第11話 空狐『茜』、その力の一端
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茜が力の一端を解放したとき、瞬き二つ分まるで時が止まったような様子になった。
以前、茜のことをほとんど神様だと言った大輝は後にこの景色を見た時、「ほとんど神様じゃなかった。ありゃ、カミサマだ」と語る。
召喚士の大輝がこう言うくらいだ。その姿を目にした双子――信じる宗教が違うというのに――ですら、茜の姿に思わず魅入ってしまっていた。
が、すぐに二人は我に返る。特に相対していた姉のアレクレアが次に感じたのは強い強い危機感だった。
早く殺さねば、自分が死ぬ。目の前にいるのはそういう類なのだ、と。
そう思えばアレクレアの行動は早かった。
イルクレアも姉に加勢せねばと動いたものの孝弘と大輝の猛攻に阻まれる中、アレクレアは妹が作り出した自身の影と同時に攻撃姿勢に移る。
まず先行したのは影の方。多節棍を複雑に動かしどこから襲うか判別がつかないようにしたはずだった。
「遅いのう」
しかし茜は過去を見るかのように攻撃を防ぎ、次の一撃も受け止めきる。続けてアタックを仕掛けた本物のアレクレアの五連続攻撃も日本刀で全て弾き返した。
(な、なんで?!?!)
アレクレアは大いに焦った。先程まで互角程度に戦えた相手に、まるで攻撃が通用しないのだ。
それどころか、軽くいなされてすらいる気がする。
なぜ。どうして。こんなはずでは。
次にアレクレアを襲ったのは恐怖だった。目の前にいるのは召喚体。なのに、自分は神と戦っている気がすらしてしまう。
その恐れはおおよそ間違ってはいないのだが、アレクレアは今の状況を素直に受け入れることは到底出来なかった。
(
思考がほぼ混乱した彼女の選択肢は影共々一度バックステップをして下がることだった。
そして、全力を込めての再突撃。
影が多節棍を振り回し攻撃するも、これも茜は容易く受け止めた。
それどころか。
「影なぞ敵ですらないわ」
茜は日本刀で、影を容易く一刀両断してみせた。
だがアレクレアは構うものかと突っ込む。目標は茜ではなく、璃佳。茜が急に力を増した時に顔を顰め、先程からあまり動かないことから彼女の力か魔力が弱まっているのではという判断からだった。
アレクレアが茜の前を通過すると、茜がさもありなんと言った顔で何もしなかったが、今のアレクレアにそれを気にする余裕は無い。召喚主の璃佳を潰してしまえば! その一心で突っ込む。多節棍を振り、渾身の力で叩きつけた。
「残念だね。私がヘロヘロになっているとでも思った?」
ところが、璃佳はアレクレアの一撃を受け止めてみせた。それどころか大鎌を器用に扱いわざと多節棍を大鎌に絡ませてみせたのだ。
「んナっ?!?!」
「いケないッッ、お姉様ァァァ!!!!」
「えッ――」
「儂に立ち向かった心意気、見事じゃった。が、それまでじゃの」
「あ、が、ァ…………」
背後から聞こえてきたのは茜の声。憐れみのようにも聞こえたし、死地の世界へと送る宣告にも聞こえた。
アレクレアが視線を下に向けると、自身の胸部から刃が突き出ていた。
こぽっ。アレクレアの口から多量の血が流れて落ちる。
「せいぜい地獄に落ちよ、片割れ」
「お姉様ァァァァァァ!!!!!!」
茜が言い捨て、続けて妹イルクレアの叫び声。それがアレクレアに聞こえた最期の声だった。
茜はアレクレアが絶命したのを感じると日本刀を引き抜いた。
「そ、そ、そ、そンナ。お、お、お姉様が。お姉様が、アんな、たや、すく……」
目の前で姉を失ったイルクレアは恐慌状態に陥る。孝弘と大輝がそれを見逃すはずが無かった。
「ハイチャージ。ラピッドショット」
孝弘が一気に六発の銃弾を放ち、イルクレアの魔法障壁を全て破壊する。
「姉ちゃんのもとに逝きな、白ローブ」
「ァァァァアアアァァァァァ!!!!」
身体強化魔法で力を増し、土属性の硬化魔法でより鋭さを増した大輝の薙刀はイルクレアを袈裟斬りにした。
ばっさりと斬られたイルクレアは口から血を吐き、倒れる。
「ォ、お姉、さ、ま……」
イルクレアの霞んだ視界に映るのは血溜まりに沈むアレクレア。その声は届くはずもなく、イルクレアもまた姉と同じように自身が作った血溜まりに浸されていった。
「目標撃滅。これでよし、かな……」
璃佳は双子の白ローブが死んだのを確認したと同時にふらっとし、倒れかける。そっと抱きとめたのは瞳のいつもの色に戻った茜だった。
「全く。儂の主は随分と無茶をしよる。一の鍵とて、多量に魔力を消費するのじゃ。既に連戦で魔力を使うておるのに、一の鍵を解錠すれば、こうなるじゃろて」
「仕方ない、でしょ。ここに長居は出来ないし、短期決戦となれば、双子の白ローブは使うに相応しい相手、だったから」
「むしろあの局面で平静を装ってたのが流石すぎるぜ……。七条大佐、あの時点でかなりキツかったっすよね?」
「ま、まあね」
へへ、と気丈に笑ってみせる璃佳だが彼女の息は荒かった。
空狐『茜』の『一の鍵、解錠』。それは、茜の力が一部を時間限定で解除する特定呪文の一つ。召喚主たる璃佳が魔力を注ぐことで鍵は開かれ、茜は通常時と比べ全ての能力が桁外れに向上する。
しかし、その代償は小さくない。一の鍵を開く際に消費する魔力は璃佳ですら四割以上持っていかれる。東京都心突入作戦開始から双子の白ローブとの交戦前までに三割程度の魔力を消費――ここ二、三日の連戦で全回復に至っていなかった――していた上で四割を持っていかれたのだから、璃佳の残量魔力は三割あるかどうか。それだけなら目眩のような症状は出ないのだが、一気に四割の魔力を消費するとなれば話は別で、反動のようなものが起きてしまうのである。
にも関わらず璃佳は戦闘終了まで平然としているように見せかけていたのだから、並外れた精神力であるといえるだろう。
双子の白ローブとの戦闘を終えた孝弘達。しかし、懸念すべき点が一つあった。
「七条大佐、結界が戻りませんね……」
「そう、だね。つまり、発動者は別にいるってことか……。あんまよくないな……」
「ええ。でも、これだけ派手に交戦して敵は一人も現れませんでした。恐らくですが、この中にいる敵は術者本人のみかと。結界魔法が大量の魔力を消費するのであれば、残量魔力は多くないはず。自分と大輝で捜索と撃滅を致しましょうか?」
「うん、頼んだ」
璃佳が少しつらそうにしながらも言うと、孝弘と大輝は敬礼してあと一人を探そうと向かう。
はずだったのだが、意外な形で解決する。
二人が身体強化魔法をかけ、動こうとした時だった。突然南東の方角から大爆発音が聞こえ、結界に直径数十メートルの穴が開いたのである。
「えっ」
「は?」
「えぇ……?」
「むぅ……?」
孝弘、大輝、璃佳、茜の順に突然の出来事にぽかんと口を開けてしまった。
結界魔法は外側からの攻撃には絶対的な防御力を誇るはず。だというのに、結界魔法が外側から破壊されたのだ。
結界魔法が数十メートルにも及んで破壊されれば賢者の瞳のレーダー系統はある程度回復する。
誰が破壊したのか。孝弘と大輝は大体検討がついていたのだが、答え合わせはすぐにされた。
二回目の大爆発音が巻き起こる。一度壊された結界は脆い。破口からさらに一〇〇メートル程の穴が開き、直後に賢者の瞳の無機質な音声はこう言った。
『高崎水帆、関知花両名による二連結型準戦術級複合属性魔法発動を確認。属性、爆発系火属性及び光属性』
「ああ……、まぁ、そうだよなぁ……」
「準戦術級って、ええ……。いや、それだけ力押しならやれるかもしんねえけどよぉ……」
孝弘、大輝の順に唖然とする。なんとなくそうだろうと思っていたが、結界を外から破壊した攻撃の正体が戦友であり将来結婚を誓い合った相手ともなれば、こういった反応になるのも仕方ないというべきか。
「ねえ、米原少佐。川島少佐」
「はい」
「うす」
「君達さ。結婚してもあの二人、本気で怒らせちゃダメだぞ?」
「んむ。夫婦喧嘩が町一つ消し飛ぶ惨事になりかねんのぉ」
「はい……」
「うす……」
冗談めかした会話が出来るだけの余裕が出来たと喜ぶべきか。結界魔法を外側から破るなどという前代未聞の出来事に対し、改めて水帆と知花の恐るべき力を目にして璃佳の言うことを肝に銘じておくべきか。
何にせよ、小柄の白ローブ乱入から始まり双子の白ローブ登場と交戦という重ね重ねの想定外は孝弘達の勝利で終わったと言っても良いだろう。
結界が完全破壊された後。水帆と知花が真っ先にやってきて、水帆が孝弘を、知花が大輝を抱きしめたのは言うまでもなかった。
なお結界魔法を発動した能力者は孝弘の予想通り魔力を相当消費していたようで、第二大隊の面々に上空から捕捉され容易く捕虜になったのだった。
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