の事を勇者の名において叛逆者とするとか言い出して敵をけしかけさせるわ、挙句の果てに勇者パーティーは一人残らず死にやがるし……」
「でも、君は帰還した。それは、勝った。という事だよな?」
「ええ。僕は元々あちらじゃサポーターで、あちこちと利害調整はしてましたし、それがきっかけで各国とのコネクションは持っていました。それをフル活用して、勇者の所業の後始末をしたって感じです」
「具体的には?」
「勇者が死んだのを利用しました。魔王軍の卑劣な行いによって勇者達は死んでしまった。我々はここで屈してはならない。力ある者達よ、真の勇者達よ立ち上がれ! と各国を煽り、実力者達を編成して特殊部隊を編成。その上で各国軍を一時的に大量動員して力技で潰しました。…………もうあんな経験はしたくないですね」
死んだ魚のように光を失った瞳で語る宏光だったが、彼が成し遂げた事を一度聞いているはずの特務小隊の面々ですら今の話を改めて聞いて尊敬の眼差しを送っていた。もちろん、水帆達や慎吾達もである。
孝弘も彼等と似たような表情になっていたし、その大変さを知っているだけあって歳だとか関係なく宏光を尊敬に値する人物だと感じていた。
「金山中尉、君はとてつもなくすごいな……。それを成し遂げられる者は早々いないよ。俺達も似たようなことはしたけれど四人で分担したし、実際に動いたのは所属していた国で俺達は呼びかけただけだ。ところが君はそれを自分が主軸になって動いた。金山中尉、君は勇者という単語が嫌いかもしれないけど、俺達の中では君こそが勇者だと思うぞ」
「…………そういうとこですよ」
「えっ?」
「そういうところが、ここにいる皆が凄くマトモに思った理由です。むしろ、すげえいい人じゃんって思って、評価して貰えたのが嬉しくて。帰還したら地球は戦争してるし、故郷は訳の分からない異世界連中に占領されてるしでロクでもないと思ってましたけど、少なくとも日本軍は最低でもマシな人で、大抵はめっちゃ良い人で。あっちの世界はロクでも無い連中ばかりに苦労させられたので、ホント、今は言い組織に入れたんだなって。まだ戦う前ですけど。あ、やば。思い出したらうるっときた……」
人並み外れて数多くの苦難を経験してきた宏光はにへら、と笑いつつも目頭を抑えていた。
(ああー……、この姿は母性の強い女性の庇護欲が掻き立てられそうだな……。ていうか、一人そんな感じの人いるし……)
「ねえ、孝弘」
孝弘のすぐ側に寄り、小声で耳打ちしたのは水帆だった。
「ん? なんだ?」
「彼、女性だけじゃなくて特定の嗜好の男性からでもドストレートだから上官としてもアレコレの配慮と周りへの注意をしといた方がいいわよ」
「真顔でなんて事を言うんだよ……」
「だって、ねえ……」
「いや、分かるけどさあ……」
自己紹介があらぬ方向へ話が曲がった気がしないでもないが、これから共に戦う者達の人となりを知る良い機会になったのではないかと、とりあえず孝弘は結論付けることにした。
ちなみにこのあと宏光を慰め、やっと彼が立ち直ったのは一五分後のことで、それからようやく先の会議で話された作戦内容を孝弘は伝えることが出来たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます