第11話 戦力の選択と集中

 ・・11・・

 12月19日

 午後2時前

 兵庫県伊丹市・日本軍統合司令本部

 中澤大将執務室


 孝弘達が伊丹に戻ってきた翌日の一二月一九日。先に伊丹へ戻ってきていた璃佳はこの日の昼過ぎ、中澤大将に呼ばれ彼の執務室にいた。

 二人は執務室にあるテーブルを挟んで置いてあるソファに向かい合う形で座り、軽い世間話を終えると、二つある話題のうち一つ目の話をし始めていた。


「米原中佐達四人だが、無事帰郷から戻ってこれたな。家族の了承も一応は得た形だと聞いている」


「はっ。はい。四人とも能力者の家系である事に助けられました。『高位能力者の義務』は魔法能力の高低に関わらず浸透しておりますから、真意はどうあれ承諾が出たのは良いことです。彼等は二〇代後半で軍人なのですから果たすべき責務は心得ているでしょうが、両親にとっては奇跡的に生きていた息子や娘の命ですから、思うところはあるでしょう」


 いくら孝弘達が成人をとっくに迎えていたとて、父母にとってはいくつになっても息子や娘に変わりはない。孝弘の両親が彼の再度の戦場行きに思うことがあったように、他三人の両親も同様だった。

 両親共にBランク能力者で魔法科高校系の教師である水帆の家や、旧士族家系の分家筋にあたり『高位能力者の義務』について四家族の中では一番理解している大輝の家はともかく、両親共にC+ランク能力者で軍人との接点も薄い知花の家は少々渋ったらしい。

 しかし知花の意志が非常に堅く――彼女の両親は彼女が非常に頑なで意志を曲げないことに驚いたとか――、大切な人を守れないで何が高位能力者か。と、相当な勢いで両親を説得したらしく、結果として知花の両親は事故前の優柔不断さはすっかり無くなり強固な決意を語った彼女を信じて送り出すことにした。無論、五体満足で帰ってくること。帰ってきたら夫となる大輝の顔見せをすることを条件としていたが。


「その点は重々承知している。が、Sランク能力者を四人も後方に置く余裕は全世界どこの国にも無い。代わりになるかは分からんが、今後四家族には相応の配慮はいるだろうな」


「佐官級軍人の家族に充てられる諸手当等は必要かと。七条の方でもサポート等はいたします」


「悪いな、七条准将」


「いえ、四人を推薦したのは私ですから」


「助かる」


 話題はここで区切りのようで、二人はホットコーヒーの入ったコーヒーカップに口をつけ、中澤大将が先に、璃佳が少し後にソーサーへ置く。

 話を切り出したのは中澤大将だった。


「さて、貴官にとってはこれが本題となる。貴官の部隊、第一特務連隊に関する話だ」


「補充の件でしょうか?」


「それもある」


 璃佳は中澤大将の補充という点が気になったが、ひとまず彼の話を聞くことにした。


「第一特務連隊だが、貴官からの要望通り補充人員のメドがたった。一部は既に動き始めこれで定数九五〇をほぼ満たすことになる」


「ありがとうございます。連隊の性質上、すぐに補充とはなかなかいきませんから」


「即応予備全ての配置を終え、追加志願者も訓練をある程度終えたおかげだ。治安維持や万が一に備えての後方配置部隊がようやく何とかなってな。補充人員のリストはこれだ」


 中澤大将は『賢者の瞳』で資料を送り、璃佳は受け取った資料をAR画面に表示させ、概要を掴む程度に読んでいく。


「…………計九五名、第一特務の採用基準能力者ランクをおおよそクリアした人選。私が言うのも烏滸がましいかもしれませんが、よく揃いましたね。以前より練度は若干劣るとはいえ、これならほぼ支障はありません」


「少々引き抜きに無茶をしたが、第一特務の隊員になるという要素がメリットとして働いた。いずれも士気旺盛な者ばかりだ。鍛え直す必要はあるかもしれんがな」


「第一特務にあった形にせねばなりませんが、そこは私でどうにか出来ますので。ありがとうございます、中澤大将閣下」


「なに、第一特務は希望の星だ。これくらいはさせてもらう。ただ、同じ補充をもう一度と言わたら難しくなる。流石に第一特務基準の能力者を一〇〇人近くはそうそう揃えられん。他の部隊にも影響する」


「承知致しました。戦死者を極力減らすよう、運用致します。――ところで、中澤大将閣下」


「どうした?」


「先程補充も、と仰っておりましたが、別の大きな何かがありましたか?」


「察しが良くて助かる。貴官を呼んだのは補充の事だけではないからな」


 中澤大将はニヤリと笑って言う。璃佳は絶対大きな何かがあると自身の予想を確信に変え、改めて姿勢を整えた。


「現在、我が魔法軍の特殊部隊が四つあるのは知っての通りだ。貴官らにとっても常識だろう」


「はっ。はい。再編成中の中央即応、蓼科大佐の北方特務戦闘団、今川大佐の西方特殊作戦大隊、そして第一特務連隊ですね」


「ああ。その通りだ。このうち中央即応は臨時首都の防衛が任であるが、未だ再編成の途上。北特団は再編成が完了し、西特大は補充途中で今月中に完了。中央即応を除いてこれまでに受けた損害の補充はいずれの部隊も編成を完了。訓練さえ終われば三つの特殊部隊は次の戦いに出せるようになる。従来であればこれまで通りの運用方法で貴官らを出すことになるのだが、先月下旬の段階で参謀本部はこういう提案をしてきた。俺も目を通してみたが、東京奪還後の今なら実行しても良いと考える。資料を送る」


「はっ」


 璃佳は中澤大将から資料を受け取ると、AR画面で表示させる。表紙となるページの文面を見て、彼女は目をいつもより大きく開けた。


「『第一特務連隊及び北方特務戦闘団を主軸とする旅団戦闘団への改編運用について』、ですか」


「ああ。東京近辺まで奪還したとはいえ、未だに北関東は奴らの領域。東北太平洋側にはどれだけ連中がいるか分かったものではない。銚子転移門が消失したことでこれ以上敵が増える心配は無くなったが、神聖帝国側が馬鹿で無ければ自領域に一年や二年は戦える物資弾薬を抱え込んでいるはずだ。膨大なバケモノ共を盾とすれば、時代遅れの神聖帝国軍とて易々と戦線を抜かれる事は無い。ドラゴンにエンザリアがいては我々の空軍戦力や魔法航空部隊も安心して戦えんからな」


「本州では無限湧きが止まったとしても夏以来の流入量を踏まえれば、敵の兵力は数えたくないくらいになっています。しかもCTはどんな原理か未だに不明ですが、食料をほぼ必要としません。たまに共食いがあるそうですが、アレは燃料補給みたいなものだと聞いてます。数ヶ月経過して事例が少数なのですからCTの燃費は羨ましい限りですね」


「全くだ」


 中澤大将はため息をつく。


「対してこちらは限られた兵力で戦争をしている。人間だから当たり前だが水は飲むし飯は食う。休息も必要だ。貴官も知っているが、我々に残されている時間は多くない。故に、魔法軍を含め全軍が『選択と集中』に方針を完全転換した。緩慢な死を避けるためにも、北海道本島の奪還までの期間を最大でも一年から一年四半期と設定した」


「つまり、軍が今の状態を維持して戦えるのはあと一年と四半期というわけですね……」


「危険域ギリギリまで含めていいなら一年半だな。それ以上は困難を極める事態となる。諸外国がどうなるか次第だが、資源の完全自給が不可能な我が国ではそう長くは戦えん。一年と少しで国内から神聖帝国の連中を駆逐出来なければ、詰みだろうな。故に、『選択と集中』だ。貴官に見せているソレもその一つと言える。では、旅団戦闘団への改編運用、『第一〇一魔法旅団戦闘団』に関して詳細を伝えよう」


 璃佳は頷くと、資料のページを進めた。

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