第12話 東京駅周辺の戦闘を終えて

 ・・12・・

 孝弘達が結界内に閉じ込められた時間は一時間少々だったが、その間に外では戦況が大きく変わっていた。

 東京駅周辺においては指揮官たる七条璃佳や大きな戦力となる孝弘や大輝に茜までもが結界の中となってしまった為に分断されることとなり一時的に混乱に陥るが、元より指揮官不在においても機能するようになっているのが第一特務の特徴の一つである。

 すぐさま代理として熊川が指揮を執り混乱をおさめ、態勢を立て直す。四人が一時的に戦線離脱してしまったことで大幅な魔法火力減少に陥るが、これについては水帆と知花に大輝が召喚していたゴーレムが穴埋めをした。

 特に水帆と知花は、婚約者が結界に閉じ込められたという危機的状況を一秒でも早く解決する為に、帰還後最大級の火力を敵部隊に叩き込んでいた。第一特務も翌日の作戦に差し障っても構うものかというほどに魔法火力を敵に対してぶつける。その様は同行していた陸軍や海兵隊に「第一特務やあの二人が味方で良かった。鬼でも狩るような獰猛な目を誰もがしていた。あんなのが敵だったら悪夢だった」と言わしめるほどだったのだ。

 俗的に言うと、水帆や知花に第一特務の面々は『ブチ切れ』ていたわけである。

 指揮統制が崩れ大幅に火力が低下し、あわよくば黒い帳の中で四人が死んでくれる事を期待していた神聖帝国軍にとっては悲劇だった。むしろ火力は増していたし、鬼の首でも狩るかの如く部隊は潰されていく。

 結果的に東京駅周辺に展開した神聖帝国軍は一時も経たずに大方の戦力を喪い降伏するか自決するかの末路を辿った。

 戦闘終了直後、水帆と知花は本来連隊規模に対して行使する『二連結型準戦術級複合属性魔法』を発動。いかに外からの防御力が絶対と言われる結界魔法とて、ぶつける魔法火力によってはその限りではない。知花の精密分析によって二人は同箇所連続法撃という針に糸を通すような芸当さえこなし、見事結界魔法を破壊してみせた。

 その後、結界魔法の使用者は周知の通り捕縛され今に至るわけである。

 東京駅周辺の部隊も一時間が経過して各所相応に奪還地域を広げ、東京都心は着実に日本軍の手に戻りつつあった。


 ・・Φ・・

「南千住付近がもぬけの殻だったって?」


 璃佳は部下が用意した組み立て式の椅子に座って魔力回復薬に口をつけながら、少々驚いた様子で熊川からの報告を聞いていた。疲労が抜けていないのは先の魔力消費のせいだろうか。


「はっ。はい。空軍の無人偵察機が決死の威力偵察のつもりで南千住の空域に侵入したのですが、残っていたのは少々のCT程度だったようで、司令部要員らしき神聖帝国軍人の姿は無かったと」


「じゃあ連中は、どこに消えたっていうの?」


「捕虜の情報は今日のことではなく昨日の事でしたから、司令部要員程度ならばこっそり夜逃げのような事をするのは難しくないかと」


「んじゃ司令部周辺の部隊は……、あぁ、そういうこと……」


「はい。先に交戦していた部隊が司令部付近に控えていたそれになります」


「となると、都心周辺はもうこれ以上神聖帝国軍はいないってことかぁ」


「立川の司令部はそう見立てています。よって現在各戦線が奪還域を拡大。山手線環内は今日中にでも我々の手に戻るかと」


「私達にとっては良かったとも言えるね。これ以上の連続戦闘はぶっちゃけしたくなかったし」


「結界内でそこそこに激しい戦闘を行っていたそうで。『一の鍵』を開けたと聞いた時に察しました」


「まあね」


 璃佳にとってあの双子の白ローブは強敵だった。もし孝弘と大輝がいなかったとしてこちらも二人だから勝てると見込んでいたが、それでも『一の鍵』を使うことは避けられず、もしかしたらもあったかもしれない。

 だがあの場には孝弘と大輝がいた。お陰でなおさら負けるなんて有り得なかったし、次の消耗を抑える為に『一の鍵』で終わらせることも出来た。

 とはいえ、結界魔法と双子の白ローブの出現は想定外だった。そのせいで璃佳は相応の魔力を消費する羽目になったし、孝弘や大輝も同様だった。外で戦った自身の部下達や水帆に知花、陸軍や海兵隊も四人が抜けた分をカバーする事になったし、いらぬ心配をかけてしまったとも言える。

 まあ、その四人は今ここにいないけどさ。と璃佳は思ったが。

 すると熊川もその点が気になったようで璃佳に聞く。


「そういえば、あの四人はどちらへ?」


「ここらへんも落ち着いてきたし、四人とも出ずっぱりだったから一時間ほど休息を取らせてる。近くにはいるけど、どこの建物にいるかまでは知らないよ」


「七条大佐もご存知無かったですか」


「部下とはいえいい大人だからね。彼らに何か用事でもあった?」


「いえ。結界内外での礼を改めて伝えたかったのですが……」


「ああ、そういう。んー、今は探すのやめときな」


「はっ。は……?」


 璃佳の言う意図が掴めず疑問符を浮かべる熊川。


「十数分前、高崎少佐が米原少佐の腕を引っ張って誰もいない無事な建物の方に消えたのを見た。関少佐が珍しく真顔で川島少佐の腕を掴んで歩いていったのを見た。誰も察知出来ない精度で人払いの魔法を私はかけた。あとは分かるね?」


「アッ、ハイ」


 熊川、思わず真顔である。今回の事態、下手すれば孝弘や大輝も場合によっては無事で済まなかったかもしれない。そうでなくとも地球世界では文献上でしか記録が残っていない結界魔法が出現したのだ。蓋を開ければ四人ともほぼ無傷という最良の結果で終えられたが、孝弘と大輝が結界の中となってしまった時とその後の表情を熊川は間近で見ている。水帆と知花の心中など察するに余りあった。

 しかもあの二組は結婚を誓い合った仲だ。となれば……。


「いや、しかし一時間ですよ? 七条大佐はどこの建物までかは知らないと仰っていましたが……、失礼しました……。一時間あれば十分ですよね……」


「そそ。遅延型でも無ければ一発くらいかませるでしょ?」


「遅延型に一発って……」


「だいたいあの四人、ここしばらく実弾戦闘した素振りが無かったんだよね。戦闘でくそ忙しくて暇が無かったからだろうけどさ」


「…………」


「ま、暴発事故さえ無けりゃ私はナニしてようが構わないよ。四人ともしっかりしてっから、事故防止はしてるだろうけどね」


 ついにニヤニヤとした表情で話し始める璃佳。四人がどうしてるか想像して楽しんでいる節があった。想像は下品極まりないものだったが。


「暴発事故って……。やめませんか、この話」


「えー?」


 璃佳はわざとらしく上目遣いで熊川を見つめる。対して熊川は深くため息をついていた。


「なによ」


「七条のお嬢様が下世話な話を楽しんでると知ったら、理想像しか知らない人達が驚きそうだなと」


「あのねぇ……。私の年齢知ってるでしょ? 見た目はともかくいい大人なわけ。私が言うと思う? えー、知らないですぅ。セッ――……。悪かったって」


 熊川にジト目されて、流石に璃佳もそれ以上は言わなかった。


「別に構いませんが、周りの目もありますから」


「ったく。お前は私の執事か何かかよー。ま、下世話な話はともかくとして、四人にはそれぞれの二人っきりの時間くらい必要でしょう。それがたった一時間だったとしても、この後どうなるかなんてだーれも分かんないんだし」


「仰る通りで」


「ちょっと魔力を使いすぎたからもう少し休むけど、三十分後には私も移動司令部に戻るよ。周辺監視してくれてる茜も呼び戻す。だからお前も休みな。…………私達がいない間、よくやってくれたね。ありがと」


「はっ。勿体無いお言葉です」


 ボソッと感謝の言葉を口にした璃佳に、熊川はいつも通りの返答をする。彼の口許は少しだけ緩んでいた。

 それからいくらか経って夕方になると、立川の見立て通り山手線環内とその周辺を概ね奪還した日本軍は警戒こそ解いていないもののようやくの都心部のかなりを奪還した事で歓喜の声も聞こえてきていた。

 しかし、東京都心を取り戻したからそれで終わりなはずもなく、孝弘達の耳に新たな情報が入る。


「米原少佐、高崎少佐、川島少佐、関少佐。たった今、新たな報告が上から入った。いい報告と悪い報告、どっちを先に聞きたい?」


 璃佳の表情は硬い。を終えて戻ってきた四人に対して向けた、冗談混じりの生暖かい目はどこにも無かった。


「良い報告からお願いします」


 孝弘は言うと、璃佳は頷く。


「分かった。いい報告は房総半島周辺のマジックジャミングが消えたこと。千葉西部は未だマジックジャミングで一部分からない地域もあるけど、千葉県の過半はレーダーの目が戻った」


「とてもいい報告ですね。戦いやすくなります」


「それだけなら良かったんだけどね。次が悪い報告。レーダーが回復して判明したんだけど、銚子にあった門が消えた」


「めちゃくちゃいいことじゃないっすか!」


「それだけなら最高にいい報告なんだけどね、川島少佐」


「えっ……?」


 大輝だけじゃなく他三人も困惑する。日本にある門は二つ。銚子と北海道釧路市。そのうちの一つが消えたのだから、朗報もいいところだ。きっと門消失だけなら日本軍だけじゃなく国民全員が喜ぶだろう。

 しかし、いい報告ではないらしい。


「門消失によって、まず転移門周辺半径三キロが吹き飛んだ。そしてこっからが重要。神聖帝国軍の連中、どうやら消し飛ばす前に新規で大量流入させたらしい。その数、約八三〇〇〇〇。それぞれ房総半島及び都心方面に向かっているみたい。さらに埼玉方面のCTが再度活発化。要するに、敵は転移門と東京という重要拠点を引き換えに反転攻勢に打って出たわけ。我々はまんまと誘引されたってこと、かな」









《小さなあとがき》

本話にて第7章は終わりとなります。

次回、設定資料集と人物紹介。年表公開を挟み、第8章開始となります。



※ここまでお読み頂きありがとうございます。

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引き続き作品をお楽しみくださいませ。

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